9月27日は「女性ドライバーの日」です。
この記事を読めばこの記念日がいつ何をきっかけに生まれたのか、そして日本で女性が車を運転できるようになるまでの歴史がしっかりわかります。
毎年カレンダーで見かけても「そういえば由来って何だっけ」と気になったことはありませんか。
実は普段何気なく運転している女性ドライバーの背景には、大正時代にたったひとりで免許取得への道を切り拓いた女性の存在があるんですね。
せっかくの記念日ですからその歴史や現在の女性ドライバー事情まで、じっくりお伝えしていきたいと思います。
女性ドライバーの日の由来
ここでは9月27日がなぜ女性ドライバーの日と呼ばれるようになったのか、その根本的な出来事を解説します。
渡辺はまさんが免許を取得した日
1917年、大正6年の9月27日に、栃木県下都賀郡出身の渡辺はまさんという当時23歳の女性が、日本の女性として初めて自動車運転免許試験に合格しました。
これが女性ドライバーの日の始まりなんです。
渡辺さんはもともと自動車商会で運転手見習いとして働きながら試験に挑んでいたようで、栃木県から上京して自動車学校に入学し、腕を磨いたうえで合格を勝ち取ったと伝えられています。
地方から東京に出てまで免許取得を目指した行動力、正直かなりすごいなと感じました。
東京朝日新聞の報道がきっかけ
免許取得そのものだけでなく、当時の東京朝日新聞がこの出来事を記事として取り上げたことも、後年「女性ドライバーの日」として語り継がれる大きな理由になっているようです。
新聞というメディアが女性の快挙を大々的に報じたからこそ、100年以上経った今でもこの日付が記憶されているのかもしれませんね。
当時は自動車自体が珍しい乗り物でしたから女性が運転免許を取ったという話題は世間にとってかなりセンセーショナルな出来事だったようです。
日本の運転免許制度との関係
ここを読むと渡辺はまさんの快挙が当時の免許制度全体の中でどれほど早いタイミングだったのかがわかります。
男性より14年遅れての快挙
日本で最初に運転免許が交付されたのは明治36年、つまり1903年のことでした。
この時点ではまだ試験制度はなく、バスやタクシーの運転士に対する届出制の免許交付だったといわれています。
自家用車を対象にした個人向けの免許制度が整ったのは明治40年、1907年のことで、ここでようやく個人の男性ドライバーが誕生した計算になるようです。
渡辺はまさんの免許取得は1917年ですから、男性に遅れること14年での快挙だったことになりますね。
当時の技術や社会の状況を考えると、この期間の短さはむしろ早かったのではという見方もできそうです。
あくまで筆者の考察ですが。
試験の厳しさと当時の自動車事情
大正時代の自動車運転免許試験は現代の教習所のような整った教育システムがあったわけではなく、実地で運転技術を身につけながら試験に臨む形が一般的だったようです。
渡辺さんの運転技術については「たいへん優れたものだった」と伝えられているという記録もあります。
当時の自動車は構造も操作も現在とは大きく異なり、運転そのものが体力と度胸を要する作業だったと考えられます。
そんな中での合格は、想像以上に大変なことだったんだろうなと感じますね。
現在の女性ドライバーの状況
ここでは、渡辺はまさんの時代から100年以上経った今、女性ドライバーがどのような立ち位置にいるのかを数字で見ていきます。
免許保有者数における女性の割合
警察庁の調べによると2023年時点での運転免許保有者数は約8186万人で、このうち男性が54パーセントの約4424万人、女性が46パーセントの約3762万人となっています。
つまり免許保有者のほぼ半数近くが女性ということになりますね。
渡辺はまさんがたった一人で道を切り拓いた時代から考えると、この数字の変化はかなり大きいものだと思います。
ちなみに警察庁の令和6年版運転免許統計を見ても普通免許では女性の保有者数が男性に迫る規模まで伸びていることが確認できます。
参考:https://www.npa.go.jp/publications/statistics/koutsuu/r06sub2.pdf
プロドライバーとして活躍する女性たち
バス、タクシー、トラックといった職業運転の分野でも女性の活躍は着実に広がっているようです。
国土交通省は2014年を「トラックドライバーの人材確保・育成元年」と位置づけ、女性トラックドライバーを愛称「トラガール」と名付けて、多様な働き方やキャリア形成の魅力を発信するプロジェクトを進めてきました。
とはいえ、2020年時点でトラックドライバー全体に占める女性の割合はわずか2.3パーセントにとどまっていて、全産業平均の44.5パーセントと比べるとまだまだ低い水準にあるようです。
パレットやフォークリフトを使う体力負担の少ない業務、手積み手卸しのない配送業務など女性でも働きやすい環境づくりが進められている段階なんですね。
国土交通省が運送業や自動車整備業での「女性が働きやすい職場づくり」を推進していることもあり、今後さらに採用が増えることが期待されています。
女性ドライバーの日に考えたいこと
ここではこの記念日が持つ意味を、ただの歴史エピソードとしてだけでなく現代にどうつなげて考えられるかをまとめます。
100年で変わったこと変わらないこと
渡辺はまさんがたった一人で試験に挑んだ大正6年から現在まで、免許保有者の男女比はほぼ半々にまで近づきました。
一方で、トラックドライバーのようなプロの運転職においては、いまだに女性比率が低いという課題も残っているのが実情です。
免許を取ること自体のハードルはなくなった一方、職業として運転を選ぶかどうかという点では、まだ社会的な環境整備が追いついていない部分もあるのかもしれません。
個人的にはこの記念日をきっかけに「なぜ今も差があるのか」を考えるきっかけになればいいなと思います。
記念日として意識する意味
9月27日は同日に世界観光の日など他の記念日も存在しますが女性ドライバーの日は日本独自の歴史に根ざした記念日として、車社会における女性の歩みを振り返る貴重な機会になっています。
免許を持つ女性が身近にいる方も多いと思いますが、その当たり前の日常が、100年以上前にたった一人の女性の挑戦から始まったと思うと、なんだか感慨深いものがありますね。
まとめ
女性ドライバーの日について由来から現在の状況まで振り返ってきました。
- 9月27日は1917年、渡辺はまさんが日本の女性として初めて運転免許を取得したことに由来する記念日
- 東京朝日新聞の報道がこの出来事を記念日として後世に伝える一因になった
- 男性の免許制度から14年遅れての女性初の快挙だった
- 現在の免許保有者は男性54パーセント、女性46パーセントとほぼ均衡している
- トラック業界などプロドライバー分野では女性比率の向上がまだ課題として残っている
この記念日をきっかけに身近な女性ドライバーの存在や、車社会における女性の歩みについて、少し立ち止まって考えてみるのもいいかもしれませんね。
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