この記事を読めば「みその日」がなぜ毎月30日なのか、その由来から制定の背景、味噌の歴史までまるっと理解できます。
「みその日って、なんで30日なんだろう?」
とふと気になった方。そういう小さな疑問を持つ人、けっこう多いんじゃないでしょうか。
語呂合わせだろうなとは思いつつ、いざ深掘りしてみるとそこには食文化の危機と、それを守ろうとした人たちの切実な思いが隠れていたりするんです。
個人的にはこの記念日を調べるまで「みその日って飾りみたいなものでしょ」って思っていたんですが、全然違いました。意外とドラマがある。
みその日とは?その基本をおさえる
毎月30日が「みその日」であることを知らなくても無理はないかもしれません。
ただ、この記念日には「日本の食文化を守る」というはっきりとした目的があります。
誰が制定したのか
「みその日」は全国味噌工業協同組合連合会(全味工連)が1982年(昭和57年)9月に制定した記念日です。
全味工連とは東京都中央区新川に事務局を置き、全国46組合・781社が加盟する業界団体で、味噌に関連する情報の収集・発信などを担っています。
設立は昭和35年(1960年)12月19日。
伝統的食文化の継承と発展・向上を担って60年以上にわたって活動してきた組織なんですね。
そう聞くと、みその日の制定がいかに本気の取り組みだったかが伝わってくる気がします。
2月はどうなるの?
30日が存在しない2月については月末日(2月28日、もしくは閏年なら2月29日)が「みその日」とされています。細かいところまで考えられているんだなと、ちょっと感心しました。
なぜ「30日」なのか?由来を解説
シンプルな語呂合わせに見えて実はもう少し深い言葉の由来があります。
「みそか」という言葉との繋がり
「三十日」は「みそか」と読みます。 この読み方こそがみその日の由来です。
ちなみに「みそか」は漢字で「晦日」とも書き、毎月の最終日を意味する古い言葉。
12月31日が「大晦日(おおみそか)」と呼ばれるのも同じ語源からきています。
要するに月の終わりを意味する「みそか」=「三十(みそ)」=「味噌(みそ)」、という連想で30日が選ばれたわけなんです。
単純な語呂合わせというよりも日本語の歴史的な読み方が活きた由来だと言えます。そういう意味ではなかなか考えられた設定だと感じましたね。
キャッチフレーズの誕生
全味工連の沿革によると1982年3月8日の記録に「『30日はみその日』のキャッチフレーズ決定」という記載が残っています。
制定の9月より半年も前にキャッチフレーズが決まっていたということは、それだけ計画的に動いていたということ。記念日制定への本気度が見えます。
なぜこの時期に制定されたのか?背景にある食文化の危機
みその日が制定された1982年という時代、日本の食卓には大きな変化が起きていました。
洋風化が進んだ1980年代の食生活
記念日制定の背景には食生活の洋風化と外食傾向の拡大による、味噌消費量の減少があります。
実際、日本の一人あたり年間味噌消費量は1960年代に8.8kgだったのが、2000年には4.3kg、2016年にはなんと3.6kgにまで落ち込んでいます。半世紀で半分以下になったわけです。
さらに国内の味噌出荷量のピークは1973年の59万トンで、2013年には42.6万トンまで減少しました。
この流れはみその日が制定された1982年の時点でもはっきりと見えていた。
「このままでは日本の伝統食品が忘れられていく」という危機感が記念日制定という行動に繋がったんです。
毎月繰り返す記念日である理由
「年に一度」の記念日ではなく毎月30日というのが大事なポイントです。
月に一度リマインドされることで、「そういえば今月、味噌汁ちゃんと飲んだっけ?」と意識するきっかけになります。
年一回だと忘れますが毎月なら記憶に残りやすい。
消費減少に歯止めをかけるための、地道だけど確かな戦略だと思います。
味噌の歴史 みその日をもっと深く知るために
みその日の意味をより深く理解するには味噌そのものの歴史を知っておくとおもしろいんです。
起源は古代中国の「醤(ひしお)」
味噌の起源は古代中国の食品「醤(しょう・ひしお)」にあると言われています。
日本にいつ、どのような形で伝来したかは正確にはわかっていませんが、奈良時代にはすでにその原型が存在し、「末醬(みそ)」と書かれた記録が正倉院文書などに残っています。
奈良時代には宮廷内で使われる高級調味料だったようで平安時代(927年)の『延喜式』には、高級官僚に月給として「味噌」が支給されていたという記述まであります。
給料がみそ…うん。当時どれだけ貴重だったかこれだけでわかりますよね。
みそ汁が誕生した鎌倉時代
鎌倉時代には中国から来た僧侶の影響ですり鉢が使われるようになり、粒状の味噌をすり潰したことでお湯に溶けやすくなり、「味噌汁」が誕生しました。
これが「一汁一菜」という日本の食事スタイルを確立するきっかけになったわけです。
考えてみれば、すり鉢という道具一つで味噌の使われ方がまったく変わった。意外な技術革新ですよね。
戦国時代の「戦陣食」として
戦国時代には味噌は戦場での重要な食料として活躍しました。
保存がきいて栄養価も高い味噌は武将たちにとって兵站の要。信州味噌や仙台味噌など地域独自の味噌文化が発達したのも、この時代の流れと関係しています。
現代の「みその日」 消費は減っても輸出は過去最高に
みその日制定から40年以上が経ちました。国内市場はどうなっているのでしょうか。
国内消費は依然として減少傾向
全味工連の調べによると、2024年通期(1〜12月)の味噌出荷量は35万5885トンで、前年比2.6%減でした。
12年から19年にかけて毎年1000〜5000トンずつ減少しており、縮小の流れは続いています。
みその日の制定という取り組みが40年続いているにもかかわらず、国内消費の減少がなかなか止まらない現実は、ちょっと複雑な気持ちにもなります。
輸出は過去最高 海外での人気が急上昇
海外に目を向けると全然違う景色が広がっています。
2024年通期の味噌輸出量は2万3497トン(前年比15.8%増)、金額ベースでは63億1265万円(同24.6%増)で過去最高額を更新しました。
2018年時点でも30年で7.8倍の伸びを記録していたので 海外での味噌人気はかなりの勢いがあるんです。
日本国内では食べられなくなりつつある伝統食品が海外では健康食品として注目されている。なんか、もったいないような気もしませんか?
まとめ
- みその日は毎月30日。全国味噌工業協同組合連合会(全味工連)が1982年9月に制定
- 由来は「三十日」を「みそか」と読む日本語の歴史的な読み方から
- 制定の背景には、食生活の洋風化と外食傾向による味噌消費量の減少に歯止めをかけたいという業界の切実な思いがあった
- 30日のない2月は月末日(28日または29日)が「みその日」
- 味噌の歴史は奈良時代まで遡り、平安時代には高級官僚の給与として支給されるほど貴重だった
- 国内消費は減少傾向が続く一方で2024年の輸出量は過去最高を更新
毎月30日が近づいたらぜひ一杯の味噌汁を手に「みその日だな」と思い出してもらえたら嬉しいです。
案外、そういう小さな習慣から食文化って守られていくのかもしれないですね。
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