この記事を読めば宮崎ぎょうざの日の由来や歴史、なぜこの日付になったのかがすっきりわかるようになっています。
毎年この時期になると
「宮崎ぎょうざの日って聞いたことあるけど、詳しくは知らないな」
という方、けっこう多いんじゃないでしょうか。
私も調べる前はそんな感じでした。
宮崎といえば地鶏やマンゴーを思い浮かべる人が多いと思うんですが、実は餃子でも全国トップクラスの実力を持つ県なんです。
この記事では記念日が生まれた背景や語呂合わせの意味、宮崎餃子そのものの歴史まで、ひとつずつ丁寧に紐解いていきますね。
宮崎ぎょうざの日はいつ開催される記念日なのか
まずは記念日の基本情報として日付の範囲と全体の位置づけを整理します。
8月29日から31日までの3日間が対象
「宮崎ぎょうざの日」は8月29日、30日、31日の3日間セットで設定されているのが特徴です。
夏休み最後の3日間というタイミングに合わせているそうで、子どもたちの夏休みの締めくくりに餃子を楽しんでもらいたいという意図もあるのかなと感じました。
あくまで私の見立てですが夏の終わりというタイミング自体にも意味が込められているような気がしますね。
宮崎ぎょうざの日の由来にある語呂合わせの意味
3日間それぞれの日付に込められた語呂合わせの内容を具体的に見ていきます。
29日は「肉の日」を組み合わせている
29日は毎月の「肉(ニク)の日」にちなんだ日付です。
宮崎県は豚肉、牛肉、鶏肉ともに全国屈指の出荷量を誇る県でして、餃子の具材として使われる肉のおいしさをアピールする狙いがあります。
宮崎牛や地鶏のブランド力を考えると餃子の具材としても納得の組み合わせですよね。
30日は「み」と餃子の形をかけている
30日は宮崎の「み(3)」と、餃子の形を表す「0」を組み合わせた日付になっています。
数字の「0」を餃子の丸みのあるフォルムに見立てているところが、けっこう遊び心があるなと感じました。
単純な語呂合わせというより、餃子そのものの見た目まで表現に取り込んでいるのが個人的には面白いポイントです。
31日は「野菜の日」で具材の豊かさを伝えている
31日は8月の「野菜(ヤサイ)の日」に当てはめられています。
宮崎県は日照時間が長いことで知られていて、キャベツやニラ、ニンニクといった野菜がよく育つ土地なんです。
肉の日、餃子の形の日、そして野菜の日という3日間を通じて、餃子を構成する要素をひとつずつアピールしている構成になっているんですね。
この設計、初めて知ったときはなるほどと思わずうなずいてしまいました。
記念日を制定したのはどんな団体なのか
ここでは記念日の制定主体と登録の経緯について説明します。
宮崎県ひなた餃子連合会が制定した記念日
宮崎ぎょうざの日を制定したのは「宮崎県ひなた餃子連合会」という団体です。
この連合会は2022年1月に設立され、2023年6月時点で54の会員が加盟している組織なんです。
県内各地の餃子関連団体で構成されていてメディア露出や物産展への出展、SNSでの情報発信など、宮崎餃子の普及活動を幅広く手がけています。
2023年に日本記念日協会へ登録された
8月29日から31日までの3日間が「宮崎ぎょうざの日」として一般社団法人記念日協会に認定登録されたのは2023年のことです。
同年6月30日には、宮崎餃子博覧会のイベント会場で登録証の伝達式も行われました。
記念日として正式に登録されたことで県外での認知度アップにもつながっているようですね。
ちなみに連合会では毎月3日を「ぎょうざの日」としてPR活動を続けているそうで、8月の3日間は年間で最も力を入れるアピール機会になっているみたいです。
なぜ宮崎が餃子の記念日を作ることになったのか
