この記事を読めばPRの日(10月12日)の由来や制定した団体、そしてPRという仕事そのものの歴史まで、一通りわかります。
「なんで10月12日なの?」
「PRって広告と何が違うの?」
と気になって調べている方の疑問に順番に答えていきます。
私も最初は「PRの日って、なんとなく宣伝の日みたいな感じかな」くらいに思っていました。
でも調べてみると日付の見立て方にもちょっとした遊び心があって、PRという言葉の背景も思った以上に奥が深かったんです。
読み終わるころにはきっと10月12日の見え方が少し変わっているはずです。
PRの日とは?基本情報を整理
ここではPRの日がどんな記念日なのか、読むと基本情報が一気につかめます。
10月12日はPRの日
毎年10月12日は「PRの日」です。
広報やPRという仕事の重要性を広く知ってもらうことを目的にした記念日になっています。
「PR」と聞くと商品の宣伝やCMを思い浮かべる方が多いかもしれません。
ところがこの記念日が光を当てているのはもっと根っこの部分、つまり組織と社会がよい関係を築くための仕事のほうなんです。
制定したのは広報PRの学校を運営する会社
制定したのは東京都渋谷区恵比寿に本社を置く株式会社ミエ・エファップ・ジャポンです。
広報やPRの仕事を教え、プロを育てるビジネススクール「M.I.C」(Mie Institute of Communication)を運営している会社ですね。
ちなみに、別の団体が制定したと書かれているページも見かけました。
ただ、私が確認できた範囲ではミエ・エファップ・ジャポンとする情報が複数あったので、この記事ではそちらを採用しています。

日本記念日協会の登録について
当初は一般社団法人・日本記念日協会に認定、登録された記念日とされています。
ただ、2024年7月時点では同協会の認定記念日として確認できないという指摘もあります。細かい経緯までは分からないので、ここは正直に「はっきりしない部分」としておきますね。
記念日の認定や登録はそもそも公的機関によるものではなく、民間の団体が行っているものです。
ですので登録の有無で記念日の価値が決まるわけではない、というのが私の見方です。
10月12日になった由来を深掘り
ここを読むとなぜ10月12日なのかという日付の理由と、その見立ての面白さがわかります。
「P」に10、「R」に12が隠れている
日付の由来はアルファベットの「P」の中に数字の「10」が、「R」の中に「12」が隠れているように見えるところです。
実際に「P」を思い浮かべてみてください。
縦の棒が「1」で、丸い部分が「0」。
なるほど、「10」ですよね。
「R」のほうは縦の棒が「1」、上の丸みと脚の部分が「2」に見えてくる…という理屈です。
ぱっと見でなんとなく納得できてしまうのが、けっこう楽しいところだなと思いました😊
語呂合わせではなく「形の見立て」という珍しさ
記念日の日付は「1」が並ぶから11月11日、のように語呂や数字の並びで決まることが多いです。
実際、1999年に制定された記念日が、数字の「1」が並ぶ見た目を理由にしたことで広く知られるきっかけになった、という話もあります。
それに対してPRの日は数字の読み方ではなく、文字の形の中に数字を見つける発想です。
自分の考えではこれはかなり珍しいタイプだと思います。
広報の人たちが「見せ方」を大事にする仕事だからこそ、日付の決め方にも見せ方の工夫が出ているのかなと感じました(これはあくまで私の憶測です)。
「パブリック」の語呂とする説明について
ところで、「10月12日を『パ(10)ブ(1)リ(2)ック』と読む語呂合わせ」と説明しているページもありました。
ただ、制定者による説明としては「PにR」の見立てが複数の情報で一致しているので、この記事ではそちらを正としています。
語呂としてはたしかに読めなくもないです。
でも確かな根拠が見当たらないので、覚えるならPとRの形のほうをおすすめします。
そもそもPRとは?意味を正しく理解
ここではPRという言葉の本来の意味と、広報や広告との関係がすっきり整理できます。
PRは「パブリック・リレーションズ」の略
PRは「Public Relations」(パブリック・リレーションズ)の略です。
企業や団体が社会とよい関係を築くため、そして自分たちの望ましいイメージを多くの人に知ってもらうための活動を指します。
