毎年8月6日というと広島の平和記念日を思い浮かべる方が多いと思うんですけど、実はこの日にはもうひとつ、あまり知られていない記念日があるんです。
それが「太陽熱発電の日」なんですね。
この記事を読めば太陽熱発電の日がいつ、どうして生まれたのか、そしてその裏側にあった知られざる歴史や苦労までしっかりわかるようになっています。
「太陽熱発電って太陽光発電と何が違うの?」
という素朴な疑問もここでスッキリ解消できると思います。
太陽熱発電の日の由来とは
まず結論から言うと、この記念日は1981年8月6日に香川県で行われたある挑戦がきっかけになっています。
ここでは、その具体的な出来事と当時の日本が置かれていた状況について整理していきますね。
1981年8月6日仁尾町での世界初の実験
太陽熱発電の日は1981年8月6日に香川県三豊郡仁尾町(現在の三豊市)で、電源開発による「仁尾太陽熱試験発電所」が世界初の太陽熱発電を実施したことにちなんで制定されました。
かつての広大な塩田跡を利用して建てられたこの発電所には高さ60メートルのタワーの周りに約3000枚もの平面ミラーが並べられていて、太陽の動きに合わせて鏡を動かしながら光をタワー上部の集熱器に集めるという、なんとも大胆な仕組みだったんですね。
同時に、曲面ミラーとパラボラミラーを組み合わせた集光型の装置も設置されていて実は2種類の方式が並行して試されていたんです。
サンシャイン計画という国のエネルギー政策
この実験、単発の思いつきで行われたわけではありません。
背景には1973年の第一次石油危機があって石油に依存しすぎるエネルギー構造をなんとかしなければという危機感が、国レベルで広がっていたんですね。
そこで1974年に通商産業省工業技術院が「サンシャイン計画」を立ち上げて、太陽熱発電のほかにも石炭液化や地熱利用、水素エネルギーなど、石油に代わるエネルギーの開発を本格的に進めていったんです。
仁尾町が選ばれたのは日照時間が全国的にも長いという地理的な条件があったからなんだそうです。国が本気で新しいエネルギーの未来を作ろうとしていた、その熱意が伝わってくる話だなと個人的には感じます。
太陽熱発電の日の歴史を深堀り
由来はわかったところで次はこの実験がどんな結末を迎えたのかを詳しく見ていきますね。実は、この話にはちょっと切ない結末が待っています。
なぜ香川県仁尾町が選ばれたのか
仁尾町はもともと塩田で栄えた土地で、その広大な跡地が実験施設の建設にちょうど良かったという事情もあったみたいです。
加えて瀬戸内式気候特有の晴天率の高さも太陽熱発電の実験地として理想的だと判断された理由のひとつだったのでしょう。
約100億円という巨額の予算が投じられたことからも、当時の政府がこの実験にどれだけ本気だったかがうかがえますよね。
100億円を投じた実験とその結末
ただ、結果は思うようにはいかなかったんです。
想定していたよりも日照量が確保できず、平面ミラー型の最大出力は2000kWの計画だったものの、実際には1000kWの発電に成功したという記録に留まっていて、大規模な実用化には至らなかったんですね。
ミラーの表面についた埃を雨で洗い流せるほどの降雨量がなく、想定した出力を得られなかったという説もあるみたいです。
結局この発電所での実験は1985年、稼働からわずか4年で中止となり、装置も解体されてしまいました。
約100億円もかけたプロジェクトが実用化できずに終わったというのは正直かなり残念な結末だなと思います。
でも、この挑戦自体が無駄だったとは言えなくて、後の太陽光発電技術の発展に繋がる礎になったという評価もされているんです。
太陽熱発電とはどんな仕組みなのか
ここまで歴史の話をしてきましたが、そもそも太陽熱発電がどういう仕組みなのか、意外と知らない方も多いんじゃないでしょうか。
仕組みを知ると、仁尾町の実験がなぜ難しかったのかも見えてきますよ。
タワー集光型と分散型の違い
太陽熱発電というのは太陽光そのものを電気に変える太陽光発電とは違って、太陽の熱エネルギーを使って蒸気タービンを回して発電する方式なんです。
仁尾町で試された「タワー集光型」は、鏡でタワー上部の一点に光を集めて熱に変換する仕組みで、もう一方の「パラボラ集光型」はそれぞれの装置ごとに小さく集光して分散して発電する方式でした。
イメージとしては虫眼鏡で紙を焦がす実験を、巨大なスケールでやっているような感じですね。
太陽光発電との違い
太陽光発電は光を電気に直接変える「光電効果」を使っていて、こちらは1839年にフランスの物理学者ベクレルが発見した現象がルーツになっています。
一方、太陽熱発電は熱を介してタービンを回すという、もっと古典的な発電方式なんです。
実は太陽熱を使う発想自体はかなり古くて、1913年にはアメリカの発明家フランク・シューマンがエジプトで太陽熱を使ったエンジンを稼働させていたという記録もあります。
太陽光発電よりも実はこちらの方が歴史が古いというのは、ちょっと意外だなと感じました。
世界の太陽熱発電の広がり
日本の実験は残念な結果になってしまいましたが、世界に目を向けると太陽熱発電はその後も進化を続けているんです。
スペインやアメリカのその後の展開
たとえばスペイン南部にはそれぞれ150MWの出力を持つアンダソル、ソルナバ、エクストレソルといった大規模な太陽熱発電所が建設されました。
さらに2014年にはアメリカのカリフォルニア州モハベ砂漠で392MWという規模の「イヴァンパ太陽熱発電所」が稼働を始めて、当時世界最大の太陽熱発電施設として話題になったんです。
仁尾町の実験からわずか2000kW規模だったことを考えると、技術と規模の進化はすごいものだなと素直に驚きます。

日本の太陽熱発電が残したもの
日本ではその後、太陽熱発電よりも太陽光発電(ソーラーパネル)の方が主流になっていきましたよね。
とはいえ、仁尾町での挑戦が持っていた「石油に頼らないエネルギーを作る」という発想自体は、今の再生可能エネルギー政策にしっかり引き継がれているのかなと思います。
ちなみに現地では今もこの歴史を伝える取り組みがあるようで、地域の記憶として大切にされている様子がうかがえます。
太陽熱発電の日をどう過ごすか
最後にこの記念日をどう捉えたらいいのか、私なりの考えを書いておきますね。
記念日として振り返る意味
太陽熱発電の日というのは正直あまり知名度が高い記念日ではないと思います。
ハムの日やハンサムの日と一緒に紹介されることが多くて、埋もれがちな存在なんですよね。
ただ、8月6日という同じ日に平和への祈りと、未来のエネルギーへの挑戦という2つの大きなテーマが重なっているのは、なんだか意味深いものを感じます。
まとめ
- 太陽熱発電の日は1981年8月6日、香川県仁尾町で世界初の太陽熱発電が行われたことを記念した日
- 背景には石油危機を受けた国の「サンシャイン計画」があった
- 約100億円を投じたものの日照量不足で1985年に実験は中止された
- 太陽熱発電は光を熱に変えてタービンを回す方式で太陽光発電とは仕組みが異なる
- 海外ではスペインやアメリカで大規模な太陽熱発電所が実用化されている
8月6日を迎えたら、平和への思いとともにこんな小さなエネルギーの挑戦の歴史があったことも、少し思い出してみてもらえたら嬉しいです。
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