傘の日とは?由来や歴史を解説【6月11日】

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この記事を読めば6月11日「傘の日」の由来や制定の背景、傘の歴史、雨の日マナーまでひとまとめに理解できます。

「なんとなく知ってる」

から

「人に話したくなる」

レベルまで、一緒に掘り下げていきましょう。

目次

傘の日とは何か

6月11日は「傘の日」として知られていますが誰がいつどんな目的で制定したのか、意外と知らない方も多いんですよね。

日本洋傘振興協議会が制定した記念日

傘の日は1989年(平成元年)に日本洋傘振興協議会(JUPA)が制定した記念日です。

JUPAは東京・台東区浅草橋に事務局を置く団体で、1963年3月に全国の洋傘製造業者の有志によって設立されました。傘の品質向上や安全性の確立、正しい使い方の普及などを目的に活動しています。

傘の販売促進と傘の使い方に関するモラルの向上を目指す、というのがこの記念日の趣旨。当時1989年というのは平成が始まった年でもあるので、なんかタイミングが重なっていて印象深いですね。

なぜ6月11日なのか

日付の選び方が個人的にかなり好きだなと思っていて。

6月11日に設定された理由は暦の上で「入梅(にゅうばい)」にあたることが多い日だからです。

「入梅」って何?雑節との関係

傘の日を理解するには「入梅」という言葉を知っておく必要があります。これが傘の日の根っこの部分になっています。

入梅は暦の「雑節」のひとつ

入梅とは梅雨入りの時期に設定された雑節(ざっせつ)のひとつです。

雑節というのは二十四節気を補う形で日本の気候や農事に合わせて独自に発展した特別な暦日のこと。

現在の定気法では、太陽黄経が80度のときを入梅と定めていて、新暦では6月11日頃にあたります。年によって1日程度ずれることもあるみたいです。

実は「入梅」と「梅雨入り」は別物。

入梅はカレンダー上で固定的に決まる暦の上の概念なのに対し、梅雨入りは気象庁が実際の気象データをもとに発表するもの。ここ、混同しがちなポイントです。

「梅」の字が入る理由

入梅の「梅」は梅雨の「梅」と同じ。

この季節は梅の実が熟す頃でもあるため、名前に「梅」の字が使われています

梅が実り、雨が降り、傘を使う機会が増える。

そういった季節の流れがそのまま記念日の名前に凝縮されているわけです。

傘の歴史 4000年をたどる旅

傘ってこんなに長い歴史があるとは最初に調べたとき正直驚きました。

起源は古代エジプトとギリシャ

傘の起源はおよそ4000年前に遡ると言われています。

古代エジプトやペルシャの壁画・彫刻画に傘が描かれており、当時は王族や貴族など高貴な人の「日よけ(日傘)」として使われていました。

傘が一般的に使われ始めたのは古代ギリシャ時代のこと。

アテネの貴婦人たちが日傘を従者に持たせて歩いている絵が残されているそうです。今でいう「日傘を差してもらう」感覚、なんかちょっと想像するとリアルですね。

当時は開閉機能もなく雨をしのぐ用途もなかったようです。傘がもともとはステータスシンボルだったというのは、意外な真実かもしれません。

雨傘への転換点はイギリスにあった

長い間、日傘としてのみ使われてきた傘が雨よけとして使われるようになったのは、18世紀半ばのイギリスがきっかけです。

旅行家のジョナス・ハンウェーが、外国の旅先で傘が雨をしのぐ道具として使われているのを見て感激し、ロンドンの街で傘をさして歩き回ったのがその始まり。

最初は周囲に「変わり者」と思われたそうですが、その行動が雨傘文化の普及につながっていきました。

日本への伝来と和傘の誕生

日本に傘が伝わったのは飛鳥時代から奈良時代にかけてのことと言われています。

日本書紀(720年完成)によると、6世紀半ばに百済から仏教とともに仏具としての「傘」が献上されたとの記録が残っています。

当時の傘は天蓋式で開閉もできず重さもかなりあったようです。その後、平安時代以降に製紙や竹細工の技術が向上し、和紙に油を塗った防水性のある開閉できる「和傘」が誕生しました。

