この記事を読めば「C55の日」がなぜ5月5日なのか、その由来と国鉄C55形蒸気機関車の魅力まで丸ごとわかります。
「C55の日ってなに?」
って思って調べている方、けっこういると思います。
実は公式に制定された記念日ではなく鉄道ファンの間で自然発生的に生まれた文化的な記念日なんです。
でも、だからこそ逆に面白いというかそこに蒸気機関車を愛するファンたちの熱量がにじんでいる気がして。
今回はその由来か、C55形機関車の実際の歴史まで、一緒に深掘りしていきましょう。
「C55の日」とは何か
5月5日というのはただこどもの日というだけではなく、鉄道界隈では静かに特別な日として認識されています。
語呂合わせから生まれた記念日
「C55の日」は名前の通り55を分解して5月5日に当てはめているという感じですね。
これは鉄道省や国鉄が公式に定めたものではなく、SLや国鉄型車両が好きなファンたちがSNSやブログで自発的に広めてきた習慣です。
ざっくりした感じで言うと日本では「○○の日」という語呂合わせ文化がとても根付いていて、そのノリで生まれた、いわば鉄道版の推しの日みたいな感覚なんです。
「5月5日はC55を動かす日」という文化
鉄道模型愛好家の間では、5月5日にC55形のNゲージや鉄道模型を実際に走らせるという楽しみ方も広まっています。
Amebloなどの個人ブログでも「本日5月5日は5-5Day!C55形を運用します」と宣言する投稿が毎年見られるほど。なんか、それが一種の儀式というかファン同士のつながりになっているのが印象的でした。
C55形蒸気機関車とはどんな機関車か
「C55の日」の主役である国鉄C55形について、少し詳しく見ていきましょう。
知っているとこの記念日がより味わい深くなります。
誕生の背景と設計の経緯
C55形蒸気機関車は1935年(昭和10年)から1937年(昭和12年)にかけて製造された亜幹線旅客列車用の中型テンダー式蒸気機関車です。
愛称は「シゴゴ」。
製造メーカーは川崎車輛、汽車製造会社、三菱重工業、日立製作所の4社で、合計62両が生産されました。
実はC55形が生まれた背景には先代機であるC54形の失敗があります。
C54形は空転が多発するなどの欠陥を抱えていたので、その教訓を活かしつつ棒台枠の採用など新しい技術を取り入れて設計されたのがC55形なんです。
だから、ある意味失敗から学んだ機関車というか、C54の苦労が無ければC55は生まれなかったかもしれない。
そう思うと設計陣の苦労が伝わってくるような気がします。
流線型という革新的なデザイン
C55形の大きな特徴のひとつが一部の車両に採用された流線型のデザインです。
昭和初期当時、スピードを視覚的に表現する流線型デザインは時代の最先端でC55形はその先駆け的存在でもありました。
実際、C55形の流線型スタイルはその後のC57形設計の基礎にもなっていて日本の蒸気機関車の顔を変えた機関車といっても過言ではないでしょう。
活躍した路線と地域
C55形が最も輝いた舞台のひとつが北海道の宗谷本線です。
夜行急行「利尻」を牽引する姿は特に有名で漆黒の宗谷本線を走り続けるSLの情景は、多くの鉄道ファンの記憶に深く刻まれています。
九州の日豊本線でも活躍が記録されていて日本各地の亜幹線を走り抜けた機関車でもありました。
62両で製造打ち切りになった理由
C55形は当初もっと多くの製造が予定されていましたが63両目からは新形式名「C57」が与えられ、C55としての製造はそこで終わっています。
C57への進化という転換点
これはC55形が失敗だったからではなくむしろ逆です。
C55形の設計が成熟し、それをベースにさらに改良したC57形という新形式が生まれたため、形式番号が変わった、ということなんです。
C57形はのちに「貴婦人」という美しい愛称を持つ機関車として多くのファンに愛されますが、その原点にC55形があると言えます。
ちなみに個人的な意見ですけど「後継機に道を譲って終わった機関車」という立ち位置が、C55をどこか切なくて魅力的に感じさせている気もしています。
62両という数は戦時中の時代状況なども絡んでいて、意外と奥深い数字なんですよね。
C55形が現在も見られる場所
廃車後も保存・展示が続けられていてC55形は現代でも実際に見ることができます。
梅小路(京都鉄道博物館)での保存
C55形のうちの1両は1972年に梅小路蒸気機関車館(現・京都鉄道博物館)に保存され、2006年には「梅小路の蒸気機関車群と関連施設」の一部として準鉄道記念物に指定されました。
準鉄道記念物というのは歴史的・技術的に重要な価値があると認められた車両に贈られる称号で、C55形の存在意義の高さを証明しています。
全国の静態保存機
愛媛県西条市など全国各地でも静態保存されていて地域の文化財として今も大切にされています。
思った以上にいろいろな場所に残っているのがSL保存文化の底力というか、鉄道ファンの活動のおかげでもあるんだろうなと感じています。
参考:https://srwob.stars.ne.jp/sl/C5744.pdf
5月5日と「ゾロ目記念日」文化
「C55の日」のもうひとつの側面として日本の鉄道界における「ゾロ目記念日」文化があります。
令和5年5月5日の特別感
2023年(令和5年)の5月5日は「令和5年5月5日」、つまり5が3つ並ぶ特別なゾロ目の日でした。
この日、相模鉄道・京王電鉄・京成電鉄・秩父鉄道・新京成電鉄など多数の鉄道会社が記念乗車券や入場券を発売しています。
鉄道ファンにとって「5」という数字はそれだけ特別な意味を持っていてC55の日という文化もその延長線上にあるんです。
語呂合わせ記念日という日本独自の文化
「C55の日」以外にも鉄道ファンの間では5月4日を「C54の日」と呼ぶ習慣もあります。
日付と形式番号を掛け合わせて楽しむこのカルチャーは日本の鉄道ファン特有の遊び心が生み出した文化でしょう。
記念日として制定されていなくても毎年繰り返されることで「文化」として定着していく。それがなかなか面白い現象だと思いますよ。
まとめ
- 「C55の日」は5月5日
- C55形は1935〜1937年に製造された中型テンダー式蒸気機関車で愛称は「シゴゴ」、製造数は62両
- C54形の失敗を教訓に設計され、流線型デザインで当時の技術水準を牽引した機関車
- 宗谷本線での夜行急行「利尻」牽引が特に有名で、北海道ファンには特別な存在
- C57形の基礎となったことで形式製造は打ち切りになったが、後継機の礎を作った
- 現在も京都鉄道博物館(準鉄道記念物)や各地の静態保存機として見学可能
- 鉄道ファンの間では5月5日に模型を走らせるなど独自の楽しみ方で毎年盛り上がっている

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