この記事を読めば8月27日が「男はつらいよの日」と呼ばれる理由や、そのきっかけになった映画の背景まで、まとめて分かるようになっています。
なんとなく聞いたことはあるけれど、由来までは知らないという方、けっこう多いんじゃないでしょうか。
今日は寅さんファンの方はもちろん、映画の歴史に興味がある方にも読んでほしい内容になっています。
男はつらいよの日とは何かご紹介します
まずはこの記念日そのものがどういうものなのかを整理していきますね。
8月27日に定められた記念日
男はつらいよの日は毎年8月27日にあたる記念日です。
1969年、昭和44年のこの日に、映画「男はつらいよ」シリーズの第1作が劇場公開されたことにちなんで制定されました。
日付そのものに深い意味があるわけではなく、単純に公開日をそのまま記念日にしたというわりとシンプルな成り立ちなんですね。
誰が制定したのか
正直なところ、いつ誰が正式に制定したのかを示す一次資料までは見当たりませんでした。
あくまで推測ですが松竹や関連メディアが公開日の節目を紹介する中で、いつの間にか「男はつらいよの日」として定着していった可能性が高いのかなという気がします。
実際、松竹のオフィシャルサイトや寅さんニュースでも8月27日を記念日として扱っている記事が見つかりますし、公式に近い立場からも認識されている記念日だと考えてよさそうです。

男はつらいよの日の由来を解説します
由来をたどると実はテレビドラマ時代の思わぬ出来事がきっかけになっているんです。
1969年8月27日の映画公開が起点
男はつらいよの日の由来は1969年8月27日に映画「男はつらいよ」シリーズ第1作が公開されたことにあります。
監督は山田洋次さん、主演は渥美清さん。
撮影は京都と奈良で行われ、公開当時の観客動員は54万3000人だったと記録されています。同時上映は伴淳三郎さん主演の「喜劇深夜族」だったそうです。
この年、人類は月面着陸を成功させていて、日本は高度経済成長のただ中にありました。
そんな時代背景の中で公開された作品がまさか26年間続く国民的シリーズになるとは、当時は誰も想像していなかったでしょうね。
テレビドラマ版で寅次郎が死んでしまった経緯
映画化のきっかけがちょっと意外で個人的には印象深かったです。
というのも、「男はつらいよ」はもともと1968年からフジテレビで放送されていた連続ドラマだったんですね。
ところが最終回で主人公の車寅次郎がハブに噛まれて死亡してしまうという結末になり、視聴者から抗議が殺到したそうなんです。
普通なら、そこで終わっていたはずの物語ですよね。
ところがあまりの反響の大きさに、山田洋次監督自身が映画化を企画し、寅次郎を復活させることにしたんだそうです。
抗議が映画シリーズを生み出したというのはなかなか珍しい成り立ちだと思います。
映画男はつらいよ第一作の内容にも触れておきます
由来を語るうえで第一作そのものの中身も知っておくと理解が深まると思うので、簡単に紹介しますね。
車寅次郎というキャラクター
主人公の車寅次郎はテキ屋稼業を営む、いわゆる「フーテンの寅」と呼ばれる人物です。
中学生の時に父親と喧嘩して家を飛び出し、その後ひょっこり故郷の葛飾柴又に帰ってくるところから物語が始まります。
両親が亡くなったと風の便りで聞き、妹のさくらのことを心配して戻ってきたという設定なんですね。
第一作のマドンナと物語の流れ
第1作では寅次郎が旅先の奈良で出会った冬子という女性に惚れてしまいます。
冬子役は光本幸子さんが演じていました。
寅次郎が彼女を連れて柴又へ帰るという流れが、第1作の大まかなストーリーです。
以降のシリーズでも旅先で出会ったマドンナに恋をして、結局は成就しないというパターンが繰り返されていくことになります。
このマドンナ役が誰になるかというのもシリーズを通しての大きな見どころになっていったみたいですね。
シリーズとしての広がりも見ておきましょう
1本の映画から始まった物語がどうやって国民的シリーズへと育っていったのか、その規模感を数字で見ていきますね。
全48作品とギネス認定という記録
「男はつらいよ」は結局、26年間で48作品も制作されました。
総観客動員数は8000万人を超えるとされていて、1983年にはギネスブックにも「1人の俳優が演じる映画シリーズとして世界最長」として認定されているんです。
当初は2作品だけの予定だったという話もあるのでそう考えると、ここまで続いたのはちょっと予想以上というか、当時の制作陣も驚いていたんじゃないかなと思います。
渥美清さんの死去とシリーズの節目
渥美清さんは1996年に亡くなられていて、それ以降は新作としてのシリーズは作られていません。
ただ、2019年には「男はつらいよお帰り寅さん」という続編的な作品が公開されていて、こちらは第50作にあたるという扱いをされているケースもあります。
ここは資料によって数え方が48作と表現されたり50作と表現されたりするので、あくまで見立てですが、渥美清さん主演分を48作、新作を含めた総数を50作としているのかなという気がしますね。
細かく検証していないのでこの部分は参考程度に受け取ってもらえたらと思います。
男はつらいよの日をどう楽しむか考えてみました
この記念日を実際にどう過ごすとよさそうか、自分なりの視点で書いてみます。
舞台になった柴又を訪れてみる
物語の舞台である東京の葛飾柴又には寅さんの銅像や記念館があります。
8月27日前後に足を運んでみると、映画の世界観を肌で感じられるかもしれません。
ちなみに柴又帝釈天の参道あたりは今でも昭和の雰囲気が残っていて、映画を見た後に歩くとより楽しめる気がします。
記念日をきっかけに映画を見返してみる
正直なところの今、48作品すべてを一度に見返すのはなかなか大変ですよね。
だからこそ、8月27日という記念日をきっかけにまずは第1作だけでも見てみるというのがおすすめです。
抗議から生まれたシリーズだと知ってから見ると、寅次郎の存在感がまた違って感じられると思います🎬
まとめ
男はつらいよの日について由来から歴史まで整理してきました。ポイントをまとめておきますね。
- 男はつらいよの日は8月27日、映画「男はつらいよ」第1作の公開日にちなんだ記念日
- きっかけはテレビドラマ最終回で寅次郎が死亡し、視聴者の抗議が殺到したこと
- 第1作は1969年公開、山田洋次監督、渥美清さん主演、マドンナ役は光本幸子さん
- シリーズは26年間で48作品まで続き、ギネスブックにも認定
- 渥美清さんの死去後も2019年に続編的作品が公開されている
こうして振り返ってみると抗議という予想外の出来事から国民的シリーズが生まれたというのは、なかなか他にはない成り立ちだなと感じます。
8月27日には寅さんの物語に触れてみるのもよさそうですね。
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