毎年9月21日は「ファッションショーの日」って知っていますか?
この記事を読めばなぜこの日が記念日になったのか、そして日本で最初のファッションショーがどんな様子だったのかがしっかり分かりますよ。
「なんとなく聞いたことはあるけど、詳しい由来までは知らない」
という方、けっこう多いんじゃないかなと思います。
ファッションショーの日とはどんな記念日?
ここを読むとこの記念日の基本的な位置づけがつかめます。
制定された日付と概要
9月21日の「ファッションショーの日」は日本で初めて本格的なファッションショーが開催されたことを記念して生まれた記念日です。
制定した団体や機関を明記している一次資料は見当たらなかったので、これは私の見立てになるんですけど、おそらく百貨店文化などを通じて自然に広まっていった、いわゆる由来記念日のひとつなのかなという気がしています。
国民の祝日のように法律で定められたものではなく、あくまで史実に基づいた記念日という位置づけです。
由来になった出来事の場所
由来となった出来事が起きたのは、東京の三越です。
ただ、ここで意外と間違われやすいポイントがあるんですよね。
ネット上の記事を見ていると「銀座の三越呉服店」と書かれているものがかなり多いんですが、実は当時の三越に銀座店はまだ存在していませんでした。
銀座三越が開店したのは1930年のことなので、1927年の時点ではありえないんです。
三越伊勢丹ホールディングスの公式な沿革でも、1927年に「日本橋本店」に三越ホールを開設し、そこで日本初のファッションショーを開催したと明記されています。
ですから正確には、東京・日本橋(当時の地名でいう駿河町)の三越呉服店本店が舞台だったということになりますね。
この点、多くのサイトが混同しているので、ちょっと訂正しておきたいなと思いました。
由来となった1927年の日本初ファッションショー
ここでは記念日の元になった出来事そのものを詳しく見ていきます。
三越呉服店で開催された経緯
1927年(昭和2年)、三越日本橋本店の6階に「三越ホール」が新しく完成しました。
現在の三越劇場にあたる場所ですね。
このホールのこけら落としイベントとして、同年4月には歌舞伎公演が行われ、それに続く形で9月にファッションショーが企画されたそうです。
つまり、最初から「ファッションショーをやろう」と決まっていたわけではなくて新しいホールを盛り上げるための企画のひとつだったという流れなんですよね。
個人的にはこの経緯がけっこう面白いなと感じています。
演劇興行の延長線上に、日本初のファッションショーが位置づけられていたというのは、当時の百貨店がただの商品販売の場ではなく、文化発信の拠点だったことを示しているように思います。
このイベントは「染織逸品会」という団体が主催する形をとり、一般から公募した着物の図案をもとに新しい衣装が作られました。
モデルを務めた女優たち
ショーでモデルを務めたのは専門のファッションモデルではなく、当時人気だった舞台女優たちでした。
初代・水谷八重子、東日出子、小林延子の3人です。
当時はまだ「ファッションモデル」という職業自体が日本に存在していなかったので、著名な女優を起用するのは自然な選択だったんでしょうね。
当時の広告文には3人の女優が「艶麗花の如き姿」でホールの舞台に登場し、優美な舞踊を演出すると書かれていたそうです。
ファッションショーといっても洋装のランウェイショーではなく、和服を着た女優が日本舞踊を披露する形式だったという点が、現代のファッションショーとはかなり違いますね。
西洋のショーの形式をそのまま輸入したのではなく、日本の伝統芸能とうまく組み合わせたスタイルだったのが印象的です。
当日の様子と話題になった理由
ここを読むと開催期間や当時の反響がイメージできますよ。
3日間開催された内容
このファッションショーは9月21日から23日までの3日間にわたって実施されました。
単発のイベントではなく、複数日にまたがって開催されたというのは当時としてはかなり大きな規模の催しだったことがうかがえます。
連日大盛況だったと伝えられていて、東京中で話題になったようです。
当時の反響
まだ一般女性が公の場で洋装を披露する習慣がほとんどなかった時代に、有名女優が新しい衣装をまとって登場するという企画自体が斬新だったんだと思います。
着物から洋装へと移り変わっていく過渡期の日本において、このイベントは装いの多彩さや自己表現の可能性を人々に印象づけるきっかけになったんじゃないかなと私は考えています。
あくまで推測になりますが当時の新聞記事などでも話題性の高さが伝わっていたのではないかと思われます。
世界のファッションショーの歴史との関係
ここではファッションショーという文化がどこから始まったのかを整理します。
パリで始まったファッションショーの起源
世界的に見るとファッションショーの原点は1850年代のパリにあったといわれています。
オートクチュールデザイナーのシャルル・フレデリック・ウォルトが、マネキンではなく生身のモデルに服を着せて自分のコレクションを披露したのが始まりとされているんです。
ウォルトはイギリス出身ながらパリで活動し、「オートクチュールの父」とも呼ばれる人物で、既製の型紙を使わないオーダーメイドの高級服という概念を広めた存在です。
日本と世界の違い
パリでの起源から日本初のショーまでは、およそ70年ほどの時間差があります。
西洋では実用的な販売促進の手段として発展したファッションショーが日本では百貨店の文化イベント、しかも和装の魅力を伝える場として独自に花開いたというのは、なかなか面白い違いだなと思います。
同じ「ファッションショー」という言葉でも生まれた背景や目的が国によって全然違っていたわけですね。
現代における意義
ここでは、この記念日を今の視点から捉え直してみます。
ファッション文化への影響
1927年のこのショーをきっかけに、日本でも百貨店主催のファッションイベントが少しずつ広がっていきました。
当時はまだ服の値段も庶民には手が届かない高級品だったそうですが、こうした催しの積み重ねが、後のファッション産業やメディアの発展につながっていったと考えられます。
装うことの楽しさを大勢の人に見せる場を作った、という点では現代のファッションショーの原型がここにあったといえそうです。
記念日として知っておきたいこと
正直なところ、9月21日を「ファッションショーの日」だと知っている人はそこまで多くない気がしています。
でも、日本の服飾文化が着物中心から洋装へと切り替わっていく歴史の節目を知るきっかけとしては、けっこう良い題材なんじゃないかなと感じますね。
日本橋という場所や女優がモデルを務めたという事実まで押さえておくと、雑談のネタとしても厚みが出ると思います。
まとめ
最後にこの記事のポイントを整理しておきますね。
- ファッションショーの日は9月21日で、1927年に日本初のファッションショーが開催されたことに由来する
- 会場は東京・日本橋の三越呉服店本店で、銀座三越ではない点に注意
- モデルを務めたのは初代水谷八重子ら3人の舞台女優で、専門モデルという職業はまだ存在しなかった
- ショーは9月21日から23日までの3日間開催され、連日大盛況だった
- 世界のファッションショーの起源は1850年代パリのシャルル・フレデリック・ウォルトにさかのぼる
こうして振り返ってみるとたった一つの百貨店イベントが、日本の服飾文化の転換点として今も記念日に残っているというのは、なかなか感慨深いものがありますね。

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