学術的な定義もあります。
『体系パブリック・リレーションズ』では、
「組織体とその存続を左右するパブリックとの間に、相互に利益をもたらす関係性を構築し、維持するマネジメント機能」
と整理されています。
難しく聞こえますが要は
「関わる人たちと、お互いに得になる関係を長く続ける仕事」
ということですね。
広報はPRの一部という考え方
日本では「PR=広報」というイメージが定着しています。
ただ、厳密に言うと相互関係をつくるという意味のPRは、情報発信を意味する広報とは違う言葉です。
広報活動も含んださらに上位の概念として理解するのが正確だとされています。私も実務の現場の方の話を聞くまでは同じ意味だと思っていました。
でも「発信する」と「関係をつくる」は、ているようで別物なんですよね。
広告とPRは何が違うのか
広告はお金を払って枠を買い、伝えたい内容を自分でコントロールして届けます。
PRはメディアや社会から取り上げてもらうことで、第三者の言葉として広がっていく側面が強い活動です。
ここは私の整理なので、実際の線引きは会社や場面によって変わると思います。
たとえば新商品を出すとき、CMを流すのが広告で開発の裏話をまとめて記者に届けるのがPR、というイメージです。
どちらが上という話ではなく、役割が違うんですよね。
PRの歴史を世界と日本でたどる
ここを読むとPRがどう生まれ、日本にどう入ってきたのか、年代を追って理解できます。
20世紀初頭のアメリカでアイビー・リーが転機をつくる
近代PRの出発点としてよく名前が挙がるのが、アイビー・リーです。
1906年、無煙炭ストライキの際に炭鉱経営者に雇われたリーは新聞社に事実を記した資料を毎日届け、さらに「Declaration of Principles」(原則宣言)を全新聞社に送りました。
その中身は
「私たちの仕事はすべて公開の場で行う」
「これは広告代理店ではない」
「提供する情報は正確である」
といった趣旨でした。
それまでの、新聞を飾り立てたり煙に巻いたりするプレスエージェントのやり方から、本物のPRへ踏み出した動きだと見られています。
バーネイズが理論として体系化する
その後に登場するのが、「広報の父」とも呼ばれるエドワード・バーネイズです。
著書『Crystallizing Public Opinion』(邦題は『世論の結晶』などと紹介されます)はPRに関する最初の専門書とされています。
一方でこの手法がナチスのプロパガンダにも利用されたという話もあります。
PRは使い方次第で善にも悪にもなり得る技術なんだな、と複雑な気持ちになりました。だからこそ、誠実さが大事にされる仕事なのだと思います。
日本への導入は戦後、GHQの指導から
日本でPRが本格的に導入されたのは第二次世界大戦後です。
1947年(昭和22年)3月、GHQが民主化政策の一環として、地方自治体にPRO(パブリック・リレーションズ・オフィス)を置くよう指導したことに始まるといわれています。
そこから各地に広報広聴の部署が設けられ、PRが広まっていきました。
さらに1949年(昭和24年)3月には官民を網羅した弘報連絡協会(PRISA)という団体が結成され、本格的な導入が目指されています。
「広報」という訳語と「渉外」の話
ここで意外だったのが言葉の話です。
帝京大学の研究では当時は「渉外」という単語がPRに相当する言葉として使われていたことが示されています。今の私たちが当たり前に使う「広報」という訳語は、最初から決まっていたわけではなかったんですね。
「広報」はGHQによる民主化政策で取り入れられたPRの訳語、という説明が一般的です。
ただ、「弘報」という表記もあったようなので言葉が落ち着くまでには少し時間がかかったのかもしれません(ここは私の推測です)。
参考:https://appsv.main.teikyo-u.ac.jp/tosho/kukitano21.pdf
日本パブリックリレーションズ協会の歩み
業界団体の動きも見ておきましょう。
日本パブリックリレーションズ協会(PRSJ)は1980年4月7日に発足し、1988年12月には通商産業省の許可を得て社団法人として新たに発足しています。
2012年4月には公益社団法人へ移行しました。
資格の面では2007年9月に第1回「PRプランナー資格検定1次試験」を実施し、2008年3月に145名の第1期PRプランナーが誕生しました。
