9月20日は「空の日」です。
この記事を読めば空の日がいつどうして生まれたのか、その由来や歴史のディテールまでしっかりわかるようになると思います。
毎年なんとなくニュースで見かけるけど実際どういう経緯で決まった記念日なのか、ちゃんと説明できる人は意外と少ないんじゃないでしょうか。
私も調べてみるまでは「航空業界の記念日でしょ」くらいの認識だったので、正直けっこう深掘りしがいのあるテーマだなと感じました。
空の日とは?基本情報をチェック
ここでは空の日がどんな趣旨で設けられた記念日なのか、まず基礎の部分をまとめていきます。
制定日と目的
空の日は毎年9月20日に定められている日本の記念日です。
国土交通省によると航空に対する理解と関心を国民に広く持ってもらうことを目的に設けられたとされています。
民間航空が再開してから半世紀ほどで日本の航空はめざましく発展し、空港は地域の発展を支える核のような存在になったという背景があるみたいですね。
単に「飛行機の日」というより、航空という交通手段そのものへの理解を深めてもらう日という位置づけなのだと思います。
空の旬間との関係
空の日とセットで語られるのが「空の旬間」です。
これは9月20日から30日までの11日間を指していて、この期間中に全国の空港で管制塔見学や航空教室などのイベントが開催されます。
空の日は単発の記念日というより、旬間全体の始まりの日という捉え方のほうが実態に近い気がしますね。
ちなみに空の旬間には毎年どこかの空港が「スカイフェスタ」の会場として選ばれ、比較的大きなイベントが実施されるそうです。
空の日の由来を深掘り解説
ここを読むと空の日という記念日がどんな出来事をきっかけに生まれたのかがわかります。
徳川好敏と日野熊蔵による日本初の動力飛行
空の日の由来としてもっとも広く知られているのが、1910年(明治43年)12月19日の出来事です。
陸軍大尉だった徳川好敏と日野熊蔵の2人が、代々木練兵場でそれぞれ日本初の動力飛行に成功したというエピソードなんですよね。
徳川好敏という名前からもわかるように、彼は江戸幕府を開いた徳川家康の子孫で、最後の将軍だった徳川慶喜の大甥にあたる人物だったそうです。
ただ当時の清水徳川家は父親の借金問題などで没落していて、好敏はいわば家名再興の願いを背負って危険な飛行機の世界に飛び込んだ、という逸話が伝わっています。
この話、個人的にはかなり印象深かったです。
記念日の裏に、こういう人間ドラマがあったのは正直知らなかったので驚きました。
なぜ9月20日なのか
日野と徳川の初飛行自体は12月19日でした。
それなのに記念日が9月20日なのは不思議に思いませんか。
国土交通省の説明では初飛行から30周年にあたる1940年(昭和15年)に「航空日」が制定され、第1回は同年9月28日に実施されたとされています。
そして翌年、関係省庁の協議を経て日付が9月20日に決まり、それが定着していったという流れです。
ウィキペディアの記述では、3月10日の陸軍記念日や5月27日の海軍記念日が春に集中していたため時期をずらして秋にし、その中でも晴れの日が多い「特異日」を選んだとされています。
つまり12月19日という実際の初飛行の日付そのものには特別こだわらず、記念行事をやりやすい気候の日を選んだということなのかなと思います。
空の日の歴史をたどる
ここでは航空日として誕生してから現在の空の日に至るまでの流れを時系列で整理します。
航空日から空の日への改称
1940年に始まった「航空日」は戦後いったん中断したものの1953年(昭和28年)に復活しました。
そして1992年(平成4年)、民間航空再開からちょうど40周年というタイミングで、より親しみやすい名称にしようという趣旨から「空の日」へと改称されたんですね。
同時に「空の旬間」も設けられ、現在の形が出来上がったということになります。
硬い印象のあった「航空日」から柔らかい「空の日」への改名、この発想はわりとセンスがいいなと個人的には思います。
戦争による中断と復活
第二次世界大戦後、連合軍によって日本の航空活動そのものが禁止されてしまい、航空日も一時的に消えてしまいました。
