「喜多方ラーメンの日」って聞いたことありますか?
実はこの記念日、7月17日に制定されていて単に語呂がいいからとかそういう単純な理由じゃないんです。
この記事を読めば喜多方ラーメンの日が誕生した本当の理由や、そこに隠された喜多方市の思い、さらにはラーメン自体のルーツまでまるっと分かるようになっていますよ。
地元愛の強い記念日だなと調べていて感じたのでその背景も含めてじっくりお伝えしていきますね。
喜多方ラーメンの日はいつ制定された記念日なのか
記念日そのものがいつどうやって生まれたのかを整理していきます。
制定の経緯と登録団体
喜多方ラーメンの日は福島県喜多方市が制定して一般社団法人日本記念日協会に登録申請を行った記念日です。
実際に登録証の授与式が行われたのは2023年で、市内で式典が開かれたことも記録に残っています。
行政が主体となって制定した記念日というのは意外と少なくて、それだけ喜多方市がラーメンをまちの顔として本気で捉えているんだろうなと感じました。
なぜ今このタイミングだったのか
実はこの記念日、突然思いついたものじゃなくて、市内のラーメン店や製麺所の代表が集まった「喜多方ラーメンプロジェクトチーム」での話し合いがきっかけだったみたいです。
話し合いの中で浮かび上がった課題がラーメン店の相次ぐ閉店や、観光客の滞在時間の短さだったそうで。
つまりこの記念日、ただのPRイベントじゃなくて、地域のラーメン文化をどう守っていくかという危機感から生まれたものなんですよね。
ちょっと切実な背景があったんだなと、正直驚きました。
7月17日という日付に隠された由来
ここではなぜ数ある候補の中から7月17日が選ばれたのか、その理由を深掘りしていきます。
「喜」の草書体が七十七に見える
これが一番の由来なんですが、「喜多方」の「喜」を草書体で書くと「㐂」という形になって、これが「七十七」と読めるんです。
ちょっとパズルみたいな話ですけど、実際に見てみると確かに「七」が三つ重なっているように見えるので、なるほどと思わされます。
長寿の祝い「喜寿」との重ね合わせ
日本には昔から長寿を祝う風習があって、77歳を祝う「喜寿」には喜多方と同じ「喜」の字が使われています。
喜多方市はこの喜寿にあやかって市の発展とラーメンのさらなる振興を願って7月17日を記念日にしたそうです。
長寿祝いとラーメンという、一見つながりのなさそうなものを結びつけた発想が個人的にはけっこう面白いなと思いました。
「喜多方」という地名自体の由来も関係している
もともと喜多方は会津の北にあることから「北方(きたかた)」と呼ばれていたんですが、明治8年に「喜び多い方」という意味を込めて「喜多方町」として町制が施行されたという歴史があります。
つまり地名自体にも「喜」という字を使う理由があって、それが記念日の日付選びにも自然と重なってきたということですね。
地名の由来まで遡って日付が決まっているのはなかなか丁寧な設計だなと感じます。
喜多方ラーメンそのものの歴史も知っておきたい
記念日の由来だけでなくそもそも喜多方ラーメンがどう生まれたのかを知ると、記念日への理解がもっと深まると思います。
中国出身の青年が屋台で広めた支那そば
喜多方ラーメンの歴史は大正末期から昭和初期にさかのぼります。
1927年頃、中国浙江省出身の潘欽星(ばん・きんせい)さんという青年が屋台を引いて支那そばを売り歩いたのが元祖と言われているんです。
潘さんは後に「源来軒」を創業した人物で、麺やスープの製法を秘伝にせず同業者に広めたことが、喜多方全体にラーメン文化が根付いた大きな理由だったみたいです。
この「秘伝にしなかった」という姿勢が結果的にまち全体を巻き込むラーメン文化を作ったわけで、なんか懐の深い話だなと個人的には思いました。
蔵のまちとラーメンの意外な関係
1970年代後半になると「蔵のまち喜多方」としての知名度が急上昇して、蔵の写真を撮りに来た観光客がついでにラーメンを食べて、それが全国的な人気に火をつけたと言われています。
ラーメン単体の魅力だけじゃなく蔵という観光資源との掛け合わせで有名になったというのは、意外な真実というか、あまり知られていない視点かもしれません。
今でも多くの店が「〇〇食堂」という屋号を使っているのも、当時の食堂文化がそのまま残っている証拠なんですよね。
約90店舗営業している
喜多方市内でラーメンを提供する店舗はおよそ90店舗にまで増えているそうです。
人口規模から考えるとかなりの密度でこれだけの店が集まっているまちというのは全国的にも珍しいと思います。
ちなみに1987年には「蔵のまち喜多方老麺会」という組織も設立されていて、現在も35軒ほどの店舗が加盟しているとのことです。

喜多方ラーメンの日には何をすればいいのか
最後にこの記念日をどう楽しめばいいのか、具体的なイメージを持てるようにまとめておきます。
ハッシュタグキャンペーンなどの取り組み
喜多方市では記念日の認知度向上のために、SNSでのハッシュタグキャンペーンなども実施しているようです。
7月17日前後になると、地元テレビでも特集が組まれることが多く、実際にNHKでも店主の高齢化や担い手不足をテーマにした報道がされていました。
記念日をきっかけに食のイベントとしてだけじゃなく地域課題の発信にもつながっているのは、けっこう意味のある取り組みだなと感じます。
地元では毎年イベントが開催される傾向
明確な全国統一イベントというより、喜多方市が主体となって毎年何らかの企画を打ち出している傾向があります。
とはいえ年ごとの詳細な内容までは十分に検証できていないので、その年の最新情報は喜多方市の公式サイトを確認するのが確実だと思います。
あくまで傾向として捉えてもらえたらと思います。
まとめ
喜多方ラーメンの日について由来から歴史まで整理してみました。
- 7月17日は「喜」の草書体が七十七に見えることと「喜寿」にあやかって選ばれた日付
- 制定は福島県喜多方市で、日本記念日協会に登録された記念日
- 制定の背景にはラーメン店の減少や観光滞在時間の短さという課題があった
- 喜多方ラーメンの元祖は1927年頃、中国出身の潘欽星さんが広めた支那そば
- 蔵のまちとしての観光人気がラーメンの知名度向上を後押しした
- 現在市内には約90店舗のラーメン店があり、老麺会という組織も存在する
記念日一つの由来をたどるだけでも地名の歴史や食文化の広がり方まで見えてくるのが個人的には面白かったです。
次に喜多方ラーメンを食べる機会があったら、こういう背景を思い出しながら味わってみるのもいいかもしれませんね。
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