この記事を読めば「EF65の日」がなぜ6月5日なのか、そしてEF65という機関車がどれだけ日本の鉄道史に深く刻まれた存在なのか、丸ごとわかります。
「ロクゴ」という愛称で鉄道ファンに親しまれてきたEF65。その番号「65」をそのまま6月5日に当てはめるという、シンプルだけどちょっと嬉しくなる語呂合わせが生まれた背景には、この機関車に向けられた長年の愛着があります。
鉄道に詳しくない方でも「ああ、そういう機関車があったんだ」と思っていただけるよう、基礎から丁寧に書いていきますね。
「EF65の日」とは何か?その由来
6月5日になった理由
「EF65の日」は機関車の形式番号「65」を日付の「6月5日」に重ねた、鉄道ファン発祥の記念日です。
特定の団体が正式に制定した記念日ではなく、SNSを中心にじわじわと広まったものです。
6月5日になるとSNSや鉄道ファンのコミュニティで「今日はEF65の日だから写真をアップしよう」という動きが活発になるのは、個人的にもなんかほっこりするなと思っていて。
公式でなくても愛着があれば記念日になってしまう。
それがEF65という機関車の人気を如実に表しているんですよね。
EF65形電気機関車とは何か
基本的なプロフィール
EF65形は1965年(昭和40年)に日本国有鉄道(国鉄)が開発した、平坦路線向けの直流用電気機関車です。
製造は1965年から1979年(昭和54年)にかけて行われ、川崎重工業や東京芝浦電気(現・東芝)など複数のメーカーが参加していました。
形式名の「EF65」には意味があります。
「E」は電気機関車(Electric locomotive)、「F」は動軸が6軸(Bo-Bo-Bo配置)であることを表し、「65」が形式番号です。
全長は16,500mm、重量は96トン、定格出力は2,550kW、最高運転速度は100〜110km/hという仕様で、当時の国鉄直流電気機関車として優れた性能を誇っていました。
総製造両数は308両。
これは国鉄電気機関車の中で史上最多の数字です。これだけの両数が製造されたということ自体、EF65がいかに現場に必要とされた機関車だったかを物語っていると思います。
EF65が生まれた背景
1960年代、日本は高度経済成長の真っ只中でした。国鉄には輸送力の強化が急務で電化区間の拡大と列車の高速化が求められていたんです。
当時使われていたEF60形という機関車は牽引力こそあったものの、定格速度が39.0km/hと低く、高速化するブルートレインや特急貨物に対応しきれなかった。そ
こで登場したのが歯車比を高速仕様に変更し、新しい自動制御装置(バーニア制御)を搭載したEF65形です。
試作車を作らずにいきなり量産を開始したというのが当時の設計陣の自信の表れかもしれません(ただし制御器のトラブルが相次いだのも事実で…少し人間らしい失敗談だなと感じます)。
EF65の3つの番台とそれぞれの役割
EF65形は大きく3つの番台に分かれていてそれぞれ担う役割が違いました。番台の違いを知ると、EF65への見方がガラッと変わります。
0番台(一般型・F型)
1965年から1970年にかけて135両が製造された、もっとも基本的なタイプです。
主に貨物列車の牽引を担い、東海道本線や山陽本線をはじめとした幹線で活躍しました。シールドビーム2灯の非貫通式運転台が外観上の特徴です。
500番台(P型・F型)
500番台のうちP型は旅客列車牽引専用機として設計されました。
「P」は英語のpassenger(旅客)の頭文字です。20系寝台客車を牽引するための装備が追加されていて、塗装も客車に合わせた特急色(青15号とクリーム1号の組み合わせ)が採用されました。
一方のF型は高速貨物列車牽引用で、「F」はfreight(貨物)の略。
重連総括制御機能を持ち、1,000トンの貨物列車を100km/hで牽引する能力がありました。
1000番台(PF型)
1969年から1979年にかけて139両が製造されたのがPF型です。
