足袋の日とは?由来や歴史を解説【10月8日】

  • URLをコピーしました!

足袋の日は1988年(昭和63年)に足袋メーカーの業界団体が定めた10月8日の記念日です。

日付には「和装の機会が増える季節」と「末広がりの8」という二つの理由があります。

この記事では由来や足袋そのものの歴史、行田との関わり、足袋の日に試したい選び方まで、順番に整理していきます。

「毎年10月8日になると足袋の日って聞くけど、なんで今日なの?」と、ふと気になった方も多いと思います。

実は私もそのひとりでした。

調べるうちに日付の理由だけでなく足袋の形や素材にもたくさんの物語があると分かって、思った以上に楽しかったです。

読み終えるころには足袋の日を誰かに話したくなっているかもしれません😊

目次

足袋の日とは?基本情報をおさらい

ここでは足袋の日の制定時期や制定した団体、記念日として認められた経緯がひと目で分かります。

足袋の日は10月8日、1988年に制定された記念日

足袋の日は1988年(昭和63年)に日本足袋工業会が制定した記念日です。

目的は、和装文化に欠かせない足袋の魅力をたくさんの人に知ってもらうこと。

足袋は和服の足元を整える存在ですが、洋服中心の暮らしでは出番が少ないですよね。

そこで年に一度、あらためて足袋に目を向けてもらおうという記念日なんです。

日本記念日協会に登録されたのは2018年

制定は1988年ですが一般社団法人・日本記念日協会に認定、登録されたのは2018年(平成30年)です。

つまり、業界内で30年ほど大切にされてきた日が正式な記念日として世に知られるようになった流れですね。

制定から登録まで30年も空いている点が個人的にはなかなか印象的でした。

制定団体の名前に表記ゆれがあります

制定した団体名は多くの紹介で「日本足袋工業会」と書かれています。ところが、足袋メーカーの商品ページには「日本足袋工業懇談会」という表記もあります。

どちらが正式なのか公開されている情報だけでは私には断定できませんでした。

同じ業界団体を指しているのかなという気はしますが、ここは憶測です。

引用や紹介をするときはこの点に気をつけておくと安心だと思います。

10月8日になった由来を詳しく解説

ここではなぜ10月で、なぜ8日なのかという疑問に答えます。読むと日付に込められた業界の狙いが見えてきます。

10月は「和装の晴れの日」が続く入り口

10月が選ばれたのはこのあとに七五三、お正月、成人式と和装で足袋を履く機会が続くからです。

七五三は11月、お正月と成人式は1月。

さらに卒業式や入学式の3月まで続くと説明しているメーカーもあります。

足袋を一年でいちばん必要とするのは冬から春にかけてです。

その少し前に記念日を置くのは商いの面でもよく練られていると感じます。

ここからは私の見立てですが、「そろそろ新しい足袋を用意しませんか」という合図の役割もあるのではないでしょうか。

8日は「末広がり」の縁起のよい数字

もうひとつの理由が「八」です。

漢字の八は下にいくほど広がる形なので先々まで栄える意味の「末広がり」とされ、縁起がよいと言われます。

足袋は慶事の席で履くものが多いのでこの数字との相性はけっこういいですよね。

日付が決まった背景を自分なりに考えてみました

公開されている資料で確認できる理由はここまでの二つです。

ただ、制定時の議事録のような一次資料までは見つけられませんでした。

細かく検証したわけではないですが、10月の下旬や11月の頭に置くほうが七五三には近いはずです。

それでも10月上旬を選んだのは「準備の時期」を狙ったからかもしれません。

足袋の歴史を時代ごとにたどる

ここでは足袋がどんな形で生まれ、どう変わってきたのかを時代順にまとめます。記念日の意味がぐっと深まる章です。

前身は「襪(しとうず)」と言われています

足袋の前身とされるのは「襪(しとうず)」という履物です。

奈良や平安のころ、身分の高い人が使った、指が分かれていない一枚ものの履物だったと説明されています。

ただし起源には複数の説があり、平安時代の襪を前身とする説もあれば別の経路を挙げる説もあります。

「ここが始まり」と言い切れないのが、足袋の面白いところでもあります。

語源は革でできた「単皮」という説

足袋はもとは動物の革でつくられていました。

「単皮(たんぴ)」と書き、その言葉が変化して「たび」になったという説があります。

平安時代の辞書『和名抄』には、鹿の革でつくる半靴を単皮と呼んだ記述があるそうです。

ただ、「たんぴ」を実際に「たび」と発音していたかどうかは、はっきりしていないとも言われます。

だから語源も「一説には」という扱いが無難ですね。

11世紀の文献に「足袋」の字が登場

鎌倉時代の説話集『宇治拾遺物語』に猿の皮の足袋を履くという意味の記述があります。

このことから、足袋の字は遅くとも11世紀ごろから使われていたと説明されています。

ただ、この時代の足袋はまだ指の股が分かれていません。いまの親指が分かれた形になったのはもっとあとです。

二股の形はいつ生まれたのか

親指と他の指が分かれた形の時期は、資料によってズレがあります。

室町時代になってからとする説明もあれば、鎌倉時代の末に草履や草鞋に便利な二股の足袋が生まれたとする説明もあります。

平安のころに草履を履くために変化したとする紹介もあります。

