ジャパンパラリンピックデーとは?由来や歴史を解説【8月24日】

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8月24日が「ジャパンパラリンピックデー」だってご存知でしたか?

この記事を読めばこの記念日がいつ誰によって制定されたのか、そして日付の由来や日本のパラリンピックの歴史まで、まるごと理解できると思います。

カレンダーでこの日を見かけて「なんの日だろう」と気になった方、まさにこの記事はそのための内容ですね。

目次

ジャパンパラリンピックデーとは何か

まずは記念日そのものの基本情報をお伝えしますね。誰が制定してどんな目的があるのか、ここを押さえておくと後の話がすっと入ってくると思います。

制定した団体について

ジャパンパラリンピックデーを制定したのは公益財団法人日本パラスポーツ協会日本パラリンピック委員会(Japan Paralympic Committee、略してJPC)です。

日本のパラスポーツ全体を統括する立場にある組織が、自分たちの手でこの記念日を作ったというのがポイントですね。

単に語呂合わせで決めた日ではなく、組織としての明確な意図があったわけです。

記念日として認定された経緯

この記念日は2021年に一般社団法人日本記念日協会によって正式に認定・登録されました。

日本記念日協会というのは、企業や団体が申請した記念日を審査して登録する機関で、いわば「公式のお墨付き」をもらったということになります。

ちなみに登録された年が2021年というのはあとで説明する日付の由来ともぴったりつながってくるんですよ。

8月24日という日付の由来

ここではなぜ8月24日なのか、その理由を具体的に見ていきます。実はこの日付、当初の計画とは少しずれた経緯があるんです。

東京2020パラリンピック開幕式との関係

日付の根拠は、2021年8月24日に「東京2020パラリンピック競技大会」が開幕したことにあります。

開催期間は同年8月24日から9月5日までの約2週間で、この開幕という節目の日を記念日にしたわけですね。

パラリンピックが東京で開催されたという事実を国民の心に深く留めてもらい、パラスポーツやパラアスリートへの関心を高めることが目的だとされています。

個人的には単に「開催した」という記録だけでなく「関心を高める」という前向きな目的がしっかり掲げられているのが印象的でした。

コロナ延期で生まれた1日違いの記念日

ここ、けっこう面白いところなんですが、実はもともと東京パラリンピックは2020年8月25日に開幕する予定でした。

その計画に合わせて、特定非営利活動法人アダプテッドスポーツ・サポートセンター(ASSC)が「パラスポーツの日」として8月25日を記念日にしていたんです。

ところが新型コロナウイルスの世界的流行で大会が1年延期になり、実際の開幕は2021年8月24日にずれ込みました。

そのため、後から制定されたジャパンパラリンピックデーは8月24日、先にあったパラスポーツの日は8月25日という、1日違いのふたつの記念日が並んで存在することになったんですね。

