小諸・山頭火の日とは?由来や歴史を解説【5月19日】

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この記事を読めば5月19日が「小諸・山頭火の日」として制定された理由と、その背景にある俳人・種田山頭火の波乱の人生、そして記念日ゆかりの場所や中棚荘の歴史までまるごと理解できます。

「今日は何の日?」ってふと調べていたら、「小諸・山頭火の日」という見慣れない記念日が出てきた。

そういう方も少なくないんじゃないかと思います。

ですから今回はこの記念日の由来から、山頭火その人の生涯、そして長野県小諸市に今も残る句碑の話まで、できるだけ丁寧にお伝えしていきます。

目次

小諸・山頭火の日とは何か

5月19日は長野県小諸市の温泉旅館「中棚荘(なかだなそう)」が制定した記念日で、一般社団法人・日本記念日協会によって認定・登録されています。

制定された理由と日付の意味

1936年(昭和11年)5月19日。この日、漂泊の俳人として知られる種田山頭火(たねださんとうか)が、当時「中棚鉱泉」と呼ばれていた現・中棚荘に宿泊しました。

そのときの日記に山頭火はこう記しています。

「熱い湯に入れて酒が飲めるのがいい」

この一文。たった一行の日記が記念日の誕生につながっているんです。

放浪の旅の途中、疲れた身体を温泉で癒しながら酒を飲む。山頭火らしいあまりにも人間くさい言葉ですよね。

日本記念日協会による認定

中棚荘が申請し、日本記念日協会に認定・登録された公式の記念日です。

同じ中棚荘が制定した記念日には島崎藤村の詩「初恋」にちなむ10月30日「初恋の日」もあって、文学と深く結びついた旅館であることがわかります。

一つの旅館が複数の記念日を持つというのは、なかなか珍しいケースではないでしょうか。

種田山頭火とはどんな人物か

「小諸・山頭火の日」の主役である種田山頭火。

五七五の定型にも季語にも縛られない「自由律俳句」を確立した俳人として、今でも根強い人気があります。

波乱すぎた生涯のあらまし

1882年(明治15年)、山口県佐波郡西佐波令村(現・防府市)に生まれ、大地主・種田家の長男として育ちました。

でも、その後の人生は想像を絶するほど苦難の連続で。

10歳のときに母親が井戸に身を投げて亡くなり、父親が経営する種田酒造場は後に破産。

自身も妻子と別れ、ついには1924年(大正13年)に泥酔した状態で走行中の路面電車の前に飛び出すという事件を起こします。

そのとき出家して托鉢をしながら全国を放浪する俳僧(はいそう)としての人生が始まりました。

「自由律俳句」という革命

山頭火の俳句の最大の特徴は音数も季語も一切気にしない「自由律」にあります。

代表句「分け入っても分け入っても青い山」は17音には収まっていませんし、季語もありません。

それでも、読んだ瞬間に歩き続ける疲れと孤独がじわっと伝わってくる。そこがすごいなと思うんです。

旅の途中に詠まれた句は九州から東北の平泉まで、日本中にその足跡が残っています。

1936年当時の山頭火と信州の旅

記念日の根拠となる1936年は山頭火54歳のころ。

すでに俳人として一定の評価を得てはいましたが、相変わらず放浪と酒の日々でした。長野県内の各地を転々としていたとみられ、清内路峠や飯田など信州の地名が残る句も存在します。

ゆかりの地・中棚荘の歴史

「小諸・山頭火の日」の舞台となった中棚荘は長野県小諸市古城中棚に立つ老舗温泉旅館です。

明治31年創業の文人宿

中棚荘の前身「中棚鉱泉」が開業したのは1898年(明治31年)のこと。

開業に関わったのはのちに島崎藤村を小諸義塾の教師として招いたキーパーソン・木村熊二で、千曲川周辺の湧水に傷の治癒効果があることに気づいたのがきっかけだったようです。

そのため、中棚荘は島崎藤村ゆかりの宿としても知られていて、藤村の詩「千曲川旅情のうた」の一節には「岸近き宿」として登場します。

文学好きにはたまらない場所なんですよね。

敷地内に残る山頭火の句碑

現在の中棚荘の敷地内には山頭火の句碑が建てられています。

刻まれているのは「あるけばかっこうあるけばかっこう」という句で、山頭火の直筆から彫られたとされています。

ちなみに刊行された全句集には「あるけばかっこういそげばかっこう」と記載されているので、句碑の文字との差異が研究者の間でも話題になっているみたいです。

現在も続く文化の灯

今の中棚荘は名物の「初恋りんご風呂」(10月〜春先にかけて信州りんごを湯船に浮かべる)が人気を集める温泉宿として、多くの旅行者に愛されています。

山頭火が「熱い湯がいい」と書いた場所に今も湯が湧いているって、なんか感慨深いですよね。

国の登録有形文化財に指定された「はりこし亭」でのお食事も楽しめます。

山頭火の日に思う「旅と俳句」の関係

ここでちょっと個人的な話というか考察なんですけど山頭火が小諸の湯に入りながら書いたあの日記の一文って、俳句そのものに近い気がするんです。

日記の一言が持つ俳句的な深み

「熱い湯に入れて酒が飲めるのがいい」。

これ、別に名言でも格言でもない。

ただの日記みたいなものですよね。

でも、放浪の果てに宿にたどり着いて温泉に入りながら書いた言葉だと知ると、その「よかった」という安堵感が沁みてくる。

自由律俳句と同じで形式じゃなくて感情の密度が大事なんだなと思うんです。

山頭火と小諸の縁が示すもの

山頭火はこの宿に投宿した際、句碑に刻まれるほどの句も詠んでいます。

旅の途中の一夜が、90年近く経った今でも記念日として語り継がれている。

これはただの観光資源という話じゃなくて、俳句という短い言葉と旅という体験が不思議な形で時を超えた、ということなんじゃないかと感じています。

まとめ 小諸・山頭火の日のポイント

  • 日付は5月19日(毎年)
  • 制定者は長野県小諸市の温泉旅館「中棚荘」
  • 制定の根拠は1936年(昭和11年)5月19日に俳人・種田山頭火が中棚荘(当時・中棚鉱泉)に宿泊し、「熱い湯に入れて酒が飲めるのがいい」と日記に記したこと
  • 認定機関は一般社団法人・日本記念日協会
  • ゆかりの場所は長野県小諸市古城中棚にある中棚荘(敷地内に句碑あり)
  • 山頭火については1882〜1940年、山口県出身の自由律俳句の俳人。生涯を放浪と托鉢で過ごした
  • 関連記念日は山頭火の忌日にちなむ10月11日「一草忌(いっそうき)」も存在する

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