この記事を読めば6月23日が「タイプライター特許の日」と呼ばれる理由やタイプライターが世界をどう変えたかがわかります。
「6月23日って何の日だろう?」って思って調べている方、きっと少なくないですよね。
実はこの日、1868年にタイプライターの特許が取得されたことを記念した日なんです。
なんか、そういう記念日って調べてみると意外と深くて。
今日はその話をじっくりしていこうと思います。
タイプライター特許の日とは
6月23日はアメリカの発明家・クリストファー・レイサム・ショールズ(Christopher Latham Sholes)が仲間とともにタイプライターの特許を取得した日に由来する記念日です。
6月23日が記念日になった理由
1868年6月23日、ショールズはカルロス・グリデン(Carlos Glidden)とサミュエル・ウィラード・スーレ(Samuel Willard Soulé)の3人で、米国特許番号79,265号を取得しました。
この瞬間が後に世界中のオフィスを塗り替えることになる「タイプライター」の誕生を公式に記録したものとして、現在でも記念されています。
ちなみにタイプライターそのものの発想は1714年にイギリス人のヘンリー・ミルが特許を取得した記録もあるんですが、実機が作られた証拠はほとんどないみたいです。
ですから「世界初のタイプライター特許」という表現にはちょっと注釈が必要で、正確には「商業的に普及した最初のタイプライター特許」というニュアンスのほうが近いかもしれません。

ショールズはどんな人だったのか
新聞編集者から発明家へ
クリストファー・レイサム・ショールズは1819年生まれのアメリカ人で、本職はウィスコンシン州ミルウォーキーの新聞編集者でした。
発明家というより、どちらかというとジャーナリストとして日々文章と格闘していた人物なんですよね。
1866年頃、ショールズは券やクーポンに連番を振る自動機械の開発に取り組んでいました。
その過程でグリデンと出会い、「文字を機械で打ち込める装置」のアイデアへと発展していきます。
ここからタイプライターの開発が本格化したわけです。
特許取得後も開発は続いた
1868年6月23日に特許を取得したとはいえ、その時点のタイプライターはまだ粗削りな機械でした。
ショールズはその後も何年もかけて改良を重ね、1873年にはE・レミントン・アンド・サンズ(E.Remington&Sons)社と契約。
同社は当時ライフルやミシンの製造で知られていた会社でその精密な製造技術がタイプライターの量産に活きたんです。
少し意外な話をするとショールズ自身は自分の発明にあまり満足していなかったと伝えられています。
完成度への強いこだわりがあったのかそれとも商業化への複雑な感情があったのか…正確なところは分からないんですが、こういう人物像ってちょっと印象に残りますよね。
特許取得から商業化まで
レミントン社による製造開始
1873年3月1日、レミントン社によるタイプライターの生産が開始されました。
製品名は「Sholes&Glidden Type-Writer(ショールズ&グリデン・タイプライター)」で1874年には市場に出回り始めます。
ただ特許を取得してから商業化まで5年以上かかっているんです。これ、けっこう時間がかかっているなと思って。
技術的な改良だけじゃなく、投資家を集めたり製造パートナーを探したりと現代のスタートアップと似たような苦労が当時もあったんでしょうね。
QWERTY配列の誕生
タイプライターの話で絶対に外せないのが、QWERTY(クワーティ)配列の誕生です。
今みなさんが使っているスマホやPCのキーボードの左上を見ると「Q・W・E・R・T・Y」と並んでいますよね。これはまさにショールズたちが作った配列です。
当初のキーボードはアルファベット順に並んでいました。ところが、よく使う文字のキーが隣り合っていると、タイプバーが絡まってしまうという問題が起きた。
そこで頻繁に連続して打たれる文字のペアを意図的に離すよう配列を変更したのが、QWERTYレイアウトの起源です。
この配列は1873年頃に完成し、それから150年以上が経った今もなお世界中で使われているというのは思った以上にすごいことだなと感じています。
タイプライターが社会に与えた影響
女性の社会進出を後押しした
タイプライターの歴史で個人的にいちばん印象深かったのが女性の社会進出との深い関係です。
タイプライターが普及し始めた1880年代、ニューヨーク市のYWCA(キリスト教女子青年会)が1881年に女性向けのタイプ教室を開設しました。
当初は男性がメインユーザーだったタイプライターですが、徐々に「タイピスト」という職業が女性の重要なキャリアルートになっていきます。
レミントン学校では毎年数百人もの女性タイピストが誕生し、男性事務員と同等の賃金を得られるようになったとも記録されています。
1923年までにはタイピストのほとんどが女性になっていたというデータもあるんです。
タイプライターってただの「文字を打つ機械」じゃなく、社会の構造を変えた道具でもあったんですよね。
日本での普及と和文タイプライター
日本の話も少し触れておきたいんですが英文タイプライターとは事情がかなり違います。
何千種類もの漢字やひらがな・カタカナを扱う日本語のタイプライター開発は、欧米のものよりずっと難しい課題でした。
その壁に挑んだのが発明家の杉本京太氏。1914年(大正3年)に出願し、1915年6月12日に「タイプライター」の特許(特許第27877號)を取得しました。
約2,400字の活字盤から一字ずつ選んで打つ「直接平盤式」という方式で、ワードプロセッサが普及する1980年代まで長く使われ続けました。
ちなみに杉本京太氏は真珠養殖の御木本幸吉氏と並ぶ「日本の十大発明家」のひとりに選ばれています。
発明の「先駆者」問題 本当に最初だったのか
特許取得をめぐる複雑な事情
ここ、実はけっこうデリケートな話なんですが。6月23日に取得された特許(79,265号)は厳密に言うと「改良版」の特許です。
元々の設計に関する最初の特許申請は1867年10月11日で、その特許番号も別に存在します(こちらは同年7月14日付で発行されたとも記録されています)。
さらに6月23日の特許はその改良版としてタイプバーの動作や紙の保持方法、インクリボンの仕組みなどの改善点が盛り込まれていました。
要するに「6月23日=タイプライター特許の日」というのは、最初の申請日でも、最初の特許発行日でもなく、重要な改良特許の取得日ということになります。
まあ、記念日としては分かりやすく広まっているし、ショールズたちの功績が大きかったことは間違いないので細かい話になってしまいますが。
タイプライター特許の日のまとめ
- 6月23日は1868年にショールズ・グリデン・スーレの3人が米国特許番号79,265号を取得したことに由来する記念日
- ショールズは本職が新聞編集者で開発の動機は文字の機械化への純粋な関心から
- 商業化は特許取得から5年後の1873〜1874年、レミントン社によって実現
- QWERTYキーボードはタイプバーの絡み防止のために考案され、今も世界標準として残っている
- タイプライターは女性のオフィス進出を大きく後押しし、1923年頃にはタイピストの大多数が女性になっていた
- 日本では杉本京太が1915年6月12日に和文タイプライターの特許を取得し、1980年代まで使われ続けた
6月23日にスマホのキーボードを叩くとき、QWERTY配列がショールズたちの苦肉の策から生まれたものだと知っていると、ちょっと感慨深いものがありますよね。
タイプライターが切り拓いた道は今でも私たちの日常の中にしっかり生き続けていると思います。

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