急須という言葉を聞いてなんだか懐かしい気持ちになる方も多いんじゃないでしょうか。
9月4日は「心を注ぐ急須の日」なんですが、実はこの記念日、ただの語呂合わせだけじゃなく、270年以上続くお茶問屋の物語がぎゅっと詰まっているんです。
この記事を読めば記念日の由来や制定した人の背景、さらに急須そのものの歴史まで、まるっと理解できると思います。
急須をしまい込んだままの方もこれを機にちょっと引っ張り出したくなるかもしれません。
心を注ぐ急須の日ってどんな記念日?
まずはこの記念日の基本的な部分から押さえていきますね。日付の由来と制定した人物がわかれば、記念日の意味がぐっと立体的に見えてきます。
語呂合わせの日付が示す意味
9月4日という日付は、9と4で「きゅうす」と読む語呂合わせから来ているんですね。
急須のある生活を進めることで人々の心にも愛情という潤いを注ぎ、家族のなごみの時間を増やしてもらいたいという願いが込められているそうです。
単に語呂がいいから選ばれたわけではなくて、急須でお茶を淹れる時間そのものが持つ意味を大切にした日付なんだなと感じます。
制定した人と発祥のお店
この記念日を作ったのは京都府京都市伏見区にある宇治茶の製造卸直販店「京都ほっこり庵七之進」の畠山友晴氏です。
「お茶の入れ方セミナー」などの活動を通じて急須でお茶を飲む文化の普及と、人と人との温かいコミュニケーションの拡大を目指しているとのことでした。
記念日は一般社団法人日本記念日協会によって正式に認定・登録されています。
記念日を作った畠山友晴さんと七之進の物語
実は「京都ほっこり庵七之進」の裏側には、なり重厚な家業の歴史があるんです。
創業270年以上の宇治茶問屋がルーツ
畠山友晴氏は「株式会社カネ七畠山製茶」の20代目茶師でもあります。
この会社、なんと宝暦元年、西暦でいうと1751年創業という江戸時代から続く宇治茶の製造卸問屋なんですよね。
270年以上にわたって日本茶を通じてお客さまと向き合ってきたというから正直けっこう驚きました。
もともとは紀州徳川家に奉公していた畠中弥治右衛門という人物が京都で医者を始めたのがルーツで、その孫の代に町奉行のすすめで「畠山」という姓に改めたと伝わっています。

「七之進」という名前に込められた先祖への想い
個人的にすごく印象深かったのがここです。
お茶問屋としての成り立ちは実は7代目の畠山七之進氏が茶農家を家業とし始めたことに始まるんだそうです。
つまり「京都ほっこり庵七之進」という店名は、単なる屋号じゃなくて、家業の礎を築いた先祖の名前をそのまま受け継いだものだったんですね。
急須を通じて家族の温かい時間を提案する記念日の背景にこうした代々受け継がれてきた家族の歴史があったというのは、なるほどと思わせられる部分じゃないでしょうか。
急須の歴史をたどる中国伝来から日本文化への広がり
記念日の主役である急須そのものがどんな歴史をたどってきたのかも掘り下げてみますね。急須の成り立ちを知ると、9月4日の意味がもっと深く感じられるはずです。
お茶と急須のルーツは中国
急須の原型は中国で発明され、アジアでは古くから使われてきた道具です。
日本では古くは「きびしょ」と呼ばれていて青木正児氏の説によれば、急須は中国・呉の方言で酒を温める器を指す言葉だったとも言われています。
もともとは湯沸かしとして使われていたきびしょが、江戸時代の宝暦年間ごろから上方で作られ始めたと考えられているそうです。
江戸時代に花開いた煎茶と急須の文化
平安時代に最澄や空海らの遣唐使によってお茶が伝わった当初は天皇や貴族、高僧の間だけで飲まれる貴重なものでした。
その後、臨済宗の開祖である栄西が茶の栽培を広め、千利休らによって茶の湯が完成していきます。
そして江戸時代中期、1738年に宇治田原の茶業家・永谷宗円が宇治製煎茶法を完成させたことで、茶葉にお湯を注いで飲む煎茶のスタイルが江戸から全国へと広まっていきました。
急須が土瓶から茶道具として転用されるようになったのもちょうどこの煎茶文化が広がった時期と重なっているんですよね。
