ED79の日とは?由来や歴史を解説【7月9日】

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7月9日は「ED79の日」と呼ばれているらしいんですけどこの記事を読めば由来やED79という機関車の歴史、そしてなぜこの日付が結び付けられているのかがまとまって分かるようになっています。

「ED79って何?」
「本当に記念日なの?」

という疑問を持って調べている方の悩みを、できるだけ丁寧にほどいていきますね。

目次

ED79の日の由来を考察する

まず結論からお伝えするとED79の日は公的機関や鉄道会社が正式に制定した記念日ではないです。

ここは断定できる情報が見つからなかったので、あくまで考察としてお伝えします。

数字の語呂合わせという見方

7月9日という日付を数字だけ取り出すと「7」「9」になりますよね。

ED79という機関車の型式名にもそのまま「79」という数字が入っているので、鉄道ファンの間で「7月9日=ED79の日」という語呂合わせ的な結び付けが自然発生的に広まったのではないかなと自分では推測しています。

実際、鉄道系ブログでも「今日が7月9日だからED79のはなしでも」といった書き出しで記事が書かれていて、書き手自身も特に深い由来を説明せずにネタとして扱っている様子がうかがえます。

SNSでも「今日は何の日」として扱われている

Instagramなどでも「今日は何の日鉄道編7月9日ED79の日」として、1993年頃の海峡線を走るED79の写真とともに紹介されている投稿が見つかりました。

ただこの投稿も個人の鉄道ファンによる発信で、公式な記念日協会などへの登録情報ではなさそうです。

要するに、鉄道好きの間で楽しまれている非公式な「語呂合わせ記念日」という位置づけと考えるのが自然かなと思います。

正式な記念日でない可能性が高い理由

一般社団法人日本記念日協会などが認定する記念日リストにED79の日という登録が見当たらなかったので、公式に制定されたものではない可能性が高いです。

とはいえ、鉄道ファンのコミュニティ内では毎年7月9日に話題になるくらい定着している雰囲気もあって、そこがちょっと面白いところですよね😊

ED79とはどんな機関車なのか

ここでは記念日の由来にもつながるED79という車両そのものの正体を解説していきます。

国鉄が最後に開発した交流電気機関車

ED79形は日本国有鉄道が1986年から製作した交流用電気機関車で、青函トンネルを含む津軽海峡線区間の専用機として計画されたものです。

国鉄が手掛けた電気機関車としては最後の形式にあたるらしく、鉄道史的にも節目の車両だったと言えそうです。

ED75形700番台からの改造車

面白いのはED79はゼロから新造されたわけではなく、ED75形電気機関車の700番台を種車として34両が改造されたという点です。

改造された理由としては経年が浅く比較的新しい車両だったこと、屋根上の高圧機器が機械室内に収納されていて津軽海峡線特有の耐雪害・耐塩害性能を持っていたこと、集電装置の取り付け位置がトンネル内の交交セクション条件を満たしていたことが挙げられています。

基本番台・100番台・50番台という区分

ED79には用途に応じて3つの番台区分があります。

スクロールできます
番台区分概要最高速度
基本番台(0番台)本務機用として21両を改造。回生ブレーキ搭載110km/h
100番台補機専用として13両を改造。回生ブレーキ非装備110km/h
50番台JR貨物が1989年に新製した10両。電気暖房装備100km/h

こうして見ると同じED79という名前でも実は微妙に性能や装備が違っていて、鉄道模型でも「間違い探しのノリで見ないとED75と区別がつかない」と言われるくらい外観が近いんです。

個人的にはこの「見分けにくさ」こそがED79という車両の隠れた魅力だなと感じています。

ED79が走った青函トンネルという舞台

ED79の日を語るなら、この機関車が活躍した青函トンネルの背景も欠かせません。

青函トンネル専用機として生まれた背景

もともと青函トンネルは新幹線を通す計画から始まっていて貨物列車も160km/h程度の高速化が必要という前提で大容量の電気機関車構想が存在していたそうです。

ですが運用方法が変更されて在来線と大差ない輸送条件になったので、既存の在来機関車の性能でも対応できるようになり、ED79の改造投入につながったという流れです。

1984年のダイヤ改正で貨物列車が大幅に削減されて機関車が余剰になったことも、改造のきっかけになったとされています。

1988年の開通から2016年の形式消滅まで

1988年3月の青函トンネル開通以降、ED79は北海道新幹線が開業する2016年3月まで、旅客列車や貨物列車として活躍していました。

北海道新幹線開業に伴って海峡線の架線電圧が交流20kVから25kVに昇圧されたことで全機が運用を離脱し、最後まで残った5両が2016年3月31日付で廃車されて形式消滅したそうです。

これによって、JR北海道から電気機関車が完全に消滅したというのも、地味に大きな出来事だったんじゃないかなと思います。

寝台特急からドラえもん海底列車まで牽引した実績

ED79は「北斗星」「トワイライトエクスプレス」「日本海」「カシオペア」といった名だたる寝台特急を牽引していました。

1998年からは「ドラえもん海底列車」のためにキャラクターイラストが描かれた車両も登場していて、ただの貨物・旅客用の機関車という枠を超えて青函トンネルを象徴する存在になっていたのかもしれませんね。

ED79の日を鉄道ファンはどう楽しんでいるか

最後に実際にこの語呂合わせ記念日がどんな形で楽しまれているのかを見ていきます。

ブログやSNSでの発信のされ方

7月9日をきっかけに自身がED79の鉄道模型を入手した経緯や、ED75との造形の違いを楽しんだ思い出が語られています。

とある人は「そもそも北海道へは連絡船しか使ったことがなく、青函トンネルは一度も通ったことがない」と明かしていて、実車に縁がなくても模型趣味を通じてED79に親しんでいた様子が印象的でした。

記念日というより「鉄道趣味の年中行事」

こうした事例を見る限り、ED79の日は堅苦しい公式記念日というより、鉄道ファンが毎年7月9日にちょっとした思い出や知識をシェアする年中行事みたいなものと捉えるのが実態に近いんじゃないかなと自分では感じています。

正式な由来が明文化されていない分、各々が自由に楽しめる緩やかな記念日というのも、なんだか鉄道趣味っぽくて良いですよね。

まとめ

ED79の日についてポイントを整理しておきますね。

  • ED79の日は7月9日の数字「79」と車両型式ED79を結び付けた語呂合わせで、公式に制定された記念日ではない可能性が高い
  • ED79形は国鉄が1986年から製作した交流電気機関車で、ED75形700番台の改造車として青函トンネル専用機になった
  • 基本番台、100番台、50番台という3種類の番台があり、それぞれ性能や装備が異なる
  • 1988年の青函トンネル開通から2016年の北海道新幹線開業まで活躍し、その後形式消滅した
  • 鉄道ファンの間では毎年7月9日に思い出や知識をシェアする緩やかな行事として楽しまれている
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