こうしてPRが専門職として社会に認められる流れができてきたわけです。
PRの日の過ごし方と活かし方
ここでは10月12日をきっかけに、読者の方が自分の仕事や暮らしでPRを意識するヒントが得られます。
広報や経営に関わる人は「関係づくり」を点検する日に
広報担当の方なら、この日を「発信の数」ではなく「関係の質」を見直す日にしてみるのはどうでしょう。
取引先や従業員、地域の人たちとの間で、一方通行になっていないか。
そんな問いかけをしてみるだけでも意外と気づきがあるものです。
これは私の提案ですがたとえば「この1年で、会社が社会から受け取った声を何件社内に共有できたか」を数えてみる方法があります。
PRは発信だけでなく、聞くことも含むと考えるととても現実的な指標になると思います。
就活生や学生は仕事理解のきっかけに
広報やPRの仕事に興味がある学生さんなら、記念日をきっかけにして調べてみるのもおすすめです。
日本には「PRプランナー」という資格認定制度もあって、日本パブリックリレーションズ協会が2007年に設立した、日本で唯一の広報・PR資格認定制度とされています。
まずは入門としてPRと広報の違いを自分の言葉で説明できるようになるだけでも、面接で差がつくかもしれません。
記念日をPRに使う発想
記念日は企業や業界が販促や広報の効果を狙って制定する例も多いです。
1990年の時点ですでに約2800種類以上の記念日があったとされています。
では、PRの日のように「自分たちの仕事の価値を知ってもらう」ために記念日を使うのはどうなのでしょう?個人的には、とても理にかなっていると感じます。
仕事そのものを知ってもらうことが結局は業界の信頼につながるからです。
この記念日が教えてくれること
ここでは少し視点を変えて、PRの日が伝えているメッセージを私なりに掘り下げます。
「見せ方」と「中身」はセットという気づき
PRの日の日付は文字の形を見立てるという、見せ方の工夫から生まれています。
でも、その背景にあるPRの歴史を見ると、アイビー・リーは「正確であること」「公開すること」を何より大事にしていました。
つまり、見せ方だけでは足りなくて、中身の誠実さとセットで初めてPRになる。
ちょっと遊び心のある日付とまじめな歴史の対比が、この記念日の面白いところかなと思いました。
誰もあまり言わない「PRは聞く仕事」という視点
PRというとどうしても「伝える」ことばかりが注目されがちです。
でも、定義を見直すと、「相互に利益をもたらす関係性」を築くことが中心でした。
戦後にGHQが県民の自由な意思を表明させる目的で広聴の仕組みを入れた、という流れを考えても、聞く役割は最初から含まれていたはずです。
なんで誰もこれを強く言わないんだろうと思うくらい大事なポイントです。
PRの出発点は「言うこと」ではなく「関係をつくること」なんですよね。
今日からできる小さなアクション
気軽にできることを挙げてみます。
- 自分の会社や学校がどんな人たちに支えられているかを書き出してみる
- 最近見て印象に残った企業の発信を、「何を伝えて、どんな関係を築こうとしているか」という目で眺めてみる
- 広報とPRの違いを自分の言葉で友人に説明してみる
どれも5分あればできます。
ちょっとした習慣にすると世の中の情報の見え方がけっこう変わってきますよ。
まとめ
PRの日について大事なポイントを整理します。
- PRの日は毎年10月12日で広報やPRの仕事の重要性を広く知ってもらうための記念日です。
- 制定したのは、広報PRの学校「M.I.C」を運営する株式会社ミエ・エファップ・ジャポンです。
- 日付の由来は「P」に10、「R」に12が隠れているという文字の形の見立てです。
- PRは「Public Relations」の略で組織と社会が互いに利益のある関係を築く活動のことです。
- 広報はPRに含まれる概念で同じ意味ではありません。
- 近代PRは20世紀初頭のアメリカで広がり、日本には戦後、GHQの指導で1947年ごろから導入されたといわれています。
- 日本記念日協会での現在の登録状況は確認できない部分があります。
10月12日はぜひ「自分は誰とどんな関係を築いているだろう?」と、ふり返る日にしてみてくださいね。
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