8月15日は「イエズス会結成の日」って知っていましたか?
この記事を読めばなぜこの日がイエズス会の記念日になったのか、そして当時どんな出来事があったのかがしっかりわかると思います。
世界史の授業で名前だけ聞いたことがある、フランシスコ・ザビエルとの関係が気になっている、そんな方にこそ読んでほしい内容になっています。
イエズス会結成の日とはどんな記念日?
まずはこの記念日がどういう出来事を由来にしているのかざっくり押さえておきましょう。
8月15日に何があったのか
1534年8月15日、パリ郊外にあるモンマルトルの丘で、7人の若者たちが人生をかけた誓いを立てました。それがイエズス会の始まりとされています。
場所は聖ドニ(サン・ドニ)記念聖堂の地下にある小さな聖堂で、当時パリ大学に通っていた学生たちが集まったんですね。
正直、教会の正式な設立というよりは仲間内の熱い約束というのが実態に近いのかなという気もします。
モンマルトルの誓いの内容
彼らが立てた誓いは貞潔と清貧、そしてエルサレムへの巡礼という三つの柱でした。
エルサレムに行けなかった場合は教皇の望むところならどこへでも赴く、という条件付きだったのも印象的です。
今の感覚だとちょっと壮大すぎる約束に思えますが当時の宗教改革の混乱を考えると、こういう覚悟が必要とされていたのかもしれません。
イエズス会結成のきっかけになった人物たち
ここでは誓いを立てた中心人物たちについて見ていきますね。
イグナチオ・デ・ロヨラという人
中心にいたのはイグナチオ・デ・ロヨラです。
バスク地方出身でもともとは戦場で活躍した軍人だったというのがけっこう意外な経歴だなと思います。
戦傷をきっかけに療養中に宗教書を読みふけり、そこから人生が大きく変わっていったそうです。
マンレサという場所での神秘的な体験も彼の思想に大きな影響を与えたと言われています。
最初の6人の仲間たち
ロヨラと一緒に誓いを立てたのはフランシスコ・ザビエル、ピエール・ファーブル、ディエゴ・ライネス、アルフォンソ・サルメロン、ニコラス・ボバディリャ、シモン・ロドリゲスの6人です。合計7人。
この中のフランシスコ・ザビエルがのちに日本にキリスト教を伝えた人物として知られているのは、日本人としてはやっぱり親近感が湧きますよね。
なぜ8月15日が選ばれたのか
この日付にはちゃんと意味があります。ただの偶然ではなさそうです。
聖母被昇天の祝日との関係
8月15日はカトリックにおいて「聖母被昇天の祝日」にあたります。
聖母マリアが天に召されたとされる特別な日で、この日を選んで誓いを立てたのは、単純にたまたまその日に集まったというより、意図的に聖母被昇天の祝日を選んだ可能性が高いんじゃないかなと思います。
あくまで自分の見立てですが宗教的な節目に人生の決意を重ねるという発想は当時のカトリック信仰においては自然な流れだった気がします。
場所はパリのモンマルトル
場所として選ばれたモンマルトルはパリの守護聖人である聖ドニが殉教した場所とされ、古くから信仰の対象になっていた土地でした。
殉教者ゆかりの地で誓いを立てるというのも彼らの覚悟の強さを表しているように感じます。
ちなみに現在この場所にはサン・ピエール・ド・モンマルトル教会が建っているそうです。
誓いから正式な修道会になるまでの流れ
8月15日の誓いだけで終わらずそこからどう発展していったのかも大事なポイントです。
1536年の誓願更新と仲間の増加
誓いを立てた2年後の1536年、同じ8月15日に誓願の更新が行われました。
このときクロード・ル・ジェ、ジャン・コデュール、パスカーズ・ブロエという3人の新しい仲間が加わり、合計10人になっています。
少しずつ仲間が増えていく様子から単発の集まりではなく継続的な運動になっていったことがうかがえますね。
1540年ローマ教皇による正式認可
そして1540年9月27日、教皇パウロ3世が「レジミニ・ミリタンティス・エクレジエ」という教書を出し、イエズス会は正式な修道会として認可されました。
つまりモンマルトルの誓いから発足まで、実に6年もかかっているんですね。
この期間の長さは意外と知られていないんじゃないかなと思います。
イエズス会という名前の由来
名前の由来にも触れておきたいと思います。
ロヨラたちは自分たちを「イエズスの友」と呼んでいましたが、正式名称は「Compañía de Jesús」、英語で言うところの「Society of Jesus(イエズスの会社・仲間)」です。
日本語では「イエズス会」や、かつては「耶蘇会」とも表記されていました。
個人的には「イエズスの友」という最初の呼び方のほうが結成当初の熱量が伝わってきて好きだったりします。
イエズス会のその後の歩み
結成から現在まで決して平坦な道のりではなかったようです。
弾圧と一時的な解散
イエズス会はその後、教育や宣教で大きな成果を上げる一方、教皇至上主義的な立場がヨーロッパ各国の反感を買い、1773年には教皇クレメンス14世によって解散を命じられるという事態にまで至りました。
せっかく築き上げたものが一度は失われかけたわけで正直かなり大きな挫折だったんじゃないかなと思います。
ロシアでの存続と復活
ところがロシア皇帝エカテリーナ2世の保護もあって解散命令の及ばない地域で組織が生き残り、1814年に正式に復活しています。
一度は消えかけた組織が生き延びたという経緯はなかなかドラマチックですよね。
現在の規模
そして現在、イエズス会は世界112カ国前後で活動し、会員数はおよそ1万3千人から2万人規模とされています。
数字に幅があるのは統計を取る年や機関によって差があるためで細かく検証したわけではないのですが、カトリック教会の男子修道会としては世界で2番目に大きい規模とされています。
教育活動に力を入れているのも特徴で上智大学が日本におけるイエズス会系の大学として知られています。
フランシスコ・ザビエルと日本への布教
日本の読者にとってやはり気になるのはザビエルとの関係だと思います。
モンマルトルで誓いを立てた7人の一人だったフランシスコ・ザビエルは、1549年に日本へ上陸し、日本で初めてキリスト教を伝えた人物として知られています。
結成からわずか15年後にははるか極東の日本にまで宣教師が渡ってきていたと考えると、当時のイエズス会の行動力の速さがけっこう伝わってくるなと感じます。
要するに、8月15日の誓いは日本の歴史とも無関係ではなかったということですね。
まとめ
イエズス会結成の日について押さえておきたいポイントを整理しておきます。
- 1534年8月15日、パリのモンマルトルでイグナチオ・デ・ロヨラら7人が誓いを立てたのが由来
- 誓いの内容は貞潔、清貧、エルサレム巡礼の三つ
- 8月15日は聖母被昇天の祝日にあたり、意図的にこの日が選ばれたと考えられている
- 正式な修道会としての認可は1540年、教皇パウロ3世による
- 1773年に一度解散を命じられたが1814年に復活
- 現在は世界112カ国前後、会員1万人台から2万人規模で活動中
- フランシスコ・ザビエルを通じて日本の歴史とも深いつながりがある
こうして振り返ってみると8月15日という一日の誓いが、500年近く経った今でも世界中の教育や宣教活動につながっているのはすごいことだなと思います。
歴史の教科書で見かけたイエズス会の背景に、こんな人間味のあるエピソードがあったんですね。


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