黄ぶなの日とは?由来や歴史を解説【9月27日】

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9月27日が「黄ぶなの日」だと知って、由来や歴史が気になって調べている方も多いのではないでしょうか。

この記事を読めば黄ぶなの日が制定された理由から、栃木県宇都宮市に伝わる黄ぶなの言い伝え、記念日として広まっていった経緯まで、まるっと理解できると思います。

宇都宮の郷土玩具にちょっと興味が湧いてきた方にも、地域の記念日について調べ物をしている方にも、役立つ内容にまとめてみました。

目次

黄ぶなの日の基本情報

ここでは黄ぶなの日がいつ誰によって制定されたのか、日付の由来も含めて整理します。

制定日と語呂合わせの由来

黄ぶなの日は毎年9月27日にあたる記念日で、栃木県宇都宮市の黄ぶな推進協議会が制定しました。

日付の由来はいたってシンプルで、9(き)2(ぶ)7(な)という語呂合わせから来ているんですね。

数字の読み方を工夫して地域の文化を覚えてもらう手法は記念日づくりの定番といえば定番ですが、「きぶな」という音の響きにぴったりハマっているのが個人的にはよくできているなと感じます。

日本記念日協会への登録

この記念日は2023年4月14日に一般社団法人日本記念日協会の認定を受けています。

しかも郷土玩具を由来とする記念日としては初の認定だったそうで、これはなかなか珍しい部類に入るのではないでしょうか。

制定から認定までのスピード感を見ると地域の熱量がそのまま形になったような印象を受けます。

黄ぶなとは何か

黄ぶなの日を語るうえで欠かせないのが、そもそも黄ぶなという郷土玩具そのものの存在です。

ここを読むと黄ぶながどんな見た目でどんな意味を持つ縁起物なのかがわかります。

赤と黄色が鮮やかな張り子人形

黄ぶなは長さおよそ30センチメートルの細い竹竿に吊り下げられた張り子人形です。

頭部は赤色、ひれは黒色、胴体が黄色、尻尾が緑色というかなり色鮮やかな配色になっていて、赤い顔には厄除けや疫病退散の意味が込められているといわれます。

ふっくらとした胴体のフォルムも愛らしく、宇都宮のご当地キャラクターや日本酒の銘柄、こいのぼりなどにも展開されているほど、地元での存在感は大きいです。

神棚に供える正月の縁起物

もともと黄ぶなは正月の初詣や1月11日の初市で買い求め、神棚に供える縁起物として親しまれてきました。

年の暮れに行われる二荒山神社の神事「おたりや」では、だるまなど他の縁起物と一緒に焼くという風習もあったようです。

無病息災を願う年始の行事として宇都宮の暮らしに自然と溶け込んでいた存在だったんですね。

黄ぶなの由来となった言い伝え

黄ぶなの日を理解するうえで一番大事なのがこの由来となった昔話ではないかと思います。ここでは伝承の内容とそこにある不明点まで踏み込んで解説します。

天然痘を治した黄色い鮒の伝説

伝承によると昔宇都宮で天然痘という伝染病が大流行した際、ある人が市内を流れる田川で黄色い鮒を釣り上げ、それを病人に食べさせたところ病が治ったといわれています。

しかも、この鮒を食べた人はその後長く病気にかからなかったとも伝わっているんですね。

とはいえ黄色い鮒はそう簡単に釣れるものではなかったため、代わりに張り子で鮒の姿を模した「黄ぶな」を作り、年の初めに軒下や神棚に飾って無病息災を願う習慣が生まれたそうです。

起源の記録は実は残っていない

ここが個人的にすごく気になったところなんですが、この言い伝えがいつ生まれたのか、正式な記録は残っていないようです。

江戸時代末期ごろには旧南新町、現在の不動前あたりで既に張り子が作られていたことは確認できているものの、伝説そのものの発祥時期はわかっていないというのが実情みたいですね。

