8月23日って何の日か知ってますか?実は「油の日」なんです。
この記事を読めば油の日がいつ誰によって制定されたのか、その由来となった歴史的な出来事、そして日本の製油発祥の地とされる神社の物語まで、まるっとわかります。
毎年カレンダーを見て「今日は油の日?」なんて軽く考えていた方も、意外と深い歴史があることに驚くと思います。
調べてみて平安時代までさかのぼる話だとは思っていなかったのでけっこう新鮮でした。
油の日はいつで誰が制定したのか
まずは基本情報からいきますね。油の日がいつなのか、誰が制定したのかを押さえておきましょう。
8月23日という日付
油の日は毎年8月23日です。
この日付は一般社団法人・日本記念日協会によって認定、登録されている正式な記念日なんですよね。
他の記念日みたいに語呂合わせで決まったわけではなく、後述する歴史的な出来事の日付そのものが由来になっているのが特徴です。
語呂合わせ系の記念日が多いなか、こういう史実ベースの記念日ってちょっと珍しい気がします。
制定した団体は離宮八幡宮とカネダ株式会社
油の日を制定したのは京都府乙訓郡大山崎町にある離宮八幡宮と、1905年創業のカネダ株式会社の2者です。
カネダ株式会社は東京都中央区日本橋本町に本社を置く油脂事業を展開する企業で、離宮八幡宮は後ほど詳しく説明しますが、日本の製油発祥の地とされている神社です。
神社と企業が共同で記念日を作るというのも、なかなか珍しい組み合わせだなと感じます。
記念日の目的
日常生活に必要で大切なさまざまな油について考えるきっかけの日にしてもらいたい、というのがこの記念日の趣旨なんです。
サラダ油やごま油、オリーブオイルなど、私たちの食卓には欠かせない油ですがその恵みに感謝する機会ってなかなかないですよね。
だからこそ、こういう日を設けて意識を向けてもらおうという狙いがあるみたいです。
油の日の由来となった歴史的出来事
ここが一番のポイントかもしれません。なぜ8月23日なのか、その理由を深掘りします。
貞観元年の遷宮がきっかけ
油の日の由来は859年(貞観元年)8月23日に起きた出来事にあります。この日、九州にあった宇佐八幡宮が、清和天皇の勅命によって京都の大山崎に遷宮されたんです。
清和天皇が京都の守護のためにこの社が必要だと判断したことがきっかけだったとされています。
1163年以上も前の話なので、正直かなり昔の出来事ですよね。
離宮跡地に建てられたから離宮八幡宮
遷宮された場所が嵯峨天皇の離宮の跡地だったことから、この神社は離宮八幡宮と呼ばれるようになりました。
宇佐八幡宮という名前が離宮八幡宮に変わった経緯には、こういう土地の背景があったんですね。
単純に場所が変わっただけじゃなく、名前まで変わっているところに歴史の重みを感じます。
なぜ神社の遷宮が油の記念日になるのか
ここでちょっと疑問に思う方もいるかもしれません。神社の引っ越しと油に、どんな関係があるのかって。
実はこの遷宮をきっかけに、離宮八幡宮が日本の製油発祥の地として知られるようになったとされているんです。
つまり遷宮そのものが油と直接関係しているわけではなく、この神社が後に製油の中心地になったことで、遷宮の日付が油の記念日の由来として使われるようになったという流れなんですよね。
最初調べたときは少し混乱したんですが、順番に整理すると納得できました。
離宮八幡宮が製油発祥の地とされる理由
油の日を語る上で欠かせないのが、離宮八幡宮という神社の存在です。ここではその歴史的な役割を見ていきます。
長木という搾油道具の発明
離宮八幡宮の神官が、てこの原理を応用した「長木(ちょうぎ)」という搾油器を発明したことが、日本の製油の始まりとされています。
この長木を使って荏胡麻(えごま)の種子から油を搾ったのが、団体としての産業的な搾油の始まりと言われているんですね。
荏胡麻というのはゴマ科ではなくシソ科の植物で、現代でいうえごま油の原料になっている作物です。平安時代の人たちがこんな道具を発明していたなんて、けっこうすごい技術だなと思います。
