この記事を読めば5月7日が「博士の日」とされる理由、その歴史的背景、日本初の博士たちの素顔まで、ひとまとめに理解できます。
「博士の日」って聞いたことはあっても
「なんで5月7日なの?」
「誰が最初の博士なの?」
って疑問、意外と調べにくいんですよね。
実は明治時代の日本を揺るがした制度変革に直結していて知ってみるとけっこう面白い話なんです。
博士の日って何?まず基本から
5月7日は「博士の日」として知られる記念日です。
1888年(明治21年)5月7日に、文部省から日本で初めて25名の学者に博士号が授与されたことに由来しています。
この一日をきっかけに、日本の学術界の歴史が大きく動いたといっても過言ではないと思います。
誰が何のために制定したの?
「博士の日」は国や公的機関が公式に制定したというより、この歴史的な出来事が起きた日付をそのまま記念日として扱うようになったというのが実態みたいです。
法律で定められた祝日ではないものの毎年5月7日になると各メディアやWebサイトが取り上げる記念日として定着しています。
ちなみに、同じ5月7日には「コナモンの日(コ=5、ナ=7)」も存在していて記念日がにぎやかな日でもあります。
博士の日の由来 明治21年に何が起きたのか
「博士の日」のルーツは明治初期の日本が急ピッチで進めた近代化政策にあります。
学位令の公布(明治20年)
1887年(明治20年)5月21日、政府は「学位令」(勅令第13号)を公布しました。
これは日本で初めて学位制度を体系的に定めた法令で当時の学位は「博士」と「大博士」の2等が設けられていました。
博士の種類は法学博士・医学博士・工学博士・文学博士・理学博士の5種類。
授与権は文部大臣にあり、「大学院で所定の試験を経た者」か「それと同等以上の学力がある者」に与えるとされていました。
翌年、いよいよ最初の博士が誕生
学位令の公布から1年後、1888年(明治21年)5月7日に文部省が25名の学者に一斉に博士号を授与しました。これが日本における博士号の始まりです。
面白いのがこの最初の25人は論文審査によって選ばれたわけではなかったという点。
「教育や学術への貢献が評価された」、いわば今でいう名誉博士的な扱いだったんです。
論文審査を経た「本格的な博士号」の誕生はさらに3年後のことになります。
日本初の博士25人、その顔ぶれ
1888年に博士号を授与された25名は当時の日本学術界を支えた錚々たる人物たちでした。
各分野の代表的な博士たち
授与された博士号は5種類に分かれており、それぞれに5名ずつというわけではなく、分野ごとにまとまって選ばれていました。
代表的な人物として
- 植物学者・伊藤圭介(理学博士)
日本初の理学博士の一人。のちに初代の東京学士会院会員にも就任) - 数学者・菊池大麓(理学博士)
東京大学で数学教育の基礎を作った人物 - 物理学者・山川健次郎(理学博士)
東京帝国大学総長なども歴任した教育者 - 法学博士のグループには箕作麟祥、田尻稻次郎、菊池武夫、穂積陳重、鳩山和夫の5名
法学・医学・工学・文学・理学の5分野合わせて25名が一度に選ばれたわけで、「日本の学術的礎を作った人たちが一堂に認定された瞬間」だったんだなと、個人的には感慨深いものを感じます。
当時「大博士」という学位も存在していた
これ、意外と知られていないんですが最初の学位令では「博士」の上位に「大博士」という学位が設けられていたんです。
ただ、この「大博士」は1898年(明治31年)まで一度も授与されることなく廃止されてしまいました。
誰もそのレベルに達しなかったというか、基準が厳しすぎたのかもしれないですね。
学位制度のその後の歴史
最初の博士号授与から学位制度は時代とともに何度も形を変えています。
明治31年の改正で大博士が廃止
1898年(明治31年)、学位令が全部改正され、大博士制度は廃止されました。
同時に、それまで5種類だった博士の分野に薬学・農学・林学・獣医学が加わり、9種類に拡充されています。
京都帝国大学の誕生と時期が重なるなど高等教育の広がりが制度改正の背景にあったとされています。
論文博士と課程博士の分化
最初の25人は「名誉博士的扱い」でしたがその後は論文審査が軸となり、現在のような課程博士(大学院で一定期間研究して取得)と論文博士(論文のみで取得)の二つの形が並立する時代が続きました。
現在の日本の学位制度は1991年の学位規則改正以降の枠組みが基盤となっており、大学院での課程修了が博士号取得の主流になっています。
「博士の日」を別の角度から見ると
記念日としての「博士の日」を深掘りしてみるとけっこう考えさせられることがあります。
「末は博士か大臣か」という言葉の変遷
昔の日本には「末は博士か大臣か」という言い回しがありました。
子どもを褒める最大の表現として使われていたわけで、それだけ「博士」という称号が社会的に高い威信を持っていたんです。
今はどうかというと…個人的な肌感で言うと博士号に対する社会のイメージが以前と変わってきている部分も否定できない気がします。
現代の博士は何人いるの?
文部科学省の統計によると日本で年間に授与される博士号は近年おおむね1万5,000件前後で推移しています(正確な最新数値については文科省の公式統計をご確認ください)。
1888年に25名が一度に選ばれた瞬間から数えると日本の博士の総数は膨大な数に上ります。
最初の「名誉博士25名」から始まったこの制度が、ここまで大きく育ってきたというのは素直にすごいことだと思いますね。
まとめ
- 5月7日「博士の日」は1888年(明治21年)に日本初の博士号が25名の学者に授与されたことに由来する記念日
- 前年の1887年に公布された「学位令」が制度的な土台で博士・大博士の2等と5種類の分野が定められた
- 最初の25人は論文ではなく「学術・教育への貢献」が評価された名誉博士的な扱いで、伊藤圭介・菊池大麓・山川健次郎らが含まれる
- 「大博士」という幻の学位が存在したが一度も授与されずに1898年廃止された
- 以降の学位令改正で博士の分野は拡充され、現代の課程博士制度へとつながっている
「博士の日」の起源を知ると明治時代の日本が近代国家を作り上げようとしていた熱量みたいなものを少し感じませんか?
たった25人から始まった博士制度が今の学術世界の礎になっているというのはやっぱり感慨深いなと思います。


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