花火の日とは?由来や歴史を解説【5月28日】

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この記事を読めば5月28日が「花火の日」に選ばれた理由とその背景にある江戸時代の歴史がまるごとわかります。

「なんで夏でもないのに花火の日が5月なの?」

って疑問、持ったことありませんか?

実はそこに、飢饉とコレラが生んだ悲しくも壮大な歴史が隠れているんです。

ただの記念日の話にとどまらず、日本の花火文化そのものの原点とも言える話なので、ぜひ最後まで読んでいただけると嬉しいです。

目次

花火の日(5月28日)とは

5月28日の「花火の日」は1733年(享保18年)のこの日に、江戸の隅田川で日本最古の花火大会が開催されたことに由来する記念日です。

そもそも何を記念した日なの?

現在の隅田川花火大会の前身となる「両国川開きの花火」が、旧暦の1733年5月28日に初めて打ち上げられたことが由来です。

この日付が現行の西暦にそのままあてはめられ、毎年5月28日が「花火の日」として認識されているんですね。

「なぜ夏の行事なのに5月?」

というのも自然な疑問です。

旧暦の5月28日を新暦に換算すると7月初旬ごろにあたるので季節感としてはちゃんと夏なんです。

旧暦の日付をそのまま使っているため、現代の感覚だと少しズレて見えるわけです。

由来の背景 享保の大飢饉とコレラ

5月28日の花火の日の根っこには江戸時代に起きた大規模な飢饉と疫病の流行という悲しい歴史があります。

1732年の享保の大飢饉

1732年(享保17年)、西日本を中心にイナゴやウンカなどの大規模な虫害が発生し、「享保の大飢饉」と呼ばれる深刻な凶作が起きました。

幕府が把握しているだけで餓死者は1万2千人以上、200万近い人が飢えに苦しんだとされていて、筑前福岡藩だけでも6〜7万人が餓死したという推計もあるほどの惨状でした。

しかも同時期、江戸市中ではコロリ病(コレラ)が大流行し、次々と人が命を落としていました。

徳川吉宗が命じた慰霊の水神祭

こうした状況を受けて8代将軍・徳川吉宗は亡くなった人たちの霊を慰め、悪疫退散を祈願するため、翌1733年5月28日の川開きの日に隅田川で「水神祭」を催しました

このとき、隅田川両岸の水茶屋も参加して川施餓鬼(かわせがき)が行われ、余興として花火が打ち上げられたのがすべての始まりです。

つまり「花火の日」の原点はお祭り気分ではなく、大勢の命を悼む祈りの場にあったということです。

これは意外と知られていない視点なんじゃないかと思います。

「たまや〜」「かぎや〜」の起源もここにある

両国川開きの花火と言えば、おなじみの掛け声「たまや〜」「かぎや〜」。この掛け声の由来も実はここにつながっています。

鍵屋と玉屋、二大花火師の競演

1733年の川開き花火を担当したのが花火師の6代目・鍵屋弥兵衛です。

その素晴らしい花火の腕前が江戸中に知れ渡り、「鍵屋」の名は一躍有名になりました。

その後、鍵屋の番頭だった人物が独立して「玉屋市兵衛」を名乗り、以降は両国橋を挟んで上流を玉屋、下流を鍵屋が担当する形で花火を打ち上げるようになります。

観客がそれぞれ「いい!」と思った花火師の名前を叫んだのが、あの掛け声の始まりとされているんですね。

ちなみに人気は玉屋のほうが圧倒的に高かったという話もあって、「かぎや」の人たちはちょっと複雑な気持ちだったかもしれませんね😅

花火そのものの起源と歴史

花火の日の由来がわかると今度は「そもそも花火っていつ日本に来たの?」という疑問が湧いてきませんか?

日本に花火が伝わったのはいつ?

花火が日本に伝わったのは1543年の鉄砲伝来とともに火薬の配合が伝えられた後と考えられています。

日本人で最初に花火を見た人物については徳川家康説と伊達政宗説の2つがあって、正直なところ歴史家の間でも決着がついていない部分です。

信頼性の高い史料としては、1613年(慶長18年)に明の商人がイギリス人を案内して駿府城を訪れ、徳川家康や御三家の藩主たちが花火を見物したという記録(『駿府政事録』)があります。

一方の伊達政宗説では1589年に居城の米沢城で唐人による花火を見物したという記録(『伊達天正日記』)があるので、こちらのほうが年代としては古いんですよね。

どちらが「初めて」かは何をもって花火とするかにもよるので、一概には言えないところです。

色鮮やかな花火が生まれたのは意外と最近

現在のような色鮮やかな打ち上げ花火が登場したのは19世紀になってからとされています。

それ以前は単色の光が出る程度の原始的なもので、現代の花火からは想像もできないほど地味だったようです。

江戸時代の花火がどれほど人々を驚かせ、感動させたか…それを思うと、当時の人たちが「たまや〜!」と叫んだ気持ちも少しわかる気がします。

打ち上げ花火の「音」にも意味がある?

花火が打ち上げられるときの「ヒュ〜ドン!」という音、ただの爆発音だと思っていませんか?実はあの音、かなり意図的に作られているんです。

「ヒュ〜」は笛の音だった

打ち上げ時に聞こえる「ヒュ〜」という音は、花火玉に取り付けられた「笛」と呼ばれる部品が鳴らしているものです。

パイプに詰められた薬に点火すると音が出る仕組みになっていて、観客の期待感を高めるために意図的につけられているんです。

銀色に発光しながら音を出すものは「銀笛」と呼ばれていてなんか名前もかっこいいですよね。

あの「ヒュ〜」が花火師の計算と職人技の結晶だったと知ると、次に花火大会に行くとき、また違う聞こえ方がするんじゃないかなと思います🎆

まとめ

  • 5月28日の「花火の日」は1733年(享保18年)に隅田川で行われた水神祭の川開きに由来する
  • 背景には享保の大飢饉とコレラの流行があり、徳川吉宗が犠牲者の慰霊と悪疫退散を祈って花火を打ち上げた
  • これが現在の「隅田川花火大会」の原点とされている
  • 「たまや〜」「かぎや〜」の掛け声も、この川開き花火から生まれた文化
  • 花火の日は5月28日・8月1日・8月7日の年3回ある
  • 日本に花火が伝わったのは16世紀以降で、色鮮やかな花火の登場は19世紀になってから

花火って見るたびに「きれい」で終わりがちですけど、その一発一発に数百年分の歴史と、先人たちへの祈りが込められているんですよね。

今年の花火大会はちょっとだけその歴史を思いながら見てみると、また違った感動があるかもしれません。

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