私は

「ひとつの年代に決められないくらい、少しずつ形が変わっていったのかな」

と受け止めています。

そもそも、なぜ親指だけ分かれたのかもはっきりした答えは見つかっていません。

革から木綿へ、そして紐からコハゼへ

江戸時代に入ると素材は木綿が主流になります。

きねや足袋は明暦の大火(1657年)のあと、革の足袋が高騰して綿の足袋が広がったという説明を掲載しています。

そのころは、いまのような金具ではなく紐で結ぶ形でした。

江戸後期から明治にかけて、かかとを金具で留める「コハゼ」の形に移っていきます。

ひと手間で脱ぎ履きできる仕組みが定着していまの足袋に近づいたわけです。

足袋のまち行田と日本遺産

ここでは国内でも有名な足袋の産地、埼玉県行田市の歴史を紹介します。

足袋の日にゆかりの地を知りたい方にぴったりの章です。

行田で足袋づくりが栄えた理由

行田市は利根川と荒川に挟まれた地域です。

川の氾濫で砂質の土が積もり、水が豊富で夏は高温。

この環境が綿や藍の栽培に向いていました。

この綿や藍染の布が原料となって、城下町の縫製技術と結びつき、足袋づくりが始まったと説明されています。

江戸時代の記録に残る足袋屋

享保年間(1716年から1735年)の「行田町絵図」には3軒の足袋屋が記されています。

そのため、18世紀前半には生産が始まっていたと考えられています。

さらに明和2年(1765年)の道中案内に「忍のさし足袋名産なり」と載るほど、名が知られるようになりました。

忍藩主が藩士の家の女性に足袋づくりを奨励したという伝承もあります。

ここは伝承なので事実かどうかは慎重に見たいところですね。

明治のミシン導入と「足袋蔵」

明治期にはミシンが入り、大量生産が可能になりました。

手工業から工場生産へと移り、足袋は町の主要な産業に育ちます。

当時の倉庫である「足袋蔵」はいまも市内に多く残っています。

街歩きで蔵を見かけると、「ここで足袋が作られていたんだなあ」と想像が広がります。

日本遺産としての足袋のまち

行田の足袋は文化庁の日本遺産でも紹介されています。

10月8日に合わせて訪れたい方は、足袋蔵や関連施設の営業日を事前に確認しておくと安心ですね。

足袋の日の過ごし方と選び方のコツ

ここを読むと足袋の日に何をすればいいか、また足袋選びで失敗しないポイントが分かります。

足袋の日に行われている取り組み

足袋の日には足袋を扱う小売店や製造地域でイベントやキャンペーンが行われると紹介されています。

内容は店舗や年によって違うはずなので、気になる方は、お近くの呉服店やメーカーの公式案内を見てみてください。

意外な真実 足袋は靴より小さめを選ぶ

ここが私のおすすめの豆知識です。

メーカーの案内では足袋は素足に履くので、靴のように余裕を持たせる必要がないとされています。

目安は普段の靴より0.5cm小さいサイズです。

シワのないジャストフィットだと美しく見えるのが理由です。

「いつもの靴のサイズを選べばいいや」と思っていると、あとでダブつきに悩むかもしれません。

実は私も最初は大きめを選びそうになりました。

コハゼの枚数で印象が変わる

かかとの留め具は4枚と5枚の2種類があります。

5枚は4枚より約1.5cm足首の位置が高くなり、肌がより隠れて所作が美しく見えるそうです。

フォーマルな席やお茶、踊りの稽古には5枚が好まれます。

普段着や仕事で動きやすさを重視するなら4枚が合います。

サイズ選びの採寸ポイント

メーカーは次の4か所を測ることを案内しています。

  • 床から12cmの足首の太さ
  • 足の甲の一番高い部分
  • 親指の先端からかかとまでの足長
  • 指の付け根の足幅

足袋の現在と広がり

足袋が和装の外へ広がっていった流れを紹介します。足袋の日を「いま」の暮らしに結びつけたい方におすすめです。

地下足袋という発展形

19世紀の終わりごろ、足袋の底に薄いゴムを縫い付けた「地下足袋」が生まれ、屋外向けの履物として広がりました。

足袋の形が仕事着の足元にも役立った好例ですね。

足袋型ソックスやシューズとファッション

足袋の分かれた形はいまも靴下やシューズのデザインとして使われています。

海外メディアでも足袋の歴史とファッションとしての広がりが取り上げられています。

日常で足袋そのものを履かなくても足袋型の靴下なら愛用している人はいるかもしれません。

足袋の日はそんな「身近な足袋」を思い出すきっかけにもなりそうです。

まとめ

  • 足袋の日は10月8日で1988年に足袋業界の団体が制定し、2018年に日本記念日協会に登録された
  • 10月は七五三や正月、成人式など和装の機会が続く季節の入り口で、8は末広がりの縁起のよい数字
  • 足袋の前身は襪とされ、語源は革製の単皮という説がある。二股の形になった時期は資料により異なる
  • 江戸時代に木綿が主流となり、紐からコハゼへ移り、行田では18世紀前半から生産が始まった
  • 選ぶときは靴より0.5cm小さめのサイズ、4枚か5枚のコハゼで場面に合わせる

10月8日は足袋のことを少しだけ思い出してみてください。

お手持ちの足袋のサイズや次の和装の予定を見直すところから始めてみるのもいいと思います✨

  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする


目次