この記事を読めばなぜ5月24日が「伊達巻の日」なのか、その由来から伊達巻の名前の意味や歴史まで、まるごと理解できます。
「伊達巻って戦国武将と関係あるの?」
「なんでお正月に食べるの?」
そんな素朴な疑問、実はけっこう奥が深いんです。
ただ知識として面白いだけじゃなく、食卓の話のネタにもなるので、ぜひ最後まで読んでみてください。
5月24日が「伊達巻の日」な理由
この記念日がいつ誰によって作られたのか。意外と知られていない背景があります。
制定したのは大阪の食品メーカー
5月24日の「伊達巻の日」は大阪府吹田市に本社を置く株式会社せんにち(旧社名:株式会社千日総本社)が制定した記念日です。
同社は玉子焼きや厚焼きなど寿司具材の製造・販売を手がけているメーカーで、伊達巻を「華やかで洒落た滋養豊かな卵料理」として日本の食文化に根付かせたい、という思いから制定に至ったそうです。
一般社団法人・日本記念日協会にも認定・登録されています。
5月24日=伊達政宗の命日
日付の根拠になっているのが、戦国武将・伊達政宗(1567〜1636年)の命日。
政宗は寛永13年(1636年)5月24日に70歳でこの世を去りました。
仙台市青葉区の瑞鳳殿では毎年この日に法要が営まれていて、今でも伊達家ゆかりの人々が参列しているんです。ちなみに2025年は政宗の390回忌にあたります。
なぜ誕生日ではなく命日なのか?そういう疑問は自然に湧きますよね。
ただ、これはあえて命日を選んでいるというより、「伊達巻という名前の由来になった人物の特別な日」として最もわかりやすいものを選んだというのが実情だと思います。
「伊達巻」という名前の由来や諸説
伊達巻の名前の由来は実は1つじゃないんです。現在も複数の説が並立していて、どれが正解とも断言しにくい状況です。
説①伊達政宗の好物だったから
最もよく知られているのが、伊達政宗がひらめと鶏卵を混ぜて焼いた「平玉子焼(ひらたまごやき)」を好んで食べていたという説です。
その料理が「伊達焼」と呼ばれるようになり、やがて巻きすで巻くようになったことで「伊達巻」という名前に変化していったとされています。
ただ、これを裏付ける確実な文献記録は現時点では確認できないので、あくまで言い伝えの域を出ない部分もあります。
説②「伊達」=おしゃれ・粋という意味から
「伊達」という言葉にはもともと「おしゃれ」「粋」「人目をひく」という意味があります。
伊達メガネの「伊達」もこれですよね。
鮮やかな黄色と焼き目の茶色のコントラストが華やかで目を引く卵料理だったため、この「伊達」がそのまま料理名になったという説です。
これはなかなか説得力があると個人的には感じています。
説③和服の「伊達巻き」に形が似ているから
着物の着崩れを防ぐために帯の下に締める、幅の狭い帯のことを「伊達巻き」と言います。
料理の伊達巻を巻きすで巻いた棒状の形が、この和装具の伊達巻きにそっくりだったことから同じ名前で呼ばれるようになった、という説もあります。
今では婚礼衣装に使われることが多い小物ですが江戸時代にはかなり身近なアイテムだったようです。
伊達巻の歴史と起源
そもそも伊達巻はいつ、どこで生まれたのか。これが意外と古い話だったりします。
長崎発・卓袱料理がルーツ
伊達巻のルーツとして有力なの、江戸時代に長崎で生まれた「カステラかまぼこ」です。
長崎では当時、日本・中国・オランダの食文化が混ざり合った「卓袱(しっぽく)料理」という宴会料理が生まれていて、そのメニューのひとつがこのカステラかまぼこでした。
これが江戸に伝わり、江戸の「伊達者(しゃれ者)たち」の着物の模様に似ていたことで「伊達巻」と呼ばれるようになったとされています。
もっと古い起源説も存在する