室町時代になると「油紙傘」が登場し、ようやく雨傘として使われ始めます。

江戸時代には番傘や蛇の目傘など多彩なデザインが生まれ、傘は実用品だけでなく粋を表すアイテムにもなっていきました。

洋傘の渡来と普及

日本に洋傘が渡ってきたのは江戸時代のこと。

1804年の長崎入港の中国船に「黄どんす傘一本」との記述があり、これが洋傘渡来の最古の記録とされています。

とはいえ、当初の洋傘は非常に高価で武家や医師などの一部の人しか使えませんでした。

状況が変わったのは1854年のペリー来航で、多くの日本人が初めて洋傘を目にしたことで注目度が高まり、本格的な輸入につながっていきました。

洋傘は当時「アンブレラ」や「蝙蝠(こうもり)傘」とも呼ばれていたそうです。黒い傘骨と傘布の様子がコウモリの翼に似ていたからだと言われています。

1869年頃には国産の洋傘も作られるようになり、明治時代の文明開化とともに庶民にも広まっていきました。

傘の落とし物と忘れ物、その実態

傘の日の制定目的のひとつに「傘の使い方などモラルの向上」がありますが、その背景にはリアルな数字があります。

年間で驚くほどの忘れ物が…

警視庁の遺失物センターに届けられる傘の忘れ物は年間24万〜35万本ともいわれています。令和2年のデータでは約24万本で、拾得物全体の約7.9%を占めています。

ちょっとこれ、多すぎませんか?😅梅雨時に「まあいっか」という心理で傘を置き忘れてしまう経験、私も正直あります。

傘の忘れ物が多い理由として「雨が上がった後に持ち帰る必要性を感じにくい」「安いビニール傘だから惜しくない」という心理が挙げられます。

記念日を通じてこういったモラル意識を高めようとした意図が、設定された背景にあるわけです。

雨の日に知っておきたい傘のマナー

傘の日の趣旨である「傘の使い方マナーの向上」にも触れておきたいと思います。意外と見落としていることもあるかもしれません。

電車内での傘の持ち方

電車に乗るときは濡れた傘は必ずベルトで留めてから乗車するのが基本です。

混雑している車内では傘を体の正面で両足の間に垂直に立てて持つのがベター。

傘の石突き(先端)は凶器になりうるので、自分の視界の範囲内に入れて持ち歩くことが大切です。横から持つと後ろの人に石突きが向いてしまうので、これは要注意ですね。

濡れた傘をビニール袋に入れるのも、周りへの気遣いとしてかなり有効。スーパーで配られる袋を取っておくと、いざというときに使えます。

「傘かしげ」という江戸のマナー

個人的にすごく好きな話なのですが、江戸時代から伝わる「傘かしげ」という作法があります。

雨の中で傘を差しながら人とすれ違うとき、相手に傘が当たらないように傘を外側へ傾けてよけるというもの。

江戸の人たちが雨の日にもこれほど細かい礼儀を持っていたと知って、なんか感動するというか文化の奥深さを感じました。現代でも普通に使える作法ですよね。

まとめ

  • 「傘の日」は1989年に日本洋傘振興協議会(JUPA)が制定した記念日で傘の販売促進とモラル向上が目的
  • 6月11日に設定された理由は、暦の「入梅」にあたることが多い日だから
  • 入梅は雑節のひとつで、太陽黄経80度のタイミング(6月11日頃)を指す
  • 傘の歴史は約4000年前の古代エジプト・ギリシャにまで遡り、当初は日傘として貴族のみが使用
  • 雨傘としての普及はイギリスの旅行家ジョナス・ハンウェーがきっかけ(18世紀半ば)
  • 日本には飛鳥〜奈良時代に中国から伝来し、和傘から洋傘へと進化
  • 年間24万本以上の傘が忘れ物として届けられており、マナー意識の向上が求められている

傘って毎日のように使うわりに歴史を振り返る機会がなかなかないですよね。6月11日の傘の日を、雨の日との向き合い方を少し見直すきっかけにしてみてはいかがでしょうか☔

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