この記事を読めば5月24日が「ゴルフ場記念日」である理由と、日本のゴルフの起源がどのように生まれたかがまるごとわかります。
「そういえばゴルフ場記念日って何だろう?」と調べているあなた、実はこの記念日の裏側には、1人のイギリス人貿易商が私費を投じて山を手で切り開いた、かなりドラマチックな歴史が隠れているんです。
単純に「5月24日に何かできた」という話じゃなくて明治時代の神戸という港町が舞台の、なかなか読み応えのある物語なんですよね。😊
ゴルフ場記念日の基本情報
5月24日はどんな記念日?
5月24日は「ゴルフ場記念日」です。
これは、1903年(明治36年)のこの日、日本で初めてのゴルフ場である「神戸ゴルフ倶楽部」が兵庫県神戸市の六甲山上で正式に開場したことに由来しています。
ちなみに、制定主体や制定年は現時点では不明とされています。
つまり誰かが積極的に広めた記念日というよりも、歴史的な事実から自然発生的に語り継がれてきた日なんですよね。
「ゴルフ記念日」とは別物
少し紛らわしいんですが、「ゴルフ記念日」と「ゴルフ場記念日」はまったく別の記念日です。
| 記念日 | 日付 | 由来 |
|---|---|---|
| ゴルフ場記念日 | 5月24日 | 1903年、日本初のゴルフ場「神戸ゴルフ倶楽部」開場 |
| ゴルフ記念日 | 5月28日 | 1927年、第1回日本オープンゴルフ選手権が程ヶ谷カントリー倶楽部で開催 |
5月はゴルフ関連の記念日が2つも集まる月というのが、なかなか面白いですよね。
日本初のゴルフ場「神戸ゴルフ倶楽部」
アーサー・グルームという人物
神戸ゴルフ倶楽部を作ったのはアーサー・ヘスケス・グルーム(Arthur Hesketh Groom、1846〜1918年)というイギリス人です。
ロンドン生まれの彼は1868年、まだ22歳のときに神戸へやってきました。当時は幕末から明治へと移り変わる激動の時代、神戸が開港された年のことでした。
グルームは神戸で貿易商として成功し、お茶や生糸の取引を手がけるかたわら、神戸オリエンタルホテルの経営にも携わっていたそうです。
それだけじゃなく日本人女性・宮崎直と結婚して15人の子どもをもうけるなど、日本にどっぷりと根を下ろした人物でもありました。
日本人以上に日本を愛した人だったんだと思います。
ゴルフ場を作ろうと思ったきっかけ
グルーム自身はゴルフをやったことがありませんでした。
ところが1896年(明治29年)の夏、六甲山の山荘「101」で友人たちと夜話に興じていたとき、仲間の一人が「今や香港でもゴルフができるそうだ」と言ったのをきっかけに、グルームが「ここにコースを造ろうじゃないか」と言い出したのが全ての始まりだったそうです。
そのノリで動ける行動力、すごい。
当時50歳を超えていたグルームが自分でゴルフをしたこともないのに山を切り開いてゴルフ場を作ろうと思い立つというのは、かなり意外な事実じゃないでしょうか。
3年がかりの人力工事
思い立ったら即行動、というのがグルームらしいところで、土地を借り受けた後は岩を掘り起こし、雑草や笹の根を手鎌で刈り取り、ツツジの根を引き抜くという完全な手作業でコースを作り始めました。
1898年(明治31年)から工事を始めて3年かけて1901年(明治34年)秋に最初の4ホールが完成しています。
その後さらに9ホールに拡張され、1903年2月27日に神戸商工会議所で創立総会が開かれ、同年5月24日に正式な開場式が催されました。
開場式には兵庫県知事や神戸市長、イギリス領事らも列席したというかなり格式ある式典だったみたいです。
始球式の逸話が面白い
開場式の始球式でティーショットを打ったのはなんとゴルフ未経験の服部知事。
その第一打は「走り寄って拾えるほどのチョロだった」と語り草として伝えられているんです。
