外国人力士の日とは?由来や歴史を解説【7月16日】

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7月16日という日を聞いて多くの方が「外国人力士の日」というものをピンとくる方は少ないかもしれませんね。

この記事を読めばこの日がなぜ制定されたのか、そして相撲界にどんな影響を与えたのかが、しっかり分かるようになりますよ。

相撲好きの方もちょっと雑学が気になった方も、きっと満足できる内容になっていると思います。

目次

外国人力士の日の由来

7月16日が「外国人力士の日」とされている理由がすぐに分かります。

実はこの日、大相撲史上初めて外国出身の力士が幕内最高優勝を果たした、まさに歴史が動いた瞬間なんです。

1972年名古屋場所での快挙

1972年(昭和47年)7月16日、大相撲名古屋場所においてハワイ出身の力士・高見山大五郎関が13勝2敗という好成績で幕内最高優勝を遂げました。

当時の高見山関は東前頭4枚目という地位で、決して優勝候補の筆頭というわけではなかったので、この結果は多くのファンにとって驚きだったのではないかなと思います。

10日目には1敗だった高見山関と3敗の貴ノ花関との熱戦があり、貴ノ花関が上手投げで一矢報いたものの、そのまま高見山関が千秋楽まで逃げ切ったという展開だったみたいです。

表彰式では当時のアメリカ大統領だったリチャード・ニクソン氏から祝電が届けられたそうで、この優勝がアメリカ本土でも話題になったことが伝わってきますね。

記念日としての位置づけ

ちなみにこの「外国人力士の日」は日本記念日協会などによる公式な制定団体があるわけではなく、ファンやメディアを通じて自然に広まっていった記念日という側面が強いようです。

そのため制定の経緯そのものは、ほかの公式記念日と比べるとやや緩やかというか、明確な制定日や制定者の記録が見当たらないんですよね。

とはいえ、相撲の国際化を象徴する出来事として多くの相撲メディアや雑学サイトで取り上げられているのは間違いないです。

主役・高見山大五郎とは何者か

ここではこの歴史的優勝を果たした高見山大五郎関がどんな人物だったのか、経歴を中心にお伝えしますね。

来日から入幕までの道のり

高見山関は本名ジェシー・ジェームス・ワイラニ・クハウルアといい、アメリカ合衆国ハワイ準州マウイ島の出身です。

1964年、当時明治大学相撲部長だった人物の紹介で高砂親方(元横綱・前田山)にスカウトされて来日し、同年3月場所で初土俵を踏みました。

ちゃんこの味に馴染めず、白身魚が苦手で1年ほど苦労した逸話が残っていてなんだか人間味を感じるエピソードだなと思いました。

1967年3月場所で新十両に昇進して初の外国出身関取となり、翌1968年1月場所には史上初の外国出身外国籍の幕内力士として入幕を果たしています。

優勝後の記録と功績

優勝翌場所には外国出身で初の関脇へと昇進し、身長192センチ、体重205キロという恵まれた体格と巨体を活かした押し相撲で長く活躍を続けました。

幕内在位97場所、幕内連続出場1231回は歴代1位という記録を残していて、この長い現役生活自体もかなりすごい実績だと感じます。

1980年には日本国籍を取得し、日本名を渡辺大五郎と名乗るようになり、引退後は年寄・東関として後進の指導にあたりました。

相撲界の国際化への影響

高見山関の優勝がその後の相撲界にどんな変化をもたらしたのかを見ていきますね。ただの一人の力士の記録というより、相撲界全体の流れを変えるきっかけになった出来事だと言えそうです。

ハワイ勢の台頭

高見山関はのちに弟弟子となる小錦関を自らスカウトし、自分の弟子でもある曙関を横綱まで育て上げるなど、外国出身力士の道を大きく開いた存在です。

実際、高見山関の優勝以降、外国出身力士による幕内優勝は1989年11月場所の小錦関の初優勝まで、なんと17年間現れなかったんですよね。

これを考えると、高見山関の1972年の優勝がいかに孤立した快挙だったかが分かりますし、当時の相撲界における彼の存在の大きさがうかがえます。

外国人力士事情

高見山関、小錦関、曙関、武蔵丸関と、ハワイ出身の力士たちが次々と角界で活躍した歴史があり、この4名は「パイオニア」として今も語られる存在です。

ちなみに外国出身力士の平幕優勝は2012年5月場所の旭天鵬関の初優勝まで現れなかったそうで、幕内最高優勝という舞台がいかに厳しいものかを物語っていますね。

現在では白鵬関や日馬富士関といったモンゴル出身の横綱経験者も登場していますが、その礎を作った一人が高見山関だったという見方は多くの相撲関係者の間でも共有されている印象です。

まとめ

以下、この記事の要点をまとめておきますね。

  • 外国人力士の日は1972年7月16日、ハワイ出身の高見山大五郎関が外国出身力士として初めて幕内最高優勝を果たしたことにちなむ記念日です
  • 公式な制定団体はなく、ファンやメディアを通じて広まった記念日という位置づけです
  • 高見山関は幕内在位97場所、幕内連続出場1231回という歴代クラスの記録を持つ力士でした
  • 高見山関の優勝後、小錦関の優勝までに17年、平幕優勝には2012年までかかっており、外国出身力士の道がいかに険しかったかが分かります
  • 高見山関はのちに小錦関や曙関を育て、相撲の国際化に大きく貢献しました
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