お手玉の日とは?由来や歴史を解説【9月20日】

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9月20日はお手玉の日です。

この記事を読めばお手玉の日がいつどんな経緯で生まれたのか、そしてお手玉そのものがどんな歴史をたどってきたのかがわかります。

子どもの頃に遊んだ記憶はあるけれど、由来まではよく知らないという方、けっこう多いんじゃないでしょうか。

私も調べてみて、思った以上に奥が深い遊びだったんだなと感じました。

目次

お手玉の日の基本情報

ここではお手玉の日がどんな記念日として制定されたのかをまとめます。

9月20日はお手玉の日

お手玉の日は毎年9月20日です。

愛媛県新居浜市に事務局を置く「日本のお手玉の会」によって制定された記念日なんですね。

この会は全国お手玉遊び大会や国際交流事業などを継続的に開催していて、お手玉文化を広める活動を長年続けている団体です。

名前を聞くとちょっと硬い印象があるかもしれませんが、実際には子どもから高齢者まで幅広い世代を対象に活動している、けっこう懐の深い会なんです。

制定の由来は1992年の大会開催日

日付の由来はシンプルで1992年(平成4年)9月20日に新居浜市で「第1回全国お手玉遊び大会」が開催されたことにちなんでいます。

つまりお手玉の日は、遊びそのものの起源にまつわる日ではなく、大会がスタートした記念日という位置づけなんですね。

これは案外知られていないポイントかもしれません。

全国から参加者が集まり、子どもから大人までさまざまな年代がお手玉の技を披露したとされていてこの大会がきっかけとなって記念日として定着していきました。

お手玉の日が制定された目的

ここを読むとなぜあえて9月20日という記念日が作られたのかという背景が見えてきます。

遊びの魅力をPRするため

日本のお手玉の会がこの記念日を制定した目的はお手玉遊びの魅力を広くPRすることにあります。

かつてはどの家庭にもあった当たり前の遊びだったお手玉も、今ではおもちゃ屋さんでもあまり見かけなくなりましたよね。

だからこそ、こうした記念日を通じて次の世代に伝えていく意味は大きいと思います。

世代間交流のきっかけとしての役割

お手玉は道具さえあれば場所を選ばず、しかも年齢に関係なく一緒に楽しめる遊びです。

祖父母世代が孫に教えるなんて光景もよくありますよね。

記念日をきっかけにこうした世代を越えた交流が生まれるとしたら、それってすごく素敵なことだなと個人的には思います。

お手玉そのものの歴史をたどる

ここでは記念日の話から少し離れて、お手玉という遊び自体がどこから来たのかを掘り下げます。

世界最古とされる起源説

お手玉の起源は正確には特定されておらず、実はいくつかの説が存在します。

もっとも有力とされているのが、紀元前5世紀ごろ、現在のトルコにあたるアナトリア半島のリディア地方で生まれた「アストラガリ」という遊びです。

当時は羊のかかとの骨を使い、投げたり拾ったりして遊んでいたようで、黒海周辺の遊牧民の遺跡からも同様の骨製の玉が見つかっています。

この遊びがシルクロードを通じてギリシャやインド、中国へと広がっていったと考えられていて、域ごとに羊の骨から小石へと材料が変化していったようです。

もうひとつ、古代エジプトの洞窟壁画に袋状のものを投げて遊ぶ女性の姿が描かれているという説もあり、これは約4000年前のものとされています。

ただこの壁画については、お手玉ではなくパンや奇術を描いたものではないかという指摘もあるので、確定的な証拠とは言いにくい部分があります。

あくまで諸説あるという前提で捉えておくのがよさそうです。

奈良時代に日本へ伝来

日本にお手玉が伝わったのは奈良時代(710年から794年)、中国からもたらされたとされています。

当時は小石や水晶などを使い「石名取玉(いしなとりだま)」と呼ばれていました。

法隆寺の宝物には16個の水晶玉が伝わっていて、これは聖徳太子が幼少期に遊んだものだと言われています。

身分の高い人たちの間で楽しまれていたという点は、今のお手玉のイメージとはずいぶん違いますよね。

平安時代になると石を使った「石なご(石投ご)」という遊びが女児の間で広まりました。

地面に石をまいてそのうちの一つを空中に投げ上げ、落ちる前に他の石を拾うというルールで、これが後の拾い技の原型になったと考えられています。

