マラソンの日とは?由来や歴史を解説【9月12日】

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9月12日は「マラソンの日」と呼ばれています。

この記事を読めばなぜこの日がマラソンの日とされているのか、その由来や歴史的背景、そして距離や日付にまつわる意外な事実まで、まとめて理解できると思います。

ランニングを始めたばかりの方や大会前にちょっとした話のネタを探している方にも役立つ内容にしたつもりです。

目次

マラソンの日の基本情報

まずはマラソンの日がどんな日なのか、ざっくり押さえておきましょう。

9月12日という日付の意味

マラソンの日は紀元前のギリシアで起きた「マラトンの戦い」にちなんで定められた日とされています。

マラソンという競技名自体が、この戦いが起きた地名「マラトン」に由来していることは、けっこう知られている話ですよね。

9月12日という日付は19世紀のドイツの歴史学者アウグスト・ベックが1855年に算出したユリウス暦の日付が、慣例的に採用されているものなんです。

実は公式な記念日として登録されていないかもしれません

ここは個人的にかなり驚いた点なんですが、マラソンの日は一般社団法人日本記念日協会が認定している記念日のリストには入っていないようなんですよね。

つまりこれは、企業や団体が申請料を払って正式登録した記念日ではなく、歴史的な出来事の日付をもとにメディアや個人が自然に呼び習わしてきたいわば非公式な語呂合わせに近い記念日という位置づけなのかなという気がしています。

あくまで自分がリサーチした範囲での見立てなのでその点は前置きしておきますね。

マラソンの日の由来 マラトンの戦い

ここではマラソンの日の土台になっている歴史的な戦いについてお話しします。

ペルシア戦争とアテナイ軍の勝利

紀元前490年、古代アケメネス朝ペルシア王国はギリシア征服を狙い、アッティカ半島東部の都市マラトンに遠征軍を上陸させました。

これに対しアテナイの名将ミルティアデスが奇策を用いて撃退し、アテナイ・プラタイア連合軍が勝利をおさめたのがマラトンの戦いです。

ちなみにこの戦いの年月日については「諸説あり」とされていて、紀元前450年説を紹介している記事も少なくありません。

私が調べた限りでは紀元前490年説のほうが学術的には多数派のようですが、日本語の記事だと450年表記もかなり広がっている印象で、正直どちらが正しいと断言しにくい部分ではあります。

伝令兵フェイディピデスの逸話

勝利の知らせを一刻も早くアテナイに伝えるため、伝令の兵士がマラトンからアテナイまで約40キロを走り抜き、城門で「我勝てり」と告げたあとに力尽きて絶命したという逸話が、マラソン誕生の物語として語り継がれています。

この兵士の名前はフェイディピデスとされることが多いですが、フィリッピデスやピリッピデスと表記される資料もあり、名前の伝わり方にはいくつかのバリエーションがあるようです。

使命を果たすまで走り続けたその姿が後世の人々の心を動かしたのだろうなと思います。

逸話は歴史的事実なのか

ヘロドトスの記述には勝利報告の場面がない

実は、古代ギリシアの歴史家ヘロドトスが著した『歴史』には、フィリッピデスがマラトンの戦いの直前にアテナイからスパルタへ2日間で走り援軍を要請したという記述はあるものの、戦いの勝利をアテナイに伝えてそのまま倒れたという場面は出てこないそうなんです。

「我勝てり」と告げて息絶えたという話が文献に登場するのは、ずっと後のローマ時代、プルタルコスの著作あたりからで、そこでは伝令の名前もエウクレスとされています。

この点は桜井万里子氏らの著書『古代オリンピック』でも指摘されているところで、私もこの経緯を知ったときはちょっと不安になりました。

長年信じてきた逸話が実は後から作られた物語だった可能性があるというのは、なかなか複雑な気持ちになりますよね。

近代オリンピックで一気に広まった伝説

この逸話が世界的に定着したきっかけは1896年の第1回近代オリンピック・アテネ大会だとされています。

クーベルタン男爵の友人だった古典学者ブレアルがこの伝説をもとにマラソン競技の創設を提唱し、実際に開催された大会で無名のギリシア人ランナー、スピリドン・ルイスが優勝したことで、ギリシア中が沸き立ち、事実として広く浸透していったと言われています。

歴史的な検証と多くの人に愛される物語というのは、必ずしも同じ結論にならないのだなと感じさせられる話です。

マラソンの距離42.195kmが決まった経緯

ここではマラソンの日と切り離せない距離の謎について触れておきます。

距離は大会ごとにバラバラだった

1896年のアテネ大会当時、マラソンの距離は36.75キロだったとされています。

その後、大会が開催される都市によって距離は40キロ前後でまちまちだったんですね。

1908年の第4回ロンドン大会では、当初26マイルつまり41.843キロで計画されていました。

イギリス王妃のリクエストで距離が延びた

ところが、当時のイギリス王妃アレクサンドラが

「スタートは自分がいる宮殿の窓から見えるように、ゴールは競技場の貴賓席の前にしてほしい」

と要望したことでコースが385ヤード、約352メートル延び、結果として42.195キロになったと伝えられています。

この距離が正式なマラソン競走の距離として国際陸連に採用されたのは1921年で、オリンピックで固定的に使われるようになったのは1924年の第8回パリ大会からです。

王妃のちょっとした希望が100年以上経った今も世界中のランナーが走る距離を決めているというのは、なんだか不思議な巡り合わせだなと個人的には思います。

マラソンの日をどう過ごすと楽しいか

この記念日をせっかくの機会として活かす視点をご紹介します。

歴史を知ってから走る楽しさが変わる

ただ距離を走るだけでなく、その距離に込められた背景を知ってから走ると、42.195キロという数字への感じ方が変わってくると思います。

伝令兵が命をかけて走った故事に思いを寄せながら練習してみると、いつものジョギングにもちょっと違った意味が生まれるかもしれません。

大会観戦のきっかけにするのもおすすめ

9月12日前後は秋のマラソンシーズンが近づく時期でもあるので、この日をきっかけに近所の大会やオリンピックの記録映像をチェックしてみるのも面白いですよ。

歴史の逸話が本当かどうかは諸説あるにしても、それを踏まえて競技を見ると、応援する気持ちにも深みが増す気がします。

まとめ

  • マラソンの日は9月12日で紀元前のマラトンの戦いにちなんだ日とされている
  • 由来は伝令兵が勝利をアテナイに伝え力尽きたという逸話だが、日付は紀元前490年説と450年説があり諸説あり
  • ヘロドトスの記述には勝利報告の場面がなく、後世に広まった物語である可能性が高い
  • マラソンの距離42.195キロは1908年ロンドン大会でのコース変更が起点になっている
  • 日本記念日協会には登録されておらず、公式というより歴史由来の通称的な記念日と考えられる

歴史をたどってみると単純な英雄譚だけでは終わらない奥行きがある日だなと感じました🏃

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