なんというか、コロナ禍という時代背景がそのまま記念日の日付に刻まれているというのはあまり知られていない視点かもしれません。

パラリンピックの歴史をたどる

ここでは日本とパラリンピックの関わりを歴史的に整理します。8月24日という記念日の背景を理解するには、やっぱり過去の大会を知っておくのが近道ですよね。

1960年ローマ大会と原点

パラリンピックの原点は1960年、イタリアのローマで開催された第9回ストーク・マンデビル競技大会にあります。

当時はパラリンピックという名称ではありませんでしたが、後になって第1回パラリンピックとして位置づけられました。

ストーク・マンデビルというのはイギリスの病院名に由来する言葉で、脊髄損傷者のリハビリテーションとしてスポーツを取り入れた活動が発展していった流れがあるんです。

1964年東京大会がもたらした変化

その4年後の1964年、第2回夏季パラリンピックが日本の東京で開催されました。

当時は「国際身体障害者スポーツ大会」という名称で呼ばれていて、日本からは53人の選手が参加しています。

開会式は同年11月8日、代々木の織田フィールドで行われ、当時皇太子だった上皇さまと皇太子妃の上皇后さまが名誉総裁として臨席されました。

実はこの東京大会のときに「パラリンピック」という言葉自体が初めて考え出されたと言われていて、国際的にも大きな節目の大会だったんですよ。

オリンピック閉会後の同じ都市で続けて開催するという形式も、1960年のローマに続いて東京が2回目という珍しいケースだったそうです。

この大会以降、オリンピック開催都市がそのままパラリンピックも主催するという流れが定着していったのはなんだか感慨深いものがありますね。

日本パラリンピック委員会の歩み

記念日を制定したJPCという組織がどう生まれたのかを見ていきます。組織の背景を知ると、記念日への理解もより深まると思います。

発足の背景

1998年3月に長野で第7回冬季パラリンピックが開催され、日本人選手の活躍が大きな感動を国民に与えました。

この大会をきっかけに、遅れがちだった競技スポーツの分野をもっと促進しようという流れが生まれ、日本障がい者スポーツ協会の内部組織として日本パラリンピック委員会が1999年8月20日に厚生省(現在の厚生労働省)の認可を受けて発足したんです。

長野大会の成功体験がそのまま組織づくりの原動力になったというのは、なかなか筋の通った歩みだなと感じます。

長野1998大会との関わり

長野1998は冬季大会だったため、規模としては夏季大会に比べて小さかったものの、日本人選手のメダル獲得が相次いだことで一気にパラスポーツへの注目度が上がったと言われています。

この盛り上がりが翌年のJPC発足だけでなく、その後2021年の記念日制定という流れにまでつながっているとすれば、長野大会は今のジャパンパラリンピックデーの土台を作った大会と言えなくもないというか、そんな見方もできるかもしれません。

ここはあくまで自分の見立てで、公式に明言されている因果関係ではない点はご了承くださいね。

記念日が目指すもの

この記念日が実際に何を目指しているのか目的の部分を掘り下げてみます。

パラスポーツへの関心を高める意義

ジャパンパラリンピックデーの目的はパラリンピックが東京で開催されたことを国民の記憶に深く刻み、パラスポーツやパラアスリートへの関心を高めることだとされています。

ただの記念日として終わらせず、毎年この日をきっかけにパラスポーツの情報に触れてもらいたい、という意図が込められているんだと思います。

レガシーとしての未来

もう一つの大きな目的がパラリンピック・ムーブメントをレガシーとして発展させていくことです。

レガシーというのは大会が終わった後に社会に残る価値や仕組みのことを指す言葉ですね。

東京2020パラリンピックという一大イベントを単発の思い出で終わらせず、共生社会づくりや障がい者スポーツの普及に長く役立てていこうという姿勢が感じられます。

ちなみにパラリンピックのシンボルであるアギトス(三本の帯のマーク)は、赤・青・緑の三色で構成されていて、それぞれ「心」「肉体」「魂」を表現しているという解説もあります。

ただこの色の意味づけについては国際パラリンピック委員会の公式説明とは表現が異なる場合もあるようなので、あくまで一つの解釈として受け取ってもらえるといいかなと思います。

まとめ

ジャパンパラリンピックデーについて、由来や歴史を整理してきました。最後にポイントをまとめておきますね。

  • 8月24日はJPC(日本パラスポーツ協会日本パラリンピック委員会)が制定し、2021年に日本記念日協会が認定した記念日
  • 日付は2021年8月24日の東京2020パラリンピック開幕日に由来する
  • もともとの計画では2020年8月25日開幕予定で、その日付を使った別の記念日「パラスポーツの日」も存在する
  • 日本のパラリンピック参加は1964年東京大会が始まりで、53人の選手が出場した
  • 「パラリンピック」という言葉自体が1964年東京大会で初めて考え出されたと言われている
  • 1998年長野冬季大会の盛り上がりがJPC発足の後押しとなった
  • 目的はパラスポーツへの関心向上と、パラリンピック・ムーブメントを未来へつなぐレガシーづくり

こうして振り返ると8月24日という一日には、日本のパラスポーツの歴史がぎゅっと詰まっているんだなと改めて感じました。

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