江戸時代に生まれた布製のお手玉

現在私たちが知っているような布袋型のお手玉が登場したのは江戸時代(1603年から1868年)です。

布の中に粟や稗、大豆などを詰めて縫い合わせるという発明はお手玉の歴史のなかでもかなり大きな転換点だったと言えるでしょう。

布のお手玉が広まるにつれて石なご遊びは次第に姿を消し、江戸時代から明治時代にかけて、今のような座布団型のお手玉が定着していきました。

昭和期には中身が小豆や数珠玉に変わり、現在では手芸用ペレットが主流になっています。

名前の由来については「手の中で玉を自由に操る」という意味から「お手玉」と呼ばれるようになったという説が有力です。

呼び方は地域によっても違っていて、おじゃみやじゅずだま、いしなごといった名称が今も一部の地域で使われています。

地域に息づくお手玉文化

ここでは全国的な普及の裏で残っている、地域独自のお手玉文化を紹介します。

兵庫県養父市に残る石なんご

石なご遊びは布のお手玉が普及するとともに全国的にはほぼ姿を消したのですが、実は兵庫県養父市大屋町では「石なんご」として今も伝承されているんです。

全国的には廃れてしまった古い遊びが地域の伝統として受け継がれているというのは、地方の文化継承の力を感じさせるエピソードだなと思います。

お手玉と脳の働きの関係

ここを読むとお手玉がただの懐かしい遊びではなく、脳の働きにも関わっているという意外な一面がわかります。

前頭前野を活性化させるという研究報告

日本大学で脳を研究していた森昭雄教授は日本のお手玉の会の顧問を務めていた人物で、お手玉が脳の前頭前野を活性化させるという仮説を提唱していました。

お手玉を振ったときの「シャリシャリ」という音を聴覚で捉え、やわらかい手触りを皮膚感覚で感じ取り、瞬間的な判断を下す。

この一連の処理が、前頭前野を刺激すると説明されています。

前頭前野は意欲や洞察力、意思決定に関わる部位で加齢によって血管が詰まりやすくなると血管性認知症のリスクが上がるとも言われている領域です。

研究では1日5分のお手玉を2週間続けると脳波のレベルに変化が見られたという報告もあり、これは日本のお手玉の会が発行する会報でも紹介されています。

参考:https://www.otedama.jp/_userdata/tama64-1.pdf

逆回しの方がより効果的という指摘

さらに面白いのが利き手からお手玉を投げるよりも、利き手ではない方の手から投げる「逆回し」の方が、脳の活性化効果が高いとされている点です。

テレビの科学番組で脳波を測定した際にも、逆回しをすると前頭前野の反応が強く出るという結果が示されたそうです。

ふだん何気なくやっている遊びに、こんな仕組みが隠れていたなんて正直ちょっと意外でした。

単純な動きに見えて、実はかなり複雑な脳の働きが関わっているんですね。

お手玉の日の過ごし方

ここでは9月20日をどんなふうに楽しむとよいか、簡単な提案をまとめます。

家族や子どもと一緒に遊んでみる

せっかくの記念日なので、家にお手玉があるなら家族で振ってみるのもいいと思います。

祖父母から孫へ、あるいは親から子へ技を伝える機会としてこの日を使ってみるのはどうでしょうか。

手作りのお手玉なら小豆やペレットを布で包むだけで簡単に作れますし、意外と夏休みの工作にも向いていますよ。

地域のイベントや大会情報を確認する

日本のお手玉の会は各地で交流事業やイベントを開催していますので、近隣で関連行事がないか確認してみるのもおすすめです。

地域によって遊び方や呼び名に違いがあるのでそうした差を知るのもなかなか楽しいものです。

まとめ

  • お手玉の日は毎年9月20日、日本のお手玉の会(愛媛県新居浜市)が制定した記念日
  • 由来は1992年に新居浜市で開かれた第1回全国お手玉遊び大会
  • お手玉の起源は諸説あり、紀元前5世紀のリディア地方のアストラガリという遊びが有力説
  • 日本には奈良時代に中国から伝来し、石名取玉と呼ばれていた
  • 江戸時代に布製のお手玉が登場し、現在の形に近づいた
  • 兵庫県養父市には石なご遊びが石なんごとして今も伝承されている
  • 前頭前野を活性化させ、逆回しの方がより効果的という研究報告もある

お手玉の日をきっかけに身近な人と一緒に遊んでみると、思った以上に発見があるかもしれません。

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