8月28日は「テレビCMの日」なんですけど、この記事を読めば由来や制定の背景、当日実際に何が起きたのかまでまるっと分かります。
「なんとなく記念日があるのは知ってるけど、由来まではちゃんと知らない」
という方、けっこう多いんじゃないでしょうか。
実はこの日、単純に「CMが始まった日」というだけじゃなくて放送事故から歴史が動き出したという、ちょっと面白い裏話があるんです。
ここではその経緯を丁寧に紐解いていきますね。
テレビCMの日とは
まずはテレビCMの日がどういう記念日なのか、基本情報をお伝えしますね。
記念日の概要
テレビCMの日は毎年8月28日に迎える記念日です。
一般社団法人日本民間放送連盟、通称民放連が2005年に制定したものです。
1953年8月28日に日本テレビ放送網が日本初の民間放送テレビ局として開局し、その同日に日本で最初のテレビCMが放送されたことにちなんでいます。
個人的には記念日って古くからあるものが多いイメージだったので、これが2005年制定だと知ったときはちょっと意外でした。
制定した団体について
制定したのは民放連、つまり全国の民間放送事業者を会員とする団体です。
テレビCMという広告文化そのものを広く伝えていく目的があったようで、同じ2005年からは「CMのCMキャンペーン」という取り組みも合わせてスタートしています。
テレビ局側が自分たちの広告文化にきちんと目を向けてもらいたいという意図がにじんでいる気がしますね。
テレビCMの日の由来
なぜ8月28日という日付が選ばれたのか、その起点となった出来事を見ていきます。
1953年8月28日に起きたこと
1953年、昭和28年の8月28日、日本テレビが日本初の民間放送テレビ局として本放送を開始しました。
開局記念式典の中継が午前11時20分から始まり、その後11時50分頃から祝賀舞踊「寿式三番叟」が放送されたとされています。
NHKのテレビ放送開始が同年2月1日だったので、本テレビは半年ほど遅れてのスタートだったんですね。
日本初のテレビCMは精工舎だった
そして正午の直前、11時59分30秒からの30秒間に、スポットCMとして服部時計店、いまのセイコーによる時報CMが流れました。
これが「日本のテレビCM第1号」とされています。
内容は
「精工舎の時計が正午をお知らせいたします」
というナレーションとアニメーションの鶏が時計をぜんまいで調整するという映像だったようです。
日本初のテレビCMは精工舎の正午の時報だったというのが定説になっています。

幻の1本目CM、放送事故の真相
ここでは記念すべき第1号CMで実際に何が起きたのか、その裏側を詳しく見ていきますね。
ここがけっこう面白いところなんです。
フィルムを裏返しにセットしたミス
放送機材の操作にまだ慣れていなかった当時のスタッフが、CMのフィルムを裏返しの状態で再生機にセットしてしまったそうです。
その結果、音声を再生するサウンドトラックが再生ヘッドを通らず、映像も鏡像のような状態になってしまいました。
せっかく用意した記念すべき第1号CMが、まさかの放送事故になってしまったわけですね。ちょっと切ないというか、なんとも人間くさいエピソードだなと感じます。
わずか3秒で中止された正午のCM
一部の資料によるとこの正午の第1号CMは音も出ず映像も乱れていたため、わずか3秒ほどで放送が中止されたとも伝えられています。
ただ、この「3秒で中止」という細かい部分については資料によって表現の細かさが異なっていて、単に約30秒間音なしのまま流れ切ったとする説明もあります。
どちらが正確なのか、正直なところ完全には断定しきれない部分ではあるんですがいずれにしても放送事故だったこと自体は複数の資料で一致しています。
夜7時に無事放送された第2号CM
その日の夜7時、同じ精工舎の時報CMが第2号として改めて放送されました。
今度は問題なく放送され、このバージョンが現存する日本最古のテレビCMとされています。
つまり厳密に言うと、記念すべき「最初のCM」は事故で終わってしまい、いま私たちが見られる「日本最古のCM」は実は2回目の放送分なんですよね。
この事実、あまり詳しく取り上げられていない気がして個人的にはけっこう面白いポイントだと思っています。
なぜ2005年に制定されたのか
記念日として制定された背景にある狙いを考えていきます。
民放連の狙いと目的
明確な一次資料としての詳しい制定理由までは確認できなかったんですが、テレビCMの日と同時期に始まった「CMのCMキャンペーン」の存在から考えると、民間放送局が自分たちの広告文化そのものの価値を視聴者に伝えたいという思いがあったのではないかと考えられます。
テレビ放送開始から50年以上が経ったタイミングでの制定というのも、節目を意識した動きだったのかもしれませんね。
あくまで推測ですが視聴者にとってCMは「番組の間の待ち時間」みたいに捉えられがちなので、そのイメージを変えたかったという側面もありそうな気がします。
テレビCM文化を伝える意義
テレビCMは商品広告というだけじゃなく、時代ごとの世相や流行、映像表現の技術を映し出す一つの文化でもあります。
だからこそ、その始まりを記念する日を作ることで、CM制作に関わる人たちの仕事にも光を当てたいという思いがあったんじゃないかなと私は感じています。
日本のテレビCMがその後どう育っていったか
放送事故から始まったテレビCMがどんな道をたどってきたのか簡単に触れておきますね。
広告業界における位置づけ
1953年当時、日本テレビが受信可能だった契約数はごくわずかで、1953年全体でも1485台程度だったという記録が残っています。
そこから考えると、テレビCMという媒体は本当にゼロからのスタートだったことがよく分かりますね。
それが今では、テレビ広告は日本の広告市場の中でも大きな存在感を持つ媒体まで育っています。
たった30秒の、しかも音の出なかったCMから、ここまで大きな産業になったというのはなかなか感慨深いものがあります。
現代のCMとの違い
当時のCMは時報を兼ねたシンプルな内容でしたが、いまのテレビCMは映像表現も演出も格段に洗練されていますよね。
有名人の起用やストーリー性を重視した15秒、30秒のスポットなど、表現の幅もかなり広がりました。
放送事故から始まった業界がこんなに丁寧に作り込まれた表現の場になっていったというのは、ちょっと不思議な感じもしますし、同時に誇らしいことでもあるなと思います🎬
まとめ
テレビCMの日についての由来や歴史を整理するとこんな感じになります。
- テレビCMの日は8月28日、民放連が2005年に制定した記念日
- 1953年8月28日、日本テレビの開局と同時に日本初のテレビCM(精工舎の時報)が放送された
- 記念すべき第1号CMはフィルムの裏返しミスで放送事故になった
- 同日夜7時に流れた第2号CMが、現存する日本最古のテレビCMとされている
- そこから約70年、テレビCMは日本の広告文化を代表する存在に育っていった
放送事故から始まった歴史だと知ると8月28日のテレビCMという記念日、なんだか見方が変わってきませんか?普段何気なく見ているCMにも、こういう積み重ねがあると思うと、ちょっと感慨深いですよね。

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