口伝えで受け継がれてきた昔話だからこそ起源がぼやけているというのは、郷土玩具ならではの奥深さだなと思います。

憶測になりますが疫病が繰り返し流行した江戸期の生活の中で、複数の類似した体験談が徐々に一つの物語として定着していった可能性もあるのかなという気もしています。

黄ぶなを支えてきた職人の歴史

黄ぶなという文化が残っているのは作り続けてきた人たちがいたからです。ここを読むと黄ぶな制作の担い手がどう変わってきたかがわかります。

農家の副業から一子相伝の技術へ

かつて黄ぶなは宇都宮市南新町の農家の人々が副業として盛んに制作していました。

ところが昭和初期に作り手が減少し、西原町の浅川仁太郎氏とその次男の浅川俊夫氏の二人だけが技術を継承する状態になってしまったそうです。

一時期は技術が途絶えかけたわけですから、けっこう危うい局面だったといえるでしょう。

ふくべ細工職人による継承

浅川氏が亡くなった後、しばらく空白期間があったものの、かんぴょうやふくべ細工を手がけていた小川昌信氏が黄ぶなの消失を惜しむ声に応える形で技術を引き継ぎました。

小川氏はその後、伝統的な張り子だけでなくストラップやキーホルダー、ハンチング帽といった派生グッズも開発し、黄ぶなを現代に合った形で広めています。

一人の職人の判断で文化がつながったというのは思った以上に地域の宝を守るうえで大きな意味を持っていたのではないでしょうか。

コロナ禍で再注目された黄ぶな

黄ぶなの日が生まれた直接のきっかけといえるのが新型コロナウイルス流行期の出来事です。ここでは記念日誕生の背景を掘り下げます。

SNSで広がった黄ぶな運動

2020年の新型コロナウイルス流行を受けて、疫病退散の言い伝えを持つ黄ぶなに関心が集まりました。

玄関先に黄ぶなを吊るす人や、SNSでハッシュタグ「#黄ぶな運動」を使って健康管理や店舗の情報を発信する人、医療従事者に届けるお守りを手作りする人まで現れたそうです。

妖怪のアマビエが全国的に話題になった時期と重なりますが、宇都宮では地元の縁起物である黄ぶなに注目が集まったというのが面白いところですね。

記念日制定の発案者と協議会の設立

「#黄ぶな運動」や「黄ぶなの日」記念日制定の発案者は関口慶介氏という方で宇都宮二荒山神社にゆかりのある活動も手がけている人物のようです。

2021年9月27日に最初の黄ぶなの日イベントが開催され、翌2022年には宇都宮市内の商店や神社仏閣、商店街や団体が集まって黄ぶな推進協議会が設立されました。

医療従事者への感謝の気持ちを込めつつ、宇都宮の民話や歴史を伝える日として位置づけられている点が、この記念日の芯にある部分だと感じます。

黄ぶなの日にちなんだイベントと広がり

制定から数年が経ち、黄ぶなの日は地域のイベントとして定着しつつあります。ここでは具体的な催しや文化的な広がりを紹介します。

毎年開催される黄ぶな市

黄ぶなの日にあわせて宇都宮市内では「黄ぶな市」が毎年開催されています。

2026年は9月27日にバンバ広場で開催予定で黄ぶなグッズの販売や射的、書道パフォーマンス、音楽演奏などが行われる予定だそうです。

2025年にはオリオン通り曲師広場で開催され、令和6年度宇都宮市民憲章賞の受賞を記念したイベントとしても位置づけられていました。

ちなみに2026年で黄ぶな市自体は6回目を迎えるそうで、着実に地域行事として根付いている様子がうかがえます。

グッズや御朱印にも広がる黄ぶな文化

黄ぶなの日周辺では加盟店による様々な取り組みも見られます。

老舗菓子店による黄ぶなをモチーフにしたサブレーやどら焼き、ちりめん細工の吊るし飾り、御朱印での展開など、業種を問わず黄ぶなにちなんだ商品やサービスが登場しているのが印象的でした。

今泉八坂神社では9月に「黄ぶな」をテーマにした月参り符を頒布していた実績もあります。

一つの言い伝えがここまで幅広い形で地域経済に活きているのは正直なところ予想以上でした。

まとめ

黄ぶなの日について由来や歴史をあらためて整理しておきますね。

  • 黄ぶなの日は9月27日で、9(き)2(ぶ)7(な)の語呂合わせから栃木県宇都宮市の黄ぶな推進協議会が制定した記念日
  • 2023年4月14日に一般社団法人日本記念日協会の認定を受け、郷土玩具由来の記念日としては初の認定だった
  • 由来は江戸時代に天然痘が流行した際、田川で釣れた黄色い鮒を食べたところ病が治ったという言い伝えで、記録は残っていないため発祥時期は不明
  • 黄ぶな自体は正月に神棚へ供える縁起物の張り子人形で赤黄黒緑の色鮮やかな見た目が特徴
  • 2020年のコロナ禍でSNSを中心に黄ぶな運動が広がったことが記念日誕生の直接のきっかけになった
  • 現在も黄ぶな市の開催やグッズ展開、御朱印など地域ぐるみで文化が受け継がれている

もし9月27日前後に宇都宮を訪れる機会があれば黄ぶなの日にあわせたイベントや店舗の取り組みをのぞいてみると、街の歴史をより身近に感じられるかもしれません😊

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