金毘羅の縁日とは?由来や歴史を解説【毎月10日】

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この記事を読めば

「金毘羅の縁日がなぜ毎月10日なのか」
「そもそも金毘羅ってどんな神様なのか」

がするっとわかります。

「こんぴらさん」という愛称でなんとなく親しんでいても、その縁日の深いルーツまで知っている人は意外と少ないんじゃないかと思います。

じつはインドの水神にまで遡るかなり壮大な歴史があって調べてみたら個人的にすごく驚きました✨。

せっかくなのでその全部をここにまとめてみますね。

目次

そもそも「縁日」って何?

縁日の本当の意味、ちゃんと知っていますか?

「縁日」という言葉はもともと仏教用語の「有縁の日(うえんのひ)」または「結縁の日(けちえんのひ)」を略したものです。

神仏がこの世に縁を持つ日、つまり神様や仏様が人々に手を伸ばして特別なご加護を与えてくださる日、ということなんです。

縁日に参拝するとご利益が増す理由

縁日には特定の神仏の降誕や示現、誓願といった特別な出来事が重なっていてその日に参拝すると普段よりも深いご縁が結べると古くから信じられてきました。

だから屋台が並んで賑やかになるのは二次的な文化として後からついてきたものでそもそもは「神仏と人が縁を深める日」という、かなり真剣な宗教的意味があったわけです。

金毘羅の神様のルーツ

インドの水神「クンビーラ」が起源

「金毘羅(こんぴら)」という名前はインドの古代語であるサンスクリット語の「クンビーラ(kumbhīra)」の音写語です。

クンビーラはガンジス川に棲む鰐を神格化した水神で、仏教経典の中でも重要な存在とされていました。

ガンジス川を司る女神ガンガーの乗り物(ヴァーハナ)でもあることから、「水」「川」「海」と深く結びついた神格を持つんですよね。

仏教とともに日本へ

その「クンビーラ」が仏教とともに日本に伝わり、薬師如来の十二神将の筆頭「宮毘羅大将(くびらたいしょう)」として信仰されるようになりました。

ちなみに金刀比羅宮の主祭神は古くから大物主神(おおものぬしのかみ)を祀る神社でもあって、大物主神は蛇神・龍神としての伝承が多く伝わる水の神様。

「水つながり」で同一視されるようになったのはちょっと面白い発想だと思いませんか?

神仏習合で「金毘羅大権現」に

神仏習合の思想が広まった中古の時代、「大物主神=宮毘羅大将」という解釈が定着し、琴平神社は「金毘羅大権現(こんぴらだいごんげん)」と改称されます。

象頭山(ぞうずさん)は瀬戸内海航路の目印となる山でもあったため、航海の安全を守る「海の神様」として船乗りや漁師たちの篤い信仰を集めることになりました。

なんか、地理的な条件が神様のキャラクターを育てていった感じがしてすごく印象深いです。

縁日が「毎月10日」になった理由

江戸時代・丸亀藩が起源という説

毎月10日という縁日の始まりについて有力な説があります。

1660年(万冶3年)、丸亀藩主・京極高和(きょうごくたかかず)が讃岐から金毘羅大権現を江戸・三田の丸亀藩江戸上屋敷に勧請し、江戸庶民の要請に応えて毎月10日に邸内を開放・参拝させたというものです。

現在の虎ノ門金刀比羅宮がある場所がまさにその跡地でこの慣習が全国に広まったとされています。

大名の蔵屋敷での縁日開放が信仰を広めた

大坂でも高松松平家や丸亀京極家などの讃岐大名が江戸藩邸で祀っていた金毘羅を縁日の10日に衆庶に開放していたことが、信仰拡大の大きなきっかけになりました。

常時参拝できる金毘羅を求める声が高まり、市中各地への勧請が進んだわけです。

要するに大名の「ご近所への開放サービス」が、全国的な宗教文化の礎になったということなんですよね。

江戸時代には「こんぴら参り」ブームも

江戸時代、船による流通が全国に広まったことで、海運業者や商人によって金毘羅信仰は日本中に伝わっていきます。

「一生に一度はこんぴら参り」という言葉が生まれるほどでお伊勢参りと並ぶほどの人気を誇りました。

その結果、現在では全国に約600社の分社があると言われています。

1月と12月の縁日が特別な理由

初金毘羅(はつこんぴら)とは

毎月10日の縁日の中でも1月10日「初金毘羅(はつこんぴら)」は一年で最初のご縁日として特別に大切にされてきました。

別名「初十日祭」とも呼ばれていて、金刀比羅宮では桜町天皇の御代(1735〜1747年)に始まった「八少女舞(やおとめまい)の奉納」が行われる歴史ある行事です。

参拝者には「開運ぜんざい」が振る舞われ、新年の縁起を祝う賑わいが続いています。

虎ノ門金刀比羅宮でも毎月10日の縁日には1日数回の神楽奉納が行われ、10月10日は例大祭として盛大に執り行われます。

納めの金毘羅(12月10日)

12月10日は「納めの金毘羅(おさめのこんぴら)」として1年で最後のご縁日です。

古くから航海関係者が一年の航海の無事を感謝する日として篤く信仰されてきました。

「この日に参拝すると特にご利益が授かる」と言われていて今も全国の金刀比羅神社に参詣者が集まります。

全国の主な金刀比羅神社

金刀比羅宮を総本宮として全国に約600社の金刀比羅神社・琴平神社・金比羅神社があります。

その中でも特に有名なのが次の社です。

  • 金刀比羅宮(香川県琴平町)
    総本宮。御本宮まで785段の石段が有名で、御祭神は大物主神と崇徳天皇
  • 虎ノ門金刀比羅宮(東京都港区)
    縁日の10日に神楽奉納が行われ、江戸時代の縁日起源の地ともされる

ご利益と参拝のポイント

金毘羅さんの主なご利益

金毘羅大神(大物主神)のご利益は海上交通の守護にとどまらず、かなり広い範囲にわたっています。

  • 航海安全・海上交通の守護(元々の信仰の核心)
  • 開運幸福・商売繁昌
  • 農業・漁業の豊穣
  • 病気平癒・医薬
  • 五穀豊穣

縁日のお参りで意識したいこと

縁日にお参りする意味を考えるとただ屋台を楽しむだけでなく、感謝の気持ちを伝える時間を意識的に設けることが大切じゃないかと思っています。

納めの金毘羅(12月10日)の参拝が「1年の感謝を伝える日」として根付いているように、縁日は神様と人とが縁を深め直すタイミングなんです。

まとめ

  • 金毘羅の縁日は毎月10日。1月は「初金毘羅」、12月は「納めの金毘羅」として特に大切にされている
  • 「金毘羅」という名前はインドの水神クンビーラに由来し、仏教とともに日本へ伝わった渡来の信仰
  • 縁日の10日という日取りの起源は1660年・丸亀藩主が江戸屋敷を庶民に開放したことにあるとされる
  • 江戸時代には「一生に一度はこんぴら参り」と言われるほど全国に広まり、現在は約600社の分社が存在
  • ご利益は航海安全にとどまらず開運や商売繁昌、病気平癒など多方面にわたる

毎月10日が近づいたら、ぜひ地域の金刀比羅神社に足を運んでみてください。

インドの水神から始まった数千年のご縁が今もその場所に続いていると思うとなんか、ちょっとロマンを感じませんか🙏。

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