海外移住の日とは?由来や歴史を解説【6月18日】

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この記事を読めば毎年6月18日の「海外移住の日」の意味や由来、歴史的背景が一からしっかり理解できます。

「なんとなく聞いたことあるけど、どんな日なの?」

って思っている方、けっこう多いんじゃないでしょうか。

実はこの記念日、日本の近代史と深く結びついていて、調べれば調べるほど先人たちの覚悟と苦労が見えてきて、個人的にはかなり胸が熱くなりました。

目次

海外移住の日とは

「海外移住の日」は毎年6月18日に設けられている記念日です。

1966年(昭和41年)に当時の総理府(現在の内閣府)が制定しました。

記念日の目的は日本から世界各地へ移住した人々の歴史を振り返り、移住先の国々との友好関係をさらに深めることにあります。

なぜ6月18日なの?

この日付には明確な由来があります。

1908年(明治41年)6月18日、日本からの第一回ブラジル移民船「笠戸丸(かさとまる)」がブラジルのサントス港に到着した日だからです。

158家族、781人という大所帯を乗せた笠戸丸は同年4月28日に神戸を出港し、52日間の長旅の末にサントス港へたどり着きました。

この歴史的な到着を記念して、6月18日が「海外移住の日」として刻まれたわけです。

ちなみに、同じ6月18日は、ブラジルでも「日本人移民の日(Dia do Imigrante Japonês)」として記念されています。

両国が同じ日を共有しているのはなんか感慨深いですよね。

笠戸丸と第一回ブラジル移民

海外移住の日を語るうえで笠戸丸の話は外せません。この章では、笠戸丸が出発するまでの経緯と、移民たちの実情を掘り下げます。

笠戸丸はどんな船だったのか

笠戸丸は東洋汽船株式会社が所有する6,167総トンの船でした。もともと移民専用につくられたわけではなく、移民輸送に転用された貨客船です。

781人の移民を乗せて1908年4月28日に神戸港を出発し、シンガポール、南アフリカを経由して、同年6月18日の朝にサントス港第14埠頭に接岸しました。

出港時には壮行の花火まで打ち上げられたそうで当時の社会的な期待の大きさが伝わってきます。

移民が必要とされた時代背景

なぜ1908年に日本からブラジルへの大規模な移民が実現したのでしょうか。

当時の日本は、文明開化の波は来ていたものの、農村部の生活は依然として苦しい状況でした。一方のブラジル、特にサンパウロ州では、コーヒー農園の労働力が慢性的に不足していました。

日本側の「働き口がほしい」という切実なニーズと、ブラジル側の「労働者がほしい」という要求が、まさにぴったり合致したわけです。

具体的には移民の手配師・水野龍がサンパウロ州農務長官との間で契約を結び、この大規模な移民計画が動き始めました。

水野自身も笠戸丸に乗船していたというのも印象的なエピソードだなと思います。

移民後の生活は想像以上に過酷だった

ここがサラッと流されてしまうポイントなんですが……移民たちの現地での暮らしは、決して楽ではありませんでした。

コーヒー農園での労働条件は厳しく、言語の壁もあり、その後の生活は苦難の連続だったと記録されています。

それでも彼らは諦めずに現地に根を張り、子孫を残していった。

この事実を知ってから「海外移住の日」という言葉の重みがだいぶ変わりました。

日本人の海外移住の歴史

笠戸丸のブラジル到着は日本人の海外移住の「ひとつのクライマックス」に過ぎません。実は、それ以前から日本人の移住の歴史は始まっていました。

移住の起点は明治元年のハワイ

日本人が最初に海外移住したのは1868年(明治元年)で120人がハワイに渡って農業移民となったのが始まりです。これは1866年に海外渡航禁止令が解かれたことがきっかけで、鎖国が終わってからわずか2年後のことです。

その後、1885年には日本とハワイ王国の間で政府主導の移民協定が結ばれ、945人の「官約移民」がハワイへ渡りました。

これが政府が関与した本格的な海外移住の幕開けとも言えます。

北米→南米という移住ルートの転換

明治期の日本人移民は最初はハワイや北米(アメリカ本土、カナダ)が中心でした。ところが20世紀初頭になると、北米各国が日本人の入国を次第に制限するようになります。

そのため、日本人移民の行き先は南米へとシフトしていきました。

1899年にはペルー、そして1908年についにブラジルへ。その後、第二次世界大戦が始まるまで、ブラジルへの移住は続いていきます。

この「北米が閉まったから南米へ」という流れは、時の移民たちにとっては相当な決断を迫るものだったはずで、自分の考えでは、それだけ生活が苦しかった農村の現実が背景にあったんだろうなと感じています。

「海外移住の日」の制定と意義

記念日の制定には1908年から数えて約60年という時間がかかっています。なぜ1966年に定められたのか、その背景も少し掘り下げてみます。

1966年制定のタイミング

「海外移住の日」が制定されたのは1966年(昭和41年)で総理府(現内閣府)と国際協力事業団(現JICA)の移住事業部によって設けられました。

1966年といえば戦後復興を終えた日本が高度経済成長期の真っ只中に入っていた時期です。

ブラジル移民からちょうど58年というタイミングで国際社会との繋がりを改めて見つめ直す機会として制定されたと考えられます。

記念行事

毎年6月18日前後にはJICA横浜の海外移住資料館でさまざまな記念イベントが開催されています。

2025年には「中南米へ渡った若者たち」をテーマにした戦後移住推進映画の上映会が行われたり、パネル展示なども実施されました。

入場は無料で一般向けに開放されているので関心のある方はぜひ足を運んでみてはどうでしょう。

まとめ

  • 海外移住の日は毎年6月18日で1966年(昭和41年)に総理府(現内閣府)が制定した記念日
  • 日付の由来は1908年6月18日に第一回ブラジル移民船「笠戸丸」がサントス港に到着したこと
  • 笠戸丸には158家族・781人が乗船し、神戸から52日かけてブラジルへ渡った
  • 日本人の海外移住の歴史は1868年(明治元年)のハワイから始まり、北米を経由して南米へ広がった
  • 現在も世界約300万人の日系人が暮らしており、JICA横浜では毎年記念イベントが開催されている
  • 海外在留日本人数は2024年現在で約129万3,097人(外務省統計)

ブラジルでも同じ6月18日を「日本人移民の日」として記念しているという事実は移住した人々とその受け入れ先の国がともに歴史を大切にしている証でもあります。

記念日の背景を少し知るだけで毎年6月18日がちょっと違って見えてくるかもしれませんね。

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