釜飯の日とは?由来や歴史を解説【毎月1日】

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この記事を読めば「釜飯の日」がいつ・なぜ制定されたのか、そして釜飯そのものの歴史まで丸ごとわかります。

「5月1日って何かの記念日?」

と調べて辿り着いた方もいるかもしれませんが、実は釜飯の日は毎月1日に設定されている記念日なんです。意外と知られていないんですよね。

なぜそうなったのかどこの誰が制定したのか、釜飯のルーツはどこまで遡れるのか。

ひとつひとつ解説していきます。

目次

釜飯の日とはどんな記念日?

釜飯の日の概要をまずおさえておきましょう。

制定の背景にある「思い」もちゃんと知っておくと、この記念日がぐっと身近に感じられます。

毎月1日が「釜飯の日」

釜飯の日は毎月1日に設定された記念日です。

つまり1月1日も、5月1日も、12月1日も、すべて「釜飯の日」ということになります。年に一度じゃなくて12回もあるんですね。

これはちょっと珍しいパターンだなと思いました。「毎月記念日」っていう発想、なかなか面白いと感じます。

「より多くの人に食べてほしい」という願いが込められている

この記念日を制定したのは福岡県北九州市に本社を置く株式会社前田家です。

釜飯専門店「釜めしもよう」と「釜のや」を全国展開している会社で代表は前田展明さん。なんと19歳のときに宅配飲食店「釜めしもよう」を開業したという、けっこう強烈な経歴の持ち主です。

日本文化のひとつである釜飯をより身近に、より多くの人に食べてもらいたい。

そういう思いから記念日が生まれました。

記念日は一般社団法人・日本記念日協会により正式に認定・登録されています。

公的な認定を受けているので信頼度はしっかりあります。

毎月1日に決まった理由と由来

「なんで1日なの?」と思いますよね。

これには明確な理由があって知るとちょっとスッキリします。

「釜めしもよう」の創業記念日がルーツ

日付の由来は釜めしもようの創業記念日が1995年(平成7年)7月1日だったこと。

その「1日」という日付から、毎月1日を記念日にしたというわけです。

「7月1日を記念日にすればいいのでは?」

と思う方もいるかもしれません。

個人的にも最初そう感じたのですが、毎月1日にすることで認知の機会を増やし、釜飯をより多くの人に知ってもらえるという狙いがあるのでしょうね。

「釜めしもよう」はどんなお店?

株式会社前田家が運営する「釜めしもよう」は釜めしの宅配・持ち帰り専門店です。

食材の鮮度を大切にした釜めしを提供していて、フランチャイズ展開も行っています。

同社は「釜のや」というブランドも持っていて調理器具や食品の製造や販売も事業内容に含まれています。

釜飯の歴史と発祥を辿る

釜飯の日を語るなら釜飯そのものの歴史も外せません。

実は、ある大きな出来事がきっかけで生まれた食べ物だってご存じでしょうか?

関東大震災が釜飯を生んだ

釜飯の起源は1923年(大正12年)の関東大震災にまで遡ります。

震災で焼け出された人々が上野の山に避難し、そこで各自持ち寄った材料で炊き込みご飯を作って炊き出しを行っていました。

浅草で定食屋を営んでいた初代店主・矢野テルさんも震災で店を失ったひとり。

「釜さえあればご飯は食べられる」という気持ちから一合炊きの羽釜を開発し、一人分の炊き込みご飯を提供するスタイルを考案したとされています。

そういう背景を知ると釜飯ってただのご飯じゃなくて、なんか深みがあるな…と感じます。

浅草「釜めし春」が発祥の店

矢野テルさんが浅草で再興した店が現在も続く「釜めし春(かまめしはる)」です。

1924年(大正13年)の創業で、釜飯発祥の店として知られています。

戦後、周囲の店に請われて調理法を教えたことから浅草には釜飯を出す店が一気に増えていきました。

今となっては全国各地に釜飯料理店がありますがそのルーツは浅草の一軒の定食屋にあったんです。

「峠の釜めし」が釜飯を全国区にした

釜飯を語るうえで絶対に外せない存在があります。それが荻野屋の「峠の釜めし」。

昭和33年に誕生した駅弁の名作

「峠の釜めし」が発売されたのは1958年(昭和33年)2月1日のことです。

群馬県の信越本線横川駅で販売が始まり、旅客の口コミで評判を呼び、同年10月には昭和天皇陛下が横川駅で積み込みの栄に浴するほどの存在になりました。

荻野屋の創業自体は1885年(明治18年)とかなり古く、もともとはおむすびを売っていたそうです。

そこから試行錯誤を経て「峠の釜めし」が誕生したわけで発売から今日まで60年以上も愛され続けているというのは、思った以上にすごいことだと思います。

益子焼の土釜と累計1億8000万個超

「峠の釜めし」の特徴のひとつが益子焼の土釜を使っていること。発売当初から変わらないスタイルで、旅情を感じさせる独特の存在感があります。

2023年6月時点での累計販売数は1億8000万個を超えています。

日本の人口が約1億2000万人であることを考えると、この数字はなかなかの驚きですよね。一人あたり1個以上食べた計算になる。

釜めし春が調理法を広め、荻野屋が駅弁という形で全国に知らしめた。

この流れがあって今日の「釜飯文化」が存在しているんだなと感じます。

まとめ 釜飯の日のポイント

  • 釜飯の日は毎月1日に設定されている記念日
  • 制定したのは福岡県北九州市の株式会社前田家、釜めし専門店「釜めしもよう」の創業記念日(1995年7月1日)の「1日」が由来
  • 「日本文化のひとつ釜飯をより身近に」という思いが込められており、日本記念日協会に正式認定されている
  • 釜飯の発祥は1923年(大正12年)の関東大震災後で浅草「釜めし春」の初代店主が一人用の羽釜での提供スタイルを開発
  • 荻野屋「峠の釜めし」は1958年発売、累計1億8000万個超という日本を代表する釜飯駅弁

毎月1日が来るたびにちょっと釜飯を食べたくなる。

そんな記念日の使い方が制定した前田家の一番の願いだったのかもしれません。🍚

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