記念日誕生の背景にある宮崎市の餃子日本一という出来事を掘り下げます。
2021年の家計調査で全国1位を獲得
記念日誕生の直接的なきっかけは、宮崎市が2021年の総務省統計局の家計調査で、1世帯あたりのぎょうざ購入額と購入頻度の両方で全国1位になったことです。
この調査は二人以上世帯を対象にしたもので、対象となるのはスーパーや持ち帰り専門店で買うチルド餃子のみとなっています。
冷凍餃子や飲食店で食べる餃子はカウントされていないんですね、これは意外と知らない人が多いんじゃないでしょうか。

長年ライバルだった宇都宮と浜松を上回った
餃子日本一争いは長年、宇都宮市と浜松市の一騎打ちが定番だったそうです。
宇都宮市は1990年代から餃子で町おこしを始め、15年連続で日本一を独占した実績を持つ土地でした。
そんな中、突如宮崎市が頂点に立ったことで日本中が驚いたそうです。
私も最初にこの話を聞いたとき、正直「宮崎って餃子で有名だったの」と思ってしまったくらいでした。
コロナ禍のステイホームも後押しになった
日本一を後押しした要因としてコロナ禍の影響も無視できないようです。
もともと宮崎市民は週に1回くらいの頻度で餃子を食べる習慣があったそうなんですが、ステイホームが始まったことで、家で餃子を食べる回数がさらに増えたとされています。
コロナ前から購入額と購入頻度は上向いていたところに、この流れが重なって一気に宇都宮と浜松を抜き去ったという経緯みたいですね。
移住者の「宮崎ギョーザ王子」が火をつけた
日本一に至るまでの動きには、東京から宮崎に移住したライターの恒吉浩之さんという人物の存在も欠かせません。
恒吉さんは東京の餃子フェスで宮崎餃子のおいしさを知り、宮崎入りするたびに市民へ聞き取り調査を重ねたそうです。
すると多くの市民が
「週一くらいしか食べないんですよ」
と申し訳なさそうに答えたとのことなんですが、恒吉さんはこれを聞いて
「週一って、むちゃくちゃ食べてるじゃないですか」
と驚いたという話が残っています。
地元の人にとっては当たり前すぎて気づかなかった魅力を、外からの視点が発見したというエピソードでなんだか胸が熱くなる話ですよね。
彼は「焼き餃子協会」の小野寺力さんとタッグを組み、2018年には「宮崎ストリート餃子フェス」を開催するなど、地元と首都圏の両方から宮崎餃子を売り込んでいったそうです。
宮崎餃子そのものの歴史をたどる
続いては、記念日の主役である宮崎餃子がどのように広まってきたのか、その歴史を見ていきます。
1947年の別府での餃子専門店開業が起点
日本で餃子が一般的に普及したのは戦後のことで1947年に大分県別府市で日本初とされる餃子専門店「湖月(こげつ)」が開業したと言われています。
宮崎餃子の歴史を語る上で、まずこの九州における餃子文化の始まりを押さえておく必要があるんです。
1955年に延岡市で創業した「黒兵衛」
別府に湖月ができてから8年後、大分と隣接する宮崎県北部の延岡市で「黒兵衛」という餃子店が創業しました。
この店の創業者は戦時中に満州にいて、現地で餃子作りを学んだと伝えられています。
ラードを使って焼くため、揚げたようなカリッとした食感が特徴なんだそうです。
満州から伝わった技術が宮崎の地で独自の食文化として根付いていったというのは、けっこうロマンを感じる話だなと思いました。
精肉店から始まった餃子屋が多い理由
宮崎には精肉店が餃子屋を始めたケースが多いという特徴があります。
餃子大国の盟主とも言われる持ち帰り専門店「ぎょうざの丸岡」もそのひとつで、一日に26万粒から28万粒を売り切る人気ぶりなんだそうです。
同じく高鍋町の「餃子の馬渡」も、創業者が黒兵衛の創業者と町役場で一緒に働いていた縁から修業して独立したという経緯があります。