名前のとおり旅客(P)と貨物(F)の両方をこなせる汎用型機関車で、前面に貫通扉を備えて重連運転にも対応しています。
東北本線での寝台特急「あけぼの」牽引がこの番台のデビュー戦でした。
ブルートレインを牽いた「花形時代」
昭和50年代、ブームの中心にいたEF65
EF65形が最も輝いていたのは、なんといっても昭和50年代のブルートレインブームの時代でしょう。
「さくら」「はやぶさ」「みずほ」「富士」「あさかぜ」といった伝説的な寝台特急が東京〜下関間を走り、その先頭に立っていたのがEF65の500番台P型や1000番台PF型でした。
ヘッドマークを輝かせて深夜の東海道本線を駆け抜けるEF65の姿は、多くの鉄道少年の心に焼き付いています。
当時の時刻表を持ってホームに立ち、ブルートレインの通過を待つ子どもたちの姿があちこちにあったと聞きますが、まあ私の世代ではないので直接は知らないんですけど…。
それでも写真や映像で見るたびに、なんとなく胸が熱くなるんですよね。
1978年には1000番台の7次車が東京機関区に配置され、それまでP型が担っていた東京発着ブルートレインの牽引を引き継ぎました。
東京駅のホームに特急色のEF65PFがずらりと並んでいた光景は、まさに昭和の鉄道風景の象徴でした。
旅客運用の終焉
長年にわたってブルートレインを牽き続けたEF65でしたが、時代の流れには逆らえませんでした。
2006年3月に寝台特急「出雲」が廃止となり、EF65による寝台特急の定期牽引が終了。続いて2008年3月には急行「銀河」が廃止となり、定期旅客列車の牽引はすべて幕を閉じました。
40年以上にわたってブルートレインを守り続けてきたEF65。
その引退は鉄道ファンだけでなく、かつて列車で旅した多くの人たちにとっても一つの時代の終わりとして受け止められました。
EF65の状況
貨物列車で活躍し続けたEF65
旅客運用が終わったあとも、EF65はJR貨物の機関車として活躍を続けました。ただ、後継のEF210形が増備されるにつれ、徐々に運用から離脱する車両が増えていきます。
2025年3月のダイヤ改正でEF65の定期貨物運用がついに消滅し、以降は甲種輸送や臨時貨物列車などでのみ使用されています。
60年以上という現役生活の長さは機関車として相当なものだと思います。
保存されているEF65
製造された308両のうち一部は静態保存されています。
EF65の1号機は京都鉄道博物館に保存されており、誰でも見学することができます。
群馬県安中市の碓氷峠鉄道文化むらにはF型の520号機が保存されていて、現存する唯一の高速貨物列車牽引用F型として大切にされています。
2026/05/14
— キトダバ (@Kito683) May 14, 2026
京都鉄道博物館でたまたまEF65の入れ替え作業を見かけたのでパシャリ📷✨
何気にEF65の入れ替え灯を写真に収めたのはこれが初めてですw
やはり国鉄釜は重厚感があっていつ見ても圧倒されますね💡😲#EF65 #京都鉄道博物館 pic.twitter.com/GZfiBbU906
まとめ EF65の日に改めて「ロクゴ」を振り返ろう
- 「EF65の日」は65という番号を6月5日に当てはめた語呂合わせ由来の記念日
- EF65は1965年登場、308両という国鉄電気機関車史上最多を誇る直流電気機関車
- 0番台(貨物用)・500番台(旅客・貨物専用)・1000番台(旅客・貨物汎用)の3タイプが存在
- 昭和50年代のブルートレインブームを象徴する機関車として多くのファンに愛され続けた
- 2006年に寝台特急、2025年に定期貨物運用を終え、60年以上の現役生活にピリオドを打った
6月5日の今日、どこかで「ロクゴ」の雄姿を思い浮かべてみてください。
鉄道ファンの間でこっそり広がるこの記念日が年々もっと多くの人に知られていくといいなと個人的には思っています✨

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