PTA結成の日とは?由来や歴史を解説【10月14日】

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この記事を読めば10月14日の「PTA結成の日」がなぜこの日なのか、日本のPTAがどんな経緯で生まれたのかがわかります。

「PTAって結局なんのためにあるの?」
「役員を頼まれたけれど、そもそもの成り立ちを知りたい」

と思ったことはありませんか?

仕組みを調べるうちに戦後すぐの日本の姿が見えてきて、けっこう驚きました。

目次

PTA結成の日とは

ここでは、10月14日がどんな日なのか、基本の意味と日付の根拠を整理します。

10月14日に結成された全国組織

PTA結成の日は1952年(昭和27年)10月14日に、PTAの全国組織である「日本父母と先生全国協議会」が結成されたことにちなむ記念日です。

この組織が現在の公益社団法人日本PTA全国協議会の前身にあたります。

日本PTA全国協議会の公式サイトには昭