9月23日ごろにやってくる「お墓参りの日」って、聞いたことありますか。
実はこれ、ただの語呂合わせ的な記念日じゃなくて仏教の教えと宮中の祭祀、それに現代の業界団体の思いが重なり合って生まれた、けっこう奥行きのある日なんです。
この記事を読めばお墓参りの日がいつ誰によって作られたのか、その背景にある秋分の日やお彼岸の歴史まで、ひとつずつ整理して分かるようになると思います。
「なんとなく秋分の日は墓参りするものだと思ってたけど、実際どういう理由なんだろう」
と気になっていた方は、ぜひ最後まで読んでみてくださいね。
お墓参りの日とは何の日なのか
ここではお墓参りの日がどんな記念日で、誰が制定したのかを解説します。
9月23日ごろに巡ってくる特別な日
お墓参りの日は、毎年9月23日ごろに定められている記念日です。
年によっては22日や24日になることもあって、これは秋分の日そのものの日付が年ごとに動くからなんですね。
国立天文台の観測によって秋分点を太陽が通過する瞬間が決まり、その日が翌年の2月に閣議決定されて正式な祝日になる、という仕組みになっています。
つまりお墓参りの日は天文現象と行政手続きの両方に日付を委ねている、ちょっと変わった記念日でもあるんです。
制定したのは日本石材産業協会
この記念日を作ったのは墓石や石材に関わる業者を中心に組織された一般社団法人日本石材産業協会、略して石産協です。
2001年に設立され2009年に一般社団法人となった団体で、2023年8月時点で全国1,122社の会員を持つ、石材業界最大の全国団体なんですね。
石産協は「秋分の日はお墓参りの日」として日本記念日協会に申請し、2013年に正式な記念日として認定されました。
先祖代々手を合わせる日本らしい文化をこれからの時代にも残していきたいという願いが込められているそうです。
お墓参りの日の由来は秋分の日にある
ここを読むとお墓参りの日という記念日が国民の祝日である秋分の日をベースに作られた経緯が分かります。
国民の祝日「秋分の日」が土台になっている
お墓参りの日の日付は国民の祝日に関する法律第2条にある秋分の日の趣旨、「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」からそのまま引かれています。
この法律は1948年、昭和23年に公布・施行されたものです。
つまり石産協は新しい祝日を作ったわけではなく、もともと国が「祖先を偲ぶ日」として定めていた秋分の日に、業界としての記念日を上乗せする形をとったということになります。
石産協が2013年に記念日申請した経緯
猛暑でお盆に墓参りができなかった人が一定数いること、それに秋分の日の趣旨自体が先祖供養と重なっていることに着目して、認知度向上のための啓発活動として記念日申請に至ったようです。
実際、石産協は認知度調査もしていて、2015年時点で10.9パーセントだった認知度が、2022年には18.7パーセントまで上がったというデータが出ています。
ポスターを約4,000枚制作し、会員店舗やお寺、学校、生花店などに掲出する啓発活動を毎年続けているみたいです。
地道な取り組みが少しずつ形になってきているのかなという印象を受けますね。
なぜ秋分の日にお墓参りをするのか
ここでは秋分の日とお墓参りが結びついた仏教的な理由を掘り下げます。
彼岸と此岸が最も近づく日という考え方
仏教では悟りの世界やご先祖様がいる場所を彼岸、私たちが生きているこの世を此岸と呼びます。
彼岸は西の方角に、此岸は東の方角にあるとされていて秋分の日はその境目が最も近くなる特別な日と考えられてきました。
彼岸という言葉自体、サンスクリット語のパーラミター、漢字で波羅蜜多と音訳される言葉の意訳「到彼岸」から来ているんですね。
向こう岸に到達するという意味が込められているわけです。
太陽が真東から昇り真西に沈む天文現象
秋分の日は太陽が真東から昇って真西に沈む、1年でも数えるほどしかない日です。
西方に極楽浄土があるとされる仏教の世界観からすると、太陽が最短距離で西へ向かうこの日は、ご先祖様や故人へ思いを届けやすい日として選ばれたと考えられているようです。
天文学的な現象と宗教的な世界観がぴったり重なったからこそ、この日にお墓参りをするという習慣が根付いたのかもしれません。
お彼岸とお墓参りの歴史をたどる
ここでは彼岸会という行事がいつどんな理由で始まったのか、記録に基づいて確認します。
平安時代の日本後紀に残る最古の記録
彼岸会の文献上の最古の記録は、延暦25年、西暦806年の『日本後紀』にあります。
桓武天皇が諸国の国分寺の僧に対して、春と秋それぞれ7日間、『金剛般若経』を読ませるよう命じた、という内容です。
この彼岸会、実はインドや中国から伝わったものではなく、日本で独自に始まった行事だとされているんですよね。
しかもこの詔には、少し重い背景があります。
桓武天皇の弟である早良親王は藤原種継暗殺事件に関わったとされて配流の途中で亡くなり、その後都で相次いだ疫病や天変地異が親王の祟りだと恐れられたそうなんです。
彼岸会はもともと怨霊となった早良親王の魂を鎮めるための法会として始まった、という見方が有力なんですね。
先祖供養というより鎮魂の儀式だったというのは正直ちょっと意外でした。
聖徳太子説は本当なのか一次資料で確認する
彼岸会は聖徳太子が四天王寺で始めたという説を、耳にしたことがある方も多いんじゃないでしょうか。
四天王寺の西門から夕日が沈むのを拝んだのが由来だという言い伝えです。
ただ、この説を裏付ける一次資料はいまのところ確認されていません。
『日本書紀』や『古事記』、『聖徳太子伝暦』といった資料にも、聖徳太子と彼岸会を直接結びつける記述は見当たらないようです。
