毎年9月28日は「パソコン記念日」、別名「パソコンの日」と呼ばれています。
この記事を読めばこの記念日がなぜ生まれたのか、そして本当に9月28日が正しい日付なのかという、あまり知られていない裏側まで理解できると思います。
ちょっと意外な話も含まれているので、最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
パソコン記念日の基本的な意味
ここではパソコン記念日がどういう記念日なのか、まず基本を押さえていきますね。
1979年のNEC発売が由来
パソコン記念日は1979年(昭和54年)にNEC(日本電気株式会社)が「PC-8001」を発売したことにちなんで生まれた記念日です。
当時の希望小売価格は168,000円で、これは会社員の月給に近い金額だったので、かなり思い切った買い物だったんじゃないかなと思います。
本体とキーボードが一体化したデザインで、重さは約4kgほどありました。
この機種が後のパソコンブームの火付け役になったというのがパソコン記念日として語られる中心的な理由です。
日本記念日協会には掲載されていない
意外と知られていないんですがパソコン記念日は今の日本記念日協会の公式サイトには載っていません。
かつて協会編集の「すぐに役立つ366日記念日事典」という書籍には2009年版まで掲載されていたものの、それ以降の版では姿を消しているんですね。
誰が正式に制定したのかも公式には確認できておらず、あくまで長年語り継がれてきた記念日という位置づけに近いように感じます。
なぜ9月28日なのか、その裏側
ここを読むとこの記念日の日付にまつわる、あまり紹介されていない事情がわかります。
正直、調べてみてけっこう驚きました。
PC-8001の発売日自体が実はあやふや
NECの公式資料ではPC-8001の発売日は「1979年9月」としか記載されておらず、日付までは特定されていません。
しかも当時の様々な書籍や雑誌を確認していくと、発売月についての記述だけでも5月、8月、9月、10月、12月とかなりばらつきがあるんです。
これはおそらく、5月に発表会見が行われたことと実際に出荷が始まった時期がずれていたために、資料によって書き手の認識が違ってしまったんだろうなと考えられます。
「9月28日」の初出は読売新聞のインタビュー記事だった
これは私も調べていて印象深かった部分なんですが、「9月28日」という具体的な日付が文献に現れる最も古い記録は、1989年9月5日付の読売新聞都民版に掲載された連載記事「わたしの記念日」だと考えられています。
この記事はPC-8001の開発を率いたNECの渡辺和也氏へのインタビューで、記事の見出しにも「昭和54年9月28日」という日付が使われていました。
つまりこの日付は開発者本人の記憶に基づくものだった可能性が高いんですね。
ただ、10年以上前の出来事を振り返っての発言なので、正確な記録というより思い出としての日付だった可能性も否定できないというのが私の見立てです。
記念日として定着させたのは1993年の書籍だった
この読売新聞の記事だけでは、当時「パソコン記念日」という言葉自体は広まっていなかったようです。
実際、日本記念日協会の代表が1992年の日経産業新聞のインタビューで「パソコンの日」について語った際も、「あるかもしれない」といった曖昧な言い方をしていて、この時点ではまだ確立していなかった様子がうかがえます。
転機になったのは1993年に発刊された「ビジネス記念日データブック」という書籍で、ここで初めて「9月28日」を明確な発売日として扱う記述が登場し、以降その書籍を参照する形で様々なメディアに広まっていったと見られています。
憶測になりますがこの経緯を見ると、パソコン記念日というのは開発者の記憶と記念日文化がうまく結びついて生まれた、少し特殊な成り立ちの記念日なんじゃないかなと思っています。
PC-8001はどんなパソコンだったのか
ここでは記念日の由来となったPC-8001そのものの中身について、掘り下げてみますね。
開発の背景とダーティーコンピュータという発想
PC-8001の開発は1978年の夏頃、渡辺和也氏と設計担当の後藤富雄氏を中心とした10人ほどのチームで始まりました。
社内での開発コードは「PCX-1」だったそうです。
当時のライバル機だったシャープのMZ-80Kは、起動時に外部のカセットテープからBASICを読み込む「クリーンコンピュータ」方式を採用していて、これだと起動に5分ほどかかっていました。
それに対しNECは基本ソフトを本体のROMに書き込んでおく「ダーティーコンピュータ」方式を選び、起動後すぐに使える快適さを実現したんです。
この判断が、後のヒットにつながったと考えられています。
ビル・ゲイツとの契約という選択
自社の技術力を誇示するのではなく、標準を作ることを優先したのもPC-8001の特徴だと思います。
標準搭載するBASICインタプリタは、NEC社内でも開発していたにもかかわらず、あえてマイクロソフト製を採用しました。
1978年11月、渡辺氏がロサンゼルスでの視察を機にマイクロソフトを訪問し、当時従業員がわずか12人だったマイクロソフトのビル・ゲイツ氏と交渉したという話が伝えられています。
この選択がなければ、その後のパソコン業界の勢力図も少し変わっていたかもしれませんね。
25万台という数字が示すヒットの規模
CPUにはZ80互換のNEC製μPD780C-1、ROM24キロバイト、RAM16キロバイトという構成で、価格は販売終了まで168,000円のまま変わりませんでした。
1万台近い受注残を抱え、その消化に半年以上かかったほどの人気で、1983年1月の販売終了までに累計で約25万台を出荷しています。
これは当時としてはかなりのヒット商品だったと言えると思います。
この売れ行きがあったからこそ、後年になって「記念日」として語られるだけの存在感を持てたんだろうなと感じています。
パソコン記念日が持つ意味
パソコン記念日は単に一つの製品の発売を祝う日というより、日本の家庭や個人にコンピュータという道具が入り込んでいった、その最初の一歩を思い出す日なのかなと個人的には思っています。
PC-8001以降、NECはPC-8800シリーズ、PC-9800シリーズへと展開していき、日本のパソコン市場そのものを大きく育てていきました。
日付そのものの正確さには正直なところ疑問符がつく部分もあるものの、それでも多くの人にとって、パソコンという存在を身近にしてくれた出発点を思い出すきっかけになる日だと思います。
まとめ
最後にこの記事の要点を整理しておきますね。
- パソコン記念日は9月28日で1979年のNEC「PC-8001」発売にちなむ記念日
- PC-8001の正確な発売日は公式には「9月」としか記録されておらず、9月28日という日付は開発者渡辺和也氏の1989年インタビューが初出とされる
- 記念日として広まったのは1993年の「ビジネス記念日データブック」以降で、現在の日本記念日協会公式サイトには掲載されていない
- PC-8001は起動後すぐに使える「ダーティーコンピュータ」方式やマイクロソフト製BASICの採用など、独自の判断が詰まった一台だった
- 販売終了までに約25万台を出荷し、日本のパソコン市場を築くきっかけとなった
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