地元の精肉店ならではの肉の質の高さがそのまま餃子のおいしさに直結しているのかもしれません。
宮崎餃子ならではの独自の魅力
宮崎餃子が他の餃子文化圏と何が違うのか、その個性を紹介します。
地元食材をたっぷり使う具材の豊かさ
宮崎餃子最大の特徴は地元食材の贅沢な使い方にあります。
出荷量全国屈指の宮崎県産豚肉や牛肉、鶏肉に加え、日照時間が長い宮崎で育ったキャベツやニラ、ニンニクをたっぷり包み込んでいるんです。
タレなしでも素材の旨みだけで食べられる餃子が多いというのもこの食材の豊かさがあってこそなんですよね。
ディップ大国と呼ばれる食べ方の多様性
宮崎は餃子につけるタレの種類が豊富で「ディップ大国」なんて呼ばれることもあるそうです。
しょうゆや酢、ラー油といった定番だけでなく、日向夏ドレッシングやみそ、ゆずこしょう、ポン酢などにつけて食べる文化があるとのことでした。
地元産の野菜を生で食べる機会が多い土地柄、ドレッシングの種類が豊富に発展したことが背景にあるようです。
個人的には日向夏ドレッシングで餃子を食べるという発想、ちょっと想像がつかなくて気になっています。
手土産やお裾分けとして根付いた食文化
宮崎には親戚や友達の家を訪ねるとき、お気に入りの餃子を手土産に持って行くという慣習があるそうです。
多くの家庭がお気に入りの店で餃子をまとめ買いして冷蔵庫に常備し、ご近所さんにお裾分けすることも多いといいます。
餃子が単なる食べ物ではなく、暮らしに密着したコミュニケーションの一部になっているというのは、他の地域にはなかなかない特徴じゃないかなと思います。
宮崎ぎょうざの日に行われる取り組み
記念日の期間中に実際どんなイベントやキャンペーンが行われているのかまとめます。
県内の加盟店による特別メニュー展開
宮崎ぎょうざの日の期間中は、宮崎県ひなた餃子連合会に加盟する各店が特別メニューやキャンペーンを展開します。
例えばオンラインショップでの割引や購入者へのおまけプレゼントなど、店舗ごとに趣向を凝らした企画が用意されているようです。
首都圏や福岡での催事出店も実施
近年は宮崎県内だけでなく、首都圏の飲食店や新宿みやざき館KONNE、福岡の大丸福岡天神店といった場所でも宮崎餃子の販売やイベントが行われています。
宮崎餃子の名店が複数集まる食べ比べセットなど、県外の人でも宮崎餃子の多様さを一度に楽しめる企画が組まれることも多いみたいですね。
県外にいながら宮崎餃子に触れられる機会が年々増えているのは、連合会の地道な活動の成果なんだろうなと感じます。
まとめ
宮崎ぎょうざの日について由来や歴史を振り返ってきました。
最後に要点を整理しておきますね。
- 宮崎ぎょうざの日は8月29日から31日までの3日間の記念日で31日はその最終日にあたる
- 29日は肉の日、30日は宮崎の「み」と餃子の形の語呂合わせ、31日は野菜の日を表している
- 制定したのは宮崎県ひなた餃子連合会で、2023年に日本記念日協会へ登録された
- きっかけは2021年に宮崎市が家計調査でぎょうざ購入額と頻度の両方で全国1位になったこと
- 宮崎餃子の起源は1947年の別府「湖月」開業に始まり、1955年延岡「黒兵衛」創業へとつながっている
- 地元食材をふんだんに使った具材や、多彩なディップで食べる文化が宮崎餃子の個性になっている
夏の終わりのこの3日間、もし機会があれば宮崎餃子を実際に取り寄せてみるのもいいかもしれません。
地元でしか味わえない奥深さがきっと感じられるはずですよ。


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