黒にんにくの日というのをご存知ですか。毎年9月6日に巡ってくるこの記念日、実は語呂合わせから生まれたものなんです。
この記事を読んでいただければ黒にんにくの日がいつ誰によって制定されたのか、そしてどんな歴史を経て今の形になったのかがすっきり分かると思います。
健康食材として黒にんにくが気になっている方や、なぜこの日付になったのか素朴に疑問を持った方に向けて、できるだけ深く掘り下げてみました。
黒にんにくの日はいつ?日付の由来
黒にんにくの日がどんな語呂合わせから生まれたのか、その仕組みをお伝えします。
9月6日という日付の意味
黒にんにくの日は毎年9月6日です。
9を「く」、6を「ろ」と読んで「くろ」、つまり黒にんにくの「黒」にかけた語呂合わせが由来になっています。
数字の遊びとしてはシンプルですけど、なかなか覚えやすい仕掛けだなと個人的には思いました。
9月6日というのは実は「黒」にまつわる記念日がほかにもたくさん集まる日でもあって、黒酢の日や黒豆の日、黒の日など同じ語呂合わせから生まれた記念日が同じ日に重なっているんです。
なぜ数字合わせで記念日が作られたのか
日本記念日協会が認定している記念日には語呂合わせを由来にしているものがけっこう多い印象があります。
企業や団体が自分たちの商品を広めるために記念日を制定するケースは、記念日マーケティングと呼ばれていて、黒にんにくの日もこの流れに乗った事例のひとつと言えそうです。
日付そのものに深い歴史的背景があるわけではなく、語呂の良さを活用した現代的な記念日という位置づけですね。
黒にんにくの日を制定したのはどこ?
ここでは記念日を作った団体とその目的について詳しくお話しします。
協同組合青森県黒にんにく協会が制定者
黒にんにくの日を制定したのは青森県おいらせ町に拠点を置く協同組合青森県黒にんにく協会です。
この協会は、優良な黒にんにくづくりに励み、世界へ「日本の黒にんにく」として健康を届けることを目的に活動している団体なんです。
理事長を務めていたのは農業生産法人柏崎青果の柏崎進一社長で、生産者や食品加工企業が加盟する組織として黒にんにくの品質向上とブランディングに取り組んできました。
一般社団法人日本記念日協会による認定
記念日として正式に認定・登録したのは一般社団法人日本記念日協会です。
複数の情報源を突き合わせると認定年は2016年(平成28年)というのが最も裏付けの取れる情報でした。実は一部のサイトでは2014年制定と書かれているケースもあって、正直この点は情報にばらつきがあります。
ただ、2016年7月に記念日登録されたことに合わせて同年9月6日に第1回のイベントが開催されたという記録が業界紙のコラムに残っていること、それに合わせて実際に2016年9月6日に八戸市で初めてのサミットが開催されたという報道があることを踏まえると、2016年説のほうが信憑性が高いと考えられます。
2014年という情報については誤記の可能性もありそうですが断定はできませんので一応併記しておきますね。
制定のきっかけになった世界黒にんにくサミット
ここを読むと黒にんにくの日がイベントとセットで生まれた記念日だということが分かります。
初開催は2016年、青森県八戸市で
黒にんにくの日が制定されたのと時を同じくして始まったのが「世界黒にんにくサミット」です。
第1回は2016年9月6日、青森県八戸市で開催されました。
当日は日本国内のにんにく生産者や加工企業関係者だけでなく、中国、韓国、タイといった輸出先の関係者も参加し、参加者数は約420人にのぼったそうです。
ジェトロや青森県中小企業団体中央会が共催に名乗りを上げ、農林水産省や経済産業省・特許庁、青森県、日本フードサービス協会が後援するという地方発のイベントにしてはかなり大掛かりな体制だったのが印象的でした。
海外シェフも招かれた国際色豊かな会
サミットには特別ゲストとしてルクセンブルグのレストランオーナーシェフであるレナート・ファヴァロ氏が招かれました。
この方は2015年12月に安倍首相がルクセンブルグを訪問した際、晩餐会で黒にんにくを使った料理を振る舞ったシェフだったんです。
パリの市場で黒にんにくと出会って一目惚れしたというエピソードを本人が語ったそうで、味を引き立てる食材として黒にんにくを評価している様子がうかがえます。
ただの国内向けのPRイベントではなく、最初から世界へ発信することを狙って設計された記念日だったんだなと感じます。
黒にんにくが黒くなる仕組みと栄養の変化
ここでは黒にんにくそのものがどうやって黒くなるのか化学的な理由を解説します。
メイラード反応で黒く色づく
生のにんにくを高温多湿の環境でおよそ1ヶ月かけて熟成させると白かったにんにくが真っ黒に変化します。
この黒色化は「メイラード反応」という化学反応によるもので、にんにくに含まれるアミノ酸と糖が熱と湿度の作用で結びつき、褐色色素のメラノイジンが生成されることで起こるとされています。
パンやお菓子を焼いたときに表面が茶色くなるのと同じ反応が長い時間をかけてにんにくの内部でじわじわ進んでいるイメージですね。
