7月8日は「チキン南蛮の日」って知っていましたか?
この記事を読めばチキン南蛮の日がいつ誰によって制定されたのか、そして宮崎県延岡市発祥のチキン南蛮そのものがどうやって生まれたのかまで、まるっと理解できると思います。
「なんでこの日なんだろう」
「チキン南蛮ってどこの料理なの」
と気になっている方、けっこう多いんじゃないでしょうか。
そんな疑問をできるだけわかりやすく解説していきますね。
チキン南蛮の日とは何の記念日なのか
まずはチキン南蛮の日がどんな記念日なのか基本のところから押さえていきましょう。
制定した団体と目的
チキン南蛮の日は宮崎県延岡市の市民グループ「延岡発祥チキン南蛮党」が制定した記念日なんです。
目的はチキン南蛮を宮崎県延岡市発祥のご当地グルメとして全国にPRすることで、マップづくりや学校給食のメニュー化なども活動の一環になっているみたいですね。
ちなみに、2021年には「延岡観光協会」がこの活動を延岡発祥チキン南蛮党から継承して記念日を運営しているという情報もあります
地域ぐるみで食文化を盛り上げようとしているのがなんだか印象的だなと思いました。
日付の語呂合わせの由来
日付の由来はとてもシンプルで「7(なん)」と「8(ばん)」を組み合わせて「南蛮」と読む語呂合わせから来ています。
数字の語呂合わせで記念日ができるパターン、日本にはけっこう多いですよね。チキン南蛮の場合はこの語呂合わせがすごくハマっている気がして覚えやすいなと個人的には感じています。
チキン南蛮の日の歴史と制定の経緯
ここでは記念日としていつ、どんな経緯で認められていったのかを整理していきますね。
延岡発祥チキン南蛮党の発足
延岡発祥チキン南蛮党は2011年7月8日に発足したという情報があり、この発足をきっかけに7月8日がチキン南蛮の日として制定されたとされています。
一方で、平成21年(2009年)7月8日には延岡市自体が「チキン南蛮発祥のまち」を宣言したという記録もあって、記念日の制定と市の宣言のタイミングが少し重なって伝わっている印象です。
正直、ここは資料によって表現が微妙に違っていて、どちらが正確な起点なのかは断定しづらい部分もあります。
あくまで憶測ですが2009年の「発祥のまち宣言」がまずあって、そのあとに2011年の党発足で記念日としての活動が本格化したという流れなのかもしれませんね。
日本記念日協会への登録
チキン南蛮の日は2017年(平成29年)に一般社団法人日本記念日協会によって正式な記念日として登録されています。
NHKの報道でも「2017年に日本記念日協会にチキン南蛮の日として登録されている」と明確に伝えられているので、この2017年という登録年は比較的信頼できる情報だと思います。
記念日って地域の活動から始まって、あとから正式登録されるケースがよくあるんですよね。そのプロセスがこの記念日にもしっかり反映されているなと感じました。
チキン南蛮そのものの発祥と歴史
記念日の話だけじゃなくチキン南蛮という料理自体のルーツも知っておくと、この日の意味がもっと深く感じられると思います。
洋食店「ロンドン」のまかない料理がルーツ
チキン南蛮のルーツは昭和30年代に延岡市祇園町にあった洋食店「ロンドン」のまかない料理だとされています。
この店で修行していた料理人たちが独自にアレンジを加えて、それぞれのお店でチキン南蛮を作り上げていったというのが定説みたいです
「ロンドン」で修業した後藤直さんが昭和39年頃に自身の居酒屋「直ちゃん」でオリジナルのメニュー化をしたと伝えられていて、まかない料理から名物メニューへ育っていったストーリーがなんだか胸に来るものがありますね。
タルタルソースが定番になった経緯
最初期のチキン南蛮には実はタルタルソースはかかっていなかったそうです。
揚げた鶏肉を甘酢に漬けるだけのシンプルな料理だったのが、その後「おぐら大瀬店」を開業した甲斐照幸さんが、タルタルソースをかけてサラダを添える現在のスタイルを開発したとされています。
甲斐照幸さんは戦後の貧しさから、商品にならなかった鶏のムネ肉をどうにか美味しく食べられないかと考えて、子供たちがアジの南蛮漬けの甘酢に唐揚げをつけて食べていたのをヒントにしたという話もあります。
この発想の転換、けっこう見事だなと思いませんか?
ちなみに今でも元祖「直ちゃん」のチキン南蛮はタルタルソースをかけず、甘酢だけのスタイルを守っているそうです。
なぜ延岡市がチキン南蛮の日を大切にしているのか
記念日は制定されただけじゃなく、地域でどう活かされているのかも気になるところですよね。
延岡市の「チキン南蛮発祥のまち」宣言
平成21年7月8日、延岡市は「チキン南蛮発祥のまち」であることを正式に宣言しました。
この宣言をきっかけに市民団体によるシンポジウムも開催されて、チキン南蛮を軸にした町おこしが本格的に始まったとされています。
ご当地グルメを使ったまちづくり、地方の活性化策としてなかなか興味深い取り組みだなと感じます。
学校や地域での取り組み
2024年のチキン南蛮の日には延岡市の一ケ岡小学校で4年生33人がチキン南蛮のルーツについて学ぶ授業が実施されました。
延岡市内には50軒以上のチキン南蛮を提供するお店があるという話もあって、これだけの数のお店が同じ料理を軸に地域文化を支えているのはすごいことだなと正直驚きました。
子どもたちが地元の食文化のルーツをちゃんと学べる機会があるのっていいなと思います。
7月8日は「チキン南蛮の日」 発祥の地・延岡市の小学校でチキン南蛮の食育授業 https://t.co/anpAqyUcKX#MRTニュース #宮崎
— MRTニュース (@mrtnewsnext) July 8, 2025
チキン南蛮の日をもっと楽しむには
この記念日をどう楽しむか独自の視点も交えて考えてみますね。
家庭でチキン南蛮を作ってみる
チキン南蛮は昭和40年代には家族で出かける外食のご馳走メニューとして浸透し、その後学校給食や家庭料理としても広く定着していったという流れがあります。
自分の見立てとしては、7月8日という日付を「家でチキン南蛮を作る日」として決めてしまうのも、けっこう楽しい過ごし方じゃないかなと思います。
タルタルソースを手作りするか甘酢だけのシンプル派にするか、選ぶだけでも気分が上がりますよね。
SNSでの盛り上がり方
チキン南蛮の日には飲食チェーンなどがSNSで告知やキャンペーンを展開することもあるようです。
塚田農場が過去にチキン南蛮の日を絡めたSNS施策を行っていた例もあるので、企業のPR施策としても活用されやすい記念日なんだなという印象です。
ハッシュタグをつけて写真を投稿するだけでも地域の食文化を広める小さな一歩になるかもしれません。
まとめ
チキン南蛮の日について要点を整理しておきますね。
- 7月8日は「チキン南(7)蛮(8)」の語呂合わせから生まれた記念日
- 延岡発祥チキン南蛮党(後に延岡観光協会が継承)が制定し、2017年に日本記念日協会へ正式登録
- チキン南蛮のルーツは昭和30年代の洋食店「ロンドン」のまかない料理
- タルタルソースは後から加わったスタイルで、甲斐照幸さんらが定番化に関わった
- 延岡市は2009年に「チキン南蛮発祥のまち」を宣言し、学校教育や町おこしにも活用している
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