この空白期間があったからこそ、1953年の復活や1992年の改称がより意味を持つ出来事として位置づけられているように感じます。
航空という産業自体が一度ゼロに近い状態から立ち直った歴史があるからこそ、この記念日にはただの祝祭日以上の重みがあるのかもしれません。
意外と知られていない二つの起源説
ここでは空の日の由来として実はもうひとつの説が存在していることを紹介します。
山田式飛行船説
JAXAのよくある質問ページを見ると、空の日の由来について徳川と日野の動力飛行とは別の説明が載っています。
それによると、1911年(明治44年)9月20日に山田猪三郎が開発した山田式飛行船が滞空時間1時間で東京上空を一周する飛行に成功したことを記念して制定されたとされているんです。
日付がぴったり9月20日と一致しているぶん、こちらの説のほうが直接的なつながりを感じさせますよね。
矛盾点の指摘
ただ、この二つの説には食い違いがあります。
国土交通省の公式説明は「1910年の動力飛行から30周年」という理屈で1940年の制定を説明しているのですが、山田式飛行船の初飛行は1910年ではなく1911年なんですよね。
日本航空協会の記事では、この点についてかなり詳しく検証がされていて、山田式飛行船説をもとにすると30周年という数字自体が成り立たなくなると指摘されています。
この記事によれば国土交通省や関連団体も近年はこの矛盾に気づいたのか、山田式飛行船についての言及を控える傾向にあるとのことでした。
ここはあくまで一つの分析としての見方ですが、記念日の由来がひとつの決定的な事実というより複数の解釈が重なって定着してきたものだという可能性は十分にありそうです。

空の日のシンボルとイベント
ここでは空の日にまつわるキャラクターや実際に行われる催しについてまとめます。
くにまるくんの名前の由来
空の日には「くにまるくん」というシンボルキャラクターが設定されています。
名前の由来がなかなかユニークで、9月20日を「9(く)2(に)0(まる)」と読み替えたことに由来しているそうです。
語呂合わせから生まれたキャラクター名というのはちょっと微笑ましいですね。
1992年の改称と同時に設定されたキャラクターということなので、空の日という名称そのものと歴史を共にしてきた存在だと言えます。
空の旬間の主なイベント
空の旬間の期間中は全国の空港やレーダー事務所などで管制塔の見学ツアーや航空教室が開かれます。
それだけじゃなく、航空産業と縁の深い神社仏閣でも動きがあります。
成田国際空港に近い成田山新勝寺や東京国際空港に隣接する穴守稲荷神社、さらに飛行神社などでは航空の安全を願う祈祷式が執り行われるそうです。
空港のイベントだけでなく信仰の場でも航空安全を願う行事が続いているというのは、案外知られていない一面だなと思いました。
まとめ
空の日についての由来や歴史を要点として整理しておきます。
- 空の日は毎年9月20日で航空への理解と関心を高める目的で設けられた記念日です
- 起源は1940年に制定された「航空日」で1992年の民間航空再開40周年に現在の名称へ改称されました
- 由来には1910年の徳川好敏と日野熊蔵による日本初の動力飛行から30周年という説が公式に採用されています
- ただし1911年の山田式飛行船による飛行を由来とする説も存在し二つの説の間には年数のずれという矛盾が指摘されています
- シンボルキャラクターの「くにまるくん」は9月20日の語呂合わせから名付けられました
- 空の日から9月30日までの空の旬間には全国の空港見学会や航空安全の祈祷式などが行われます
こうして振り返ってみると空の日はただの語呂のいい記念日ではなく、日本の航空史そのものが積み重なって出来上がった日なんだなと実感しますね。
由来に少し曖昧な部分が残っているのもそれだけ長い歴史を持つ記念日である証だと思うと、なんだか愛着が湧いてきませんか。
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