栄養成分もにんにく特有のにおいも変わる
熟成の過程でにんにく特有の強い匂いの元になる「アリシン」という成分が「S-アリルシステイン」に変化し、抗酸化作用が高まると言われています。
必須アミノ酸が生のにんにくと比べて数倍に増えるという情報もありますが、この増加量については情報源によって数値の記載にばらつきがあり、正確な倍率はざっくりした目安として捉えておくのが良さそうです。
においが穏やかになる分、生のまま食べやすくなるというのも黒にんにくならではの特徴だと思います。
黒にんにくが生まれた歴史をたどる
ここでは黒にんにく自体がどこでどう生まれたのか諸説ある起源を解説します。
三重県発祥説と青森県での実用化
黒にんにくの起源については実はひとつに定まっていません。
1999年頃に三重県で開発されたという説が有力とされていて、当初は製法を伝授された三重県内の数社だけで製造・販売されていたという記録も見られます。
一方で青森県では2005年頃から弘前大学の研究者らによって機能性の実証が進み、そこから一気に全国区の食材へ育っていったという流れがあるんです。
発祥地と普及の中心地が違うというのはちょっと意外な事実かもしれませんね。
弘前大学元教授、佐々木甚一氏へのインタビューから
黒にんにくの機能性研究を担ったのが、旧弘前大学医学部保健学科の元教授、佐々木甚一先生です。
ご本人のインタビューによると、2005年12月頃、天間林(にんにくの産地)の関係者だった町屋氏から黒い塊を持ち込まれ「これはにんにくだ」と告げられたのが最初の出会いだったそうです。
佐々木先生自身、最初の質問は「どうやって黒く染めたのか」だったと振り返っていて、正体不明の黒い物体として受け取ったところから研究が始まったというのがなんとも生々しいですよね。
定年退官が3月に迫る中、中国からの留学生に手伝ってもらいながら急いで分析を進め、その年の3月には良い結果が出て地元紙のトップ記事として全国に広まったといいます。
以前、O157が大流行した際ににんにくの殺菌効果を研究していた経験もこの分析に生かされたとのことでした。
学術的な裏付けが世に出るきっかけを作った、地道な研究の積み重ねがあったんだなと胸に響くエピソードでした。

青森県が黒にんにくの中心地になった背景
なぜ青森県黒にんにく協会がこの記念日を制定するに至ったのか、産地としての強みから見ていきます。
にんにく生産量トップクラスという裏付け
青森県は国内のにんにく生産量で長年トップの座を維持している地域です。
農林水産省のデータを見ると、令和5年産で全国シェア約66パーセントを青森県が占めており、年度によって差はあるものの概ね全国の3分の2前後を青森県産のにんにくが担っている状況が続いています。
品種としては福地ホワイト六片が主流で、この良質なにんにくを原料に黒にんにくを作っているからこそ、協会は「日本の黒にんにく」として世界に打って出る自信を持てたのだろうと推測できます。
あくまで自分の見立てですが原料生産地としての圧倒的な優位性が、記念日制定という形での情報発信につながったのではないかなと感じています。
参考:https://www.pref.aomori.lg.jp/soshiki/nourin/noen/files/aomorinoyasaikko_r5.pdf
記念日をきっかけにした産業振興の狙い
黒にんにくの日と世界黒にんにくサミットはどちらも単発のイベントで終わらせず継続開催することが前提として設計されていました。
サミット初回の閉会時には翌年9月6日に第2回を開催することが満場一致で採択されたという記録もあり、記念日を軸にした産業振興のサイクルを作ろうとする意図が明確に読み取れます。
地方の農産加工品が国際イベントの形で継続的に発信されるというのは、当時としてはあまり前例のない試みだったようです。
まとめ
黒にんにくの日について由来や歴史のポイントを整理しておきますね。
- 黒にんにくの日は毎年9月6日で、9(く)6(ろ)の語呂合わせが由来
- 制定したのは協同組合青森県黒にんにく協会(青森県おいらせ町)
- 一般社団法人日本記念日協会による認定は2016年とする情報が最も有力(一部2014年説もあるが確度は低め)
- 2016年9月6日に青森県八戸市で第1回世界黒にんにくサミットが開催され、以降毎年継続開催
- 黒にんにく自体の発祥には三重県説と青森県での研究実用化という二つの流れがある
- 弘前大学元教授の佐々木甚一氏による機能性研究が、黒にんにく普及の大きな転機になった
- 青森県は国内にんにく生産量で全国シェア約66パーセントを占めるトップ産地
こうして振り返ってみると語呂合わせから生まれた記念日の裏に、研究者の地道な取り組みや地域産業の戦略がしっかり詰まっているんだなと感じました。
9月6日が来たらちょっとだけ黒にんにくの歴史に思いを馳せてみるのも良いかもしれませんね🧄
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