さらにさかのぼると景行天皇の時代(71年〜130年頃)にひらめの肉と鶏卵を混ぜて焼いたものを「平卵子焼」と呼んだ記録もあるとされています。
これが伊達巻の原型ではないかという説もあるようです。
ただ、これほど古い記録は真偽の確認がなかなか難しく、私自身は確信を持って断言できる情報ではないなと思っています。参考程度に。
ポルトガルから伝来という説まである
おまけとして16世紀半ばにポルトガルから伝わったロールケーキが起源という説まであります。
南蛮文化が日本の食に与えた影響は各所に見られるので、あながち否定できない話ではあるんですが、これも確実な根拠のある話というより「説」の一つ、といった位置づけです。
おせち料理に入る理由と込められた願い
伊達巻はお正月のおせちに欠かせない一品ですよね。実はきちんとした縁起の意味があります。
学業成就の縁起もの
巻く前の伊達巻の形が昔の書物や絵画を収めた「巻物」にそっくりなんです。
学問を積み重ねる象徴だった巻物。
それに似た形の料理には自然と「学業が成就しますように」「知性が育まれますように」という願いが込められるようになりました。
思った以上にちゃんとした理由があったんですね。
子孫繁栄や夫婦円満の意味も
卵は「生まれる」に通じることから古くから子宝の象徴とされてきました。
黄色には豊穣の意味があり、子孫繁栄への願いも重ねられています。
さらに伊達巻の丸みを帯びた形は「角がない」ことから夫婦円満にもつながる、という解釈まであるんです。おせちのひとつひとつが、こうした意味を持っているのがなんか面白いですよね。
おせちの「口取り肴」として定着
伊達巻はおせちの「口取り肴(くちとりざかな)」に分類されています。
もともとは最初に出す酒の肴として昆布や栗などが並んでいたものが、時代とともに金団や蒲鉾、伊達巻などが加わっていったそうです。
おせちの形も時代と一緒に変わってきたわけですね。
伊達政宗ってどんな人物だった?
「伊達巻の日」の核心にいる伊達政宗。せっかくなので人物像も少しだけ触れておきます。
「独眼竜」と呼ばれた仙台藩の初代藩主
伊達政宗(1567〜1636年)は、現在の宮城県仙台市を中心とした仙台藩の初代藩主です。
幼少期に罹患した病により右目を失ったことから「独眼竜」の異名を持ちます。戦国時代に東北の覇者として名を馳せた武将で、その華やかな軍装は当時の庶民からも注目を集めていたとされています。
「伊達」という言葉を体現した人物
政宗の軍隊は豪華な装束で知られ、百姓たちが歓声を上げるほどだったとも言われています。
「伊達」という言葉が「豪華・華やか」という意味を持つようになったのもこの伊達家の影響からという説があります。
要するに「伊達政宗」という存在が日本語の語彙を1つ生んだかもしれない、というのがまた印象深いです。
まとめ
- 5月24日の「伊達巻の日」は大阪の株式会社せんにちが制定し、日本記念日協会に登録されている
- 日付の根拠は戦国武将・伊達政宗の命日(1636年5月24日)
- 「伊達巻」の名前の由来には①政宗の好物説②「伊達」=おしゃれ説③和服の伊達巻き説の三つがある
- 歴史的には江戸時代に長崎の卓袱料理「カステラかまぼこ」が起源という説が有力
- おせちに入る理由は巻物に似た形=学業成就の縁起に加え、子孫繁栄・夫婦円満の意味も込められている
- 伊達政宗は1636年5月24日に70歳で亡くなり、今でも仙台の瑞鳳殿で毎年法要が営まれている
伊達巻ひとつとっても戦国時代からつながる歴史と文化がぎゅっと詰まっているんですね。次のお正月におせちを食べるとき、ちょっと違う目線で見られるかもしれません。
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