この記事を読めば8月11日の「ガンバレの日」がどうして生まれたのか、その由来や歴史がしっかりわかると思います。
カレンダーで「ガンバレの日」という文字を見かけて、正直なんの記念日か分からなかった方、けっこう多いんじゃないでしょうか。
私も最初調べるまでは「ガンバレって、応援の言葉をそのまま記念日にしたのかな」くらいにしか思っていませんでした。でも掘っていくと、想像以上に熱い歴史が詰まっていたんです。
ガンバレの日とは何か
まず結論からお伝えすると、ガンバレの日は1936年のベルリンオリンピックでの実況中継にまつわる記念日です。
8月11日に制定された記念日
ガンバレの日は毎年8月11日に巡ってくる記念日です。
日本記念日協会によって認定・登録されていて、正式に日本記念日協会のサイトにも掲載されています。
制定したのは和歌山県橋本市の「前畑秀子・古川勝顕彰活動委員会」という団体で、登録されたのは2023年(令和5年)なんですよね。
歴史的な出来事自体は昭和なのに、記念日としての制定は令和というのがちょっと意外だなと思いました。

前畑秀子選手の金メダルが由来
由来になっているのは水泳選手・前畑秀子さんが1936年8月11日にベルリンオリンピックの女子200m平泳ぎ決勝で優勝したことです。
地元ドイツの強敵マルタ・ゲネンゲル選手を振り切って、日本人女性として史上初のオリンピック金メダルを獲得しました。
この「日本女性初の金メダル」という部分が、ガンバレの日を語るうえで欠かせないポイントだと思います。
ガンバレの日の由来を深掘り
ここではなぜ「ガンバレ」という言葉そのものが記念日名になったのか、その背景を見ていきます。
ベルリンオリンピックの舞台裏
当時、前畑選手には「絶対に金メダルを」というものすごい重圧がかかっていたそうです。
日刊スポーツの記事によると、本人は「死んでおわび。負けたら日本に帰れない」というくらいの覚悟を持って泳いでいたとのことで、この覚悟の重さを知ると、実況の熱さにも納得がいくというか。
ちなみに前畑選手は4年前の1932年ロサンゼルス大会でも200m平泳ぎに出場していて、その時は0.1秒差で惜しくも銀メダルだったんです。
その悔しさをバネにした4年間だったのかなと、勝手に想像してしまいます。

河西三省アナウンサーの実況
レース中、NHKの河西三省アナウンサーが「前畑ガンバレ!」を連呼したラジオ実況が、記念日の名前の元になっています。
この実況はNHK史上初のオリンピック実況中継だったとも言われていて、その意味でも記念碑的な放送だったわけです。
ここ、実は連呼した回数について資料によって数字が少し違っていて、23回とする記事が多い一方、日刊スポーツでは24回という記述もありました。
細かく検証されたわけではなさそうなので、ざっくり「20回以上」というくらいの理解で良いのかなと思います。
レース後の「前畑勝った!」についても12回や15回と資料でブレがあってこの辺りは正直はっきりしないというのが実情っぽいです。
ガンバレの日の歴史を振り返る
ここでは1936年の出来事から現代の記念日制定まで、時間の流れを整理します。
1936年からの歩み
1936年の実況から約90年、この出来事は毎年8月11日と紹介され続けてきました。
ただ、記念日として正式に登録されたのは前述の通り2023年です。
つまり90年近く「みんなが知ってる有名な逸話」として語られ続けた末に、ようやく公式な記念日になったという流れなんですね。
この時間差がなんだか日本人がこの物語をどれだけ大切にしてきたかを表しているような気がします。
記念日認定の背景にある地元の思い
制定したのが和歌山県橋本市の団体だという点も実は結構深い意味があります。
前畑秀子さんは橋本市(当時は橋本町)出身で、紀の川で泳ぎを覚えた人なんです。
そして団体名にある「古川勝」さんも同じ橋本市出身のオリンピック金メダリストで、1956年メルボルン大会の200m平泳ぎで金メダルを獲得した方なんですよね。
同じ町から水泳の金メダリストが2人も出ているというのは、地元にとって相当な誇りだったんだろうなと感じます。
この事実、意外と知られていないんじゃないかなと思っていて、単に「前畑選手だけの記念日」だと思っていた人には、ちょっとした発見になるかもしれません。
前畑秀子選手その人を知る
由来を理解するうえで前畑選手自身がどんな人だったのかも触れておきたいです。
金メダルまでの道のり
前畑選手は1914年、和歌山県橋本町の豆腐屋の家に生まれました。
体が弱い子どもだったそうですが、家の近くの紀の川で泳ぐうちに実力をつけていったといいます。小学生の頃からすでに日本新記録を出すほどの実力者だったというのがなかなかすごいなと思うポイントです。
両親を相次いで亡くすという辛い経験もありながら、1932年ロサンゼルス、1936年ベルリンと2大会連続でオリンピックに出場し、最後にようやく金メダルを掴んだわけです。
引退後の人生とその後
引退後の前畑選手(結婚後は兵藤秀子)は、1976年に名古屋市で日本初の「ママさん水泳教室」を開設したそうです。
競技者として頂点を極めた人がその後は地域の普及活動に力を注いだというのも、けっこう印象的なエピソードだと思います。
1990年には女子スポーツ界初の文化功労者に選ばれ、1995年に80歳で亡くなりました。
ガンバレの日をどう過ごすか
最後にこの記念日を実際にどう楽しめばいいのか、私なりの提案を書いておきます。
応援の言葉が持つ力を考える視点
この記念日を知ってから「ガンバレ」という言葉の重みを前より意識するようになった気がします。
何気なく使っている応援の言葉が、90年前には国中を熱狂させるほどの力を持っていたわけですよね。
個人的には8月11日は誰かに「ガンバレ」と声をかける日にしてみるのも良いかもしれないなと思っています。
ちょっとベタかもしれませんが、家族や友人に一言かけるだけでも、意外と喜ばれるものだったりします。
山の日との重なりも楽しむ
余談ですが8月11日は「山の日」という国民の祝日でもあります。
同じ日に「頑張れ」という応援の記念日と「山の日」という自然に感謝する祝日が重なっているのも、なんだか面白い巡り合わせだなと感じます。
休みの日だからこそこういう歴史の話をゆっくり調べてみるのも良い時間の使い方かもしれませんね。
まとめ
ガンバレの日についてのポイントを整理すると、こんな感じです。
- ガンバレの日は毎年8月11日、日本記念日協会に登録された記念日
- 由来は1936年ベルリンオリンピック、前畑秀子選手の金メダル獲得
- NHK河西三省アナウンサーの「前畑ガンバレ!」連呼が名前の元になった
- 制定は2023年、和歌山県橋本市の団体によるもの
- 前畑選手と古川勝選手、同じ橋本市出身の金メダリストが2人いたことも背景にある
8月11日が来たら、ぜひ誰かに「ガンバレ」の一言をかけてみてください。
90年前の実況の熱さを思い出しながら過ごすといつもの一日がちょっと特別なものに感じられるかもしれません。

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