常滑焼と萬古焼が生んだ急須大国ニッポン
江戸時代後期になると愛知県常滑市で急須づくりが始まります。
文久年間には初代・杉江寿門が朱泥急須の基礎となる形を作り上げ、1878年に中国の文人・金士恒から宜興窯の急須製法を学んだことで、常滑焼の急須は独自の進化を遂げました。
同じ頃、三重県四日市市でも萬古焼という急須の産地が育っていきます。
ざっくりした感じで言うとこの二大産地の技術競争みたいなものが、今の日本の急須文化の土台を作ったと言えなくもないというか、そんな流れがあったんだと思います。
若者の急須離れという現実と再評価の兆し
記念日が生まれた背景には実はちょっとした社会的な課題も関係しているかもしれません。ここでは急須をめぐる意外なデータを紹介します。
数字で見る急須離れの実態
正直、この数字にはちょっと衝撃を受けました。
静岡県立大学の調査によると急須を日常的に使用している割合は20代でわずか36.5%、60代では78.0%と、世代間で大きな差が出ているそうです。
さらに金沢星稜大学が大学生216名を対象に行った2023年の調査でも急須という道具自体を知っている学生は91.25%いる一方で、家庭に急須がある割合はちょうど半数にとどまっていました。
緑茶を飲む際に選ぶタイプとしてはペットボトル緑茶が72.7%だったのに対して急須で入れた緑茶はわずか18.5%、しかも急須緑茶を飲む頻度は「ほとんど飲まない」が73.1%を占めていたとのことです。

それでも急須のお茶に惹かれる理由
とはいえ、この調査ではおもしろい結果も出ていました。
急須緑茶に対して学生が抱くイメージを分析したところ、「美味しい」「暖かい」「渋い」といった言葉のほかに「趣」「美しい」「深い」「和風」など、日本の伝統や文化を連想させる言葉が多く挙がったそうです。
祖父母が淹れてくれるお茶や和菓子と一緒に飲む場面が好意的に受け止められている傾向もあったとのこと。
手間がかかる分、家族の団らんや落ち着く時間を思い出させる存在として、急須が今も特別な位置づけを保っているんだなと感じますね。
心を注ぐ急須の日の過ごし方
9月4日をどう過ごすと記念日の趣旨に沿うのか、具体的な提案をしてみます。
家族や大切な人とお茶の時間を作る
記念日の目的そのものが「急須のある生活で家族のなごみの時間を増やす」ことなので、この日はぜひ急須を使ってお茶を淹れる時間を意識的に作ってみてほしいです。
仕事の合間の一服でも構いませんし、休日にゆっくり家族で囲む一杯でも良いと思います。
誰かのために淹れたお茶にはペットボトルにはない温もりがきっと宿るはずです。
急須でお茶を淹れる基本を押さえる
せっかくなら美味しく淹れたいですよね。
旨みを重視した玉露や上等な煎茶は60度から70度くらいのお湯で1分から2分ほど、ふだん使いの煎茶は75度から80度で40秒から60秒ほど、ほうじ茶や玄米茶はしっかり熱い90度から95度で30秒ほど蒸らすのが目安とされています。
お湯の温度によって抗酸化作用のあるカテキンとリラックス効果のあるテアニンの出方が変わってくるので、気分に合わせて淹れ方を変えてみるのも楽しいと思います。
まとめ
- 心を注ぐ急須の日は9月4日で9と4を「きゅうす」と読む語呂合わせが由来
- 制定者は京都ほっこり庵七之進の畠山友晴氏で、日本記念日協会に認定登録されている
- 畠山家は1751年創業のカネ七畠山製茶がルーツで、店名の七之進は家業を築いた7代目の名前に由来する
- 急須自体は中国から伝わり、江戸時代の煎茶文化とともに常滑焼や萬古焼が代表産地として発展した
- 若者の急須離れが数字にも表れているが、急須のお茶には家族の団らんを想起させる独自の価値が今も残っている
急須を使う時間ってただお茶を飲む以上の意味があるのかもしれません。
9月4日はしまい込んでいた急須をそっと取り出してみるきっかけにしてみてくださいね。
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