カレーのお供として毎日のように食卓に登場する福神漬。
でも
「なぜ福神漬っていう名前なの?」
「7月29日が記念日って本当?」
って聞かれたら、案外答えられない人が多いんじゃないでしょうか。
この記事を読めば福神漬の日の由来から名前の秘密、そしてカレーとセットになった歴史まで、まるっと分かりますよ。
今まで何気なく食べていた福神漬がちょっと特別な存在に見えてくるかもしれません。
福神漬の日とは7月29日に制定された記念日
福神漬の日は漬物メーカーの新進が制定して日本記念日協会に登録した記念日で、毎年7月29日にあたります。
数字の語呂合わせと福神漬という名前の由来そのものが結びついているのがこの記念日の面白いポイントなんですね。
制定した企業と目的
福神漬の日を作ったのは東京・千代田に本社を置く食品メーカーの新進です。
この会社は1930年から「新進漬」という名前で福神漬を発売していて、いわば老舗の福神漬メーカーなんですよね。
制定の目的はカレーライスの名脇役としての食文化を継承することや、野菜が不足しがちな現代人に福神漬を通じて野菜摂取を促すことだったそうです。
それに加えて、カレーの需要が一番高まる夏休みシーズンに、子どもたちにも福神漬を食べてもらいたいという願いも込められているみたいです。
個人的にはこういう記念日を通して漬物文化を残していこうという発想が、けっこう素敵だなと思いました。
なぜ7月29日なのか語呂合わせの仕組み
7月29日という日付は、数字の「7(しち)」「2(ふ)」「9(く)」を組み合わせた「しちふく」の語呂合わせから来ています。
この「しちふく」という読みは福神漬の名前の由来である「七福神」にちなんでいるんですね。
つまり日付そのものが、福神漬の名付けエピソードをそのまま音で表現しているという、かなり凝った制定方法だと言えます。
ちなみにこの手の語呂合わせ記念日は日本にたくさんありますが、名前の由来と日付が二重に一致しているケースは意外と少ないんじゃないかなという気もしています。
福神漬の名前の由来は七福神にちなんでいる
福神漬という名前自体、七福神と深く関わっているんです。ここでは名付けにまつわる代表的な説をいくつか紹介しますね。
山田屋の野田清右衛門による命名説
最も有力とされているのが明治時代に上野の漬物店「山田屋」(現在の酒悦)の15代目店主・野田清右衛門が考案した漬物に、作家の梅亭金鵞が名前をつけたという説です。
この漬物は7種類の野菜を使っていたことと、店の近くにある不忍池に弁才天が祀られていたことから、七福神に見立てて「福神漬」と命名されたそうです。
1885年、あるいは明治10年頃という記録もあり、正確な年については資料によって微妙にずれがあるんですよね。
それに加えて「ご飯にこれさえあれば他のおかずが要らず、食費が浮いて金が貯まる」という縁起の良い意味合いも込められていたと言われています。
江戸時代の僧侶了翁道覚による説
もっと古い時代に起源を求める説もあります。
江戸時代初期、上野寛永寺の勧学寮を建立した僧侶の了翁道覚が、野菜の切れ端を使った漬物を考案し、それを食事のおかずとして出していたというものです。
この漬物を輪王寺宮が食べて「福の神のように美味しい」と評したことから「福神漬」と名付けられたとする説もあるんです。
どちらの説が正しいかは正直なところ断定できないというのが実情で複数の由来が並行して語られているのが福神漬の面白さでもあるかなと感じています。
JAS規格で定められた原料の条件
ちなみに福神漬は農林水産省の日本農林規格(JAS)で定義がある食品なんです。
ダイコン、ナス、ウリ、キュウリ、ショウガ、ナタマメ、レンコン、シソ、タケノコ、シイタケ、トウガラシ、ゴマといった原料のうち、5種類以上を醤油やアミノ酸液で漬け込んだものが「ふくじん漬け」とされています。
製品重量が100gを超える場合は7種類以上使うことやダイコンの割合が固形物の8割未満であることなど、けっこう細かい規定まで存在するんですね。
ここまで規格が整備されている漬物は意外と珍しいんじゃないかなと思います。
カレーライスに福神漬が添えられる歴史的背景
福神漬とカレーライスの組み合わせは今では当たり前すぎて疑問に思わないですよね。でも実はこのコンビにも、けっこう深い歴史的な経緯があるんです。
日本郵船の欧州航路が始まりという説
福神漬がカレーライスに添えられるようになったのは1902年から1903年頃、日本郵船の欧州航路の客船で一等船客にカレーライスを出す際に添えられたのが最初だと言われています。
インドカレーに添えられるチャツネを切らしてしまい、コック用に用意していた福神漬で代用したという逸話もあるんですよね。
ただ、この話がどこまで史実に基づくものかは正直はっきりしない部分もあって諸説あるという前提で理解したほうが良さそうです。
日清・日露戦争で広まった携帯食としての一面
福神漬が全国的に知られるようになったきっかけとして意外と大きいのが日清戦争や日露戦争での携帯食としての利用なんです。
発酵食品のたくあんは戦地で悪くなりやすかった一方、非発酵の福神漬は保存性が高く、缶詰にして戦地に送られていたそうです。
戦地で毎日福神漬とご飯を食べていた兵隊たちが帰国後、故郷に持ち帰ったことで日本中に福神漬ブームが起きたと言われています。
この話、意外と知らない人が多いんじゃないでしょうか。
カレーとの組み合わせより前にまず戦争という背景で広まったというのは、ちょっと考えさせられる歴史ですよね。
福神漬の色や味の変化に見る意外な事実
福神漬といえば真っ赤なイメージを持つ人が多いと思いますが実はこれ、後から生まれた特徴なんです。
ここでは一般的にあまり語られない色と味の変遷を掘っていきます。
本来は無着色だった福神漬の色
本来の福神漬は無着色で茶色っぽい見た目だったとされています。
赤色になったのは第二次世界大戦後でチャツネの色に倣ったという説があるものの、専門家の間でも異論があって、単にご飯に映える色として赤が選ばれたのではないかという主張もあるんですよね。
1969年には「カレー専用」として自己主張しすぎないオレンジ色の福神漬が開発され、これが好評を得たことで、着色しない茶色タイプも支持されるようになったそうです。
個人的にはあの真っ赤な色が「本来の姿」じゃなかったというのが、けっこう驚きでした。
地域によって売れる色が違う不思議
メーカーの新進によると関東地方ではカレー用のオレンジ系福神漬がよく売れる一方、北海道や東北地方では赤い福神漬のほうが売り上げが良いという傾向があるそうです。
これはJAS規格で合成着色料の使用が禁止されて以降、天然着色料でコストをかけて赤くするより黄色系にするほうが安く済むという製造側の事情も絡んでいるみたいです。
地域ごとの好みの差ってこういう身近な食品にもちゃんと表れているんだなと、ちょっと興味深く感じました。
まとめ
福神漬の日について由来や歴史を振り返ってみるとこんなポイントが見えてきます。
- 福神漬の日は7月29日で漏物メーカーの新進が制定した記念日
- 日付は「しちふく」の語呂合わせで七福神にちなんだ命名の由来と結びついている
- 福神漬の名前の由来には山田屋説と了翁道覚説など複数の説がある
- カレーとの組み合わせは日本郵船の客船が起源という説があるが諸説あり
- 日清・日露戦争の携帯食としての普及も、福神漬が広まった大きな要因
月29日はいつものカレーに添える福神漬を食べながら、七福神にまつわるちょっとした由来話を思い出してみてはいかがでしょうか。

コメント