朝廷から賜った油祖の名と専売特許
離宮八幡宮はこの功績によって朝廷から「油祖」という名を賜り、油を独占して売る権利、つまり専売特許を与えられました。
全国の油商人は、離宮八幡宮の許可がなければ油を売ることができなかったというから、その影響力の大きさが想像できますよね。
現代でいえば業界の独占企業みたいな立場だったのかもしれません。
室町時代の大山崎油座
やがてこの搾油技術が各地に広がり、離宮八幡宮の独占的な地位が脅かされるようになりました。
そこで離宮八幡宮は朝廷に油の専売権を要請し、これが室町時代に「大山崎油座」という組織に発展していきます。
大山崎油座のメンバーは離宮八幡宮の神人と呼ばれる人たちで、本社である石清水八幡宮に油を納めたり神事に携わったことから、幕府や当時の実力者からも保護を受けていたそうです。
座という商工業の組織自体、学校の歴史の授業で聞いたことがある方も多いんじゃないでしょうか。
荏胡麻から油を絞って販売する専門集団が当時の経済を動かす存在だったというのは、正直あまり知られていない話だと思います。
現在も油の神様として親しまれる存在
離宮八幡宮は今でも油の神様として親しまれていて、油の日には食品や工業に欠かせない油の恵みに感謝する神事が行われているようです。
1000年以上前の技術や制度が、現代の記念日という形で続いているのを知るとなんだか感慨深いものがありますね。
神社に伝わる文書も文化的な資料として登録されていて、大山崎の神人が石清水八幡宮の灯油の納入という神事奉仕を背景に荏胡麻の仕入れから製造販売までを独占していた歴史を今に伝えています。
油の日が持つ現代的な意味
歴史的な由来だけでなく、現代においてこの記念日がどう活用されているのかも見てみましょう。
広報やPRに活用しやすい記念日
油の日はメディアがトレンドとして取り上げやすいテーマとされていて、食品メーカーや油脂事業を展開する企業の広報活動に活用されることが多いようです。
国産の油や海外製の商品を紹介したり、自社の取り扱う原料について発信したりするタイミングとして、けっこう使いやすい記念日だと言えそうです。
8月下旬というのは残暑が厳しい時期でもあるので、揚げ物や炒め物といった油を使った料理の話題と絡めやすい季節感もあるかもしれません。
あくまで自分の見立てですが、こういう季節と結びつけた発信のしやすさもこの記念日が続いている理由の一つなんじゃないかなと思っています。
荏胡麻油から菜種油へという油の変化
日本で製油が本格化したのは荏胡麻油の製造がきっかけだったとされていますが、現代では菜種油が国内で主流の油になっています。
時代とともに主役の油が変わっていくのも、油の歴史を語る上では欠かせない視点だと思います。
エゴマの種子から絞る技術が発祥だったのに、今はキッチンの棚にえごま油を見かける機会のほうが少ないくらいですよね。
ちょっと不思議な巡り合わせだなと感じます。
まとめ
油の日についてのポイントを整理しておきますね。
- 油の日は毎年8月23日で日本記念日協会に認定登録された記念日です
- 京都府大山崎町の離宮八幡宮と1905年創業のカネダ株式会社が共同で制定しました
- 由来は859年(貞観元年)8月23日、清和天皇の勅命により宇佐八幡宮が大山崎に遷宮された出来事です
- 離宮八幡宮は長木という搾油器を発明し、荏胡麻油の製造を始めたことから日本の製油発祥の地とされています
- 朝廷から油祖の名と専売特許を賜り、室町時代には大山崎油座として発展しました
- 現代でも油の神様として親しまれ、日常の油に感謝するきっかけの日として位置づけられています
こうして振り返ると、たった一枚のカレンダーの記念日の裏に、1000年を超える歴史が詰まっているんですよね。
毎日何気なく使っている油にもこんな物語があると知ると、次に料理をするときの見方が少し変わるかもしれません。

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