確実にさかのぼれる最古の記録はやはり806年の『日本後紀』止まりということになります。
伝承として語られることはあっても、断定するのは難しいというのが資料を見比べた上での正直な見立てです。
その後、彼岸は寺院の法要として続き、江戸幕府が春分・秋分を彼岸の中日と定めたことで、庶民にも先祖供養の習慣として広まっていったとされています。
宮中で続く秋季皇霊祭という一面
ここでは秋分の日にはお彼岸とは別に、皇室が続けてきた祭祀があるという点を紹介します。
明治時代に整えられた皇室の先祖祭
秋分の日には宮中で秋季皇霊祭という儀式が行われています。
歴代天皇や皇族の霊を皇霊殿でまつる先祖祭で宮内庁の資料にも毎年の実施記録が残っています。
この祭祀は1878年、明治11年にそれまで個別に行われていた歴代天皇の忌日祭を春と秋にまとめて整理したのが始まりで、1908年の皇室祭祀令で正式に大祭として位置づけられました。
皇霊祭と彼岸の習慣が結びついた背景
もともと秋分の日はお彼岸として先祖を祭る日だったところに、皇室の秋季皇霊祭が重なったという流れのようです。
平安中期から江戸時代までは御黒戸という場所で神仏習合の形で先祖供養が営まれていて、明治の神仏分離を経て神式の祭典に変わったとされています。
戦後1948年に国民の祝日に関する法律が施行された際、宗教的な色を抑えつつ
「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」
という趣旨だけを残す形で、現在の秋分の日として再出発したんですね。
仏教のお彼岸、皇室の皇霊祭、国民の祝日という3つの層が積み重なって今の秋分の日になっている、という理解で、だいたい間違っていないと思います。
お墓参りの日の認知度はどれくらい
ここを読むとお墓参りの日という記念日そのものがどれくらい知られているのかが分かります。
2015年10.9%から2022年18.7%へ
石産協が実施したインターネット調査によるとお墓参りの日の認知度は2015年時点で10.9パーセント、2022年には18.7パーセントまで伸びています。
全国の30歳以上の男女800人を対象にした調査だそうで、目標として25パーセントの認知度を掲げているとのことです。
まだ多数派とは言えませんけど、年々広がってきているのはたしかですね。
ちなみに石産協ではお墓に関する幅広い知識を問う「お墓ディレクター検定」も実施していて、これまでに約13,000人が受検、約4,500人が1級・2級を取得しているそうです。
石材業界がこうした形で消費者向けの情報発信に力を入れているのは、あまり知られていない部分かもしれません。

認知度向上への取り組みとポスター活動
啓発活動としては毎年ポスターを制作して会員企業の店頭やお寺、保育園、小学校、生花店などに貼付する取り組みが続けられています。
SNSでの情報発信も合わせて行われているみたいです。
地味に見えるかもしれませんが、こうした継続的な発信が認知度の上昇を後押ししているんだろうなと感じています。
お墓参りの日にできること
ここではお墓参りの日を実際にどう過ごせばいいか、実践的な視点で整理します。
いつもの秋のお彼岸との違いを意識する
秋のお彼岸は秋分の日を中日として前後3日を合わせた7日間で、2026年でいうと9月20日から26日までがその期間になります。
お墓参りの日はその中日、つまり秋分の日そのものにスポットを当てた1日限りの記念日という位置づけです。
お彼岸期間中どこかで参れれば十分ではあるんですが秋分の日という当日に合わせて訪れることに、記念日としての意味が加わる感じですね。
おはぎを供える風習もこの時期の代表的な習わしのひとつです。
一人でお墓参りが難しい人への支援の動き
高齢で自力での墓参りが難しい人向けに、送迎付きのお墓参り支援企画を実施する葬儀社なども出てきています。
名古屋市南区で行われた「なごやかお墓参りの会」では、事前アンケートで身体的な理由や運転免許返納によって一人で墓参りに行くことへ不安を抱える高齢者がいることが分かり、貸切バスでの送迎や車内での終活講座を組み合わせた支援が行われたそうです。
お墓参りの日という記念日をきっかけにこうした地域課題への取り組みが広がっていくのは、地域社会にとって前向きな動きだなと思いました。
まとめ
お墓参りの日について由来から歴史まで振り返ってきました。最後にポイントを整理しますね。
- お墓参りの日は9月23日ごろ、秋分の日に合わせた記念日で、2013年に日本石材産業協会が日本記念日協会へ申請して制定された
- 秋分の日は1948年施行の国民の祝日に関する法律で「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」ことを趣旨として定められている
- 秋分の日に墓参りをする理由は彼岸と此岸が最も近づく日という仏教的な世界観と、太陽が真東から昇り真西に沈む天文現象が結びついたことにある
- 彼岸会の文献上の最古の記録は806年の『日本後紀』で、桓武天皇が弟の早良親王の鎮魂のために命じた法会が起点とされ、聖徳太子起源説を裏付ける一次資料は確認されていない
- 秋分の日には宮中で秋季皇霊祭という皇室の先祖祭も行われており、明治時代に制度が整えられた
- お墓参りの日の認知度は2015年の10.9パーセントから2022年には18.7パーセントまで上昇している
ひとつの記念日の背景に仏教の教えや宮中の歴史、業界団体の地道な啓発活動まで詰まっているのは、ちょっと感慨深いですよね。
秋分の日はぜひこうした背景を思い出しながらお墓参りをしてみてください🍃

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