グルームはそのボールを自ら拾い、「永くクラブに保存して記念となす」と宣言。そのボールは今もクラブハウスのマントルピースに飾られているそうで、なんだか感動的ですよね。
当初は外国人専用だった
日本人は2年間プレーできなかった
開場当初、神戸ゴルフ倶楽部の会員はほぼイギリス人で、日本人もわずかにいたものの「名誉会員的な存在」だったと記録に残っています。
設立当初の目的はあくまで六甲山に別荘を持つ外国人たちのレジャーと社交の場だったためです。
日本人が正式にプレーできるようになったのは開場から2年後のことで、日本人ゴルファーにとって当初は肩身の狭い思いをする場所でもあったと言われています。
当時の会員構成
創立時の会員数は135名でそのうちドイツ人やフランス人、アメリカ人もわずかにいましたが、大多数はイギリス人でした。
川崎造船所(現・川崎重工業)の副社長・川崎芳太郎をはじめ、日本人も7名が名を連ねていたとされています。わりと多国籍な倶楽部だったんですね。
その後のコース発展
18ホールへの拡張
開場翌年の1904年(明治37年)には18ホールが完成し、全長3,576ヤード、ボギー78のコースに整備されました。
ティグラウンドやグリーンはすべて砂を固めて造られた「サンドグリーン」で、六甲山ならではの名物として長く親しまれたそうです。
各ホールには英語の愛称がついていて、たとえば1番ホールの「Dumpie(ダンピー)」はホールインワンをした人にグルーム愛飲のウイスキーを贈ることにちなんでいたとか。
18番ホールの「Deoch an Doruis」はゲール語で「一杯やって帰ろう」という意味だそうで、なんともイギリス人らしいセンスですよね😄
現在も現役のゴルフ場
神戸ゴルフ倶楽部は2003年に創立100周年、2023年に創立120周年を迎えた今も、六甲山上で現役のゴルフコースとして運営されています。
日本最古のゴルフ場として、歴史を重ねながら今も続いているというのは、なかなか感慨深いものがありますよね。
ゴルフ場記念日が持つ意味
日本のゴルフ史の起点として
ゴルフ場記念日はただの「何かが起きた日」ではなく、日本にゴルフというスポーツが根付いていく最初の一歩を象徴する日です。
神戸ゴルフ倶楽部の誕生から10年後に長崎・雲仙ゴルフ場(1913年)がさらに関東初のゴルフ場として東京ゴルフ倶楽部(1914年、埼玉)が続き、徐々に全国へとゴルフが広がっていきました。
最初は外国人専用のレジャー施設として始まったゴルフが、現代では日本を代表するスポーツの一つになったことを思うと、1903年5月24日という日がいかに大きな起点だったかが伝わってきます。
グルームが残した六甲山という遺産
ゴルフ場だけじゃなくグルームは六甲山全体の開発にも深く関わった人物でした。
自費で植樹を行い、禿山だった六甲山の緑化を推進させたともいわれています。
その功績をたたえて毎年6月の六甲山・山開きには「六甲山グルーム祭」が開催され、記念碑台にはグルームの胸像も建てられています。
5月24日のゴルフ場記念日はそんなグルームの遺産を振り返るきっかけにもなる日なのかもしれません。
まとめ
- ゴルフ場記念日は5月24日で1903年(明治36年)に日本初のゴルフ場「神戸ゴルフ倶楽部」が六甲山で開場した日に由来
- 作ったのはイギリス人貿易商・アーサー・ヘスケス・グルームで、自身はゴルフ未経験ながら仲間との会話をきっかけにゴルフ場建設を決意
- 着工から3年かけた人力工事で1901年に4ホールが完成、その後9ホール→18ホールへと拡張
- 当初は外国人専用のゴルフ場で日本人が正式プレーできるようになったのは2年後のこと
- 5月28日の「ゴルフ記念日」とは別の記念日なので混同に注意
- 神戸ゴルフ倶楽部は2023年に創立120周年を迎え、今も六甲山上で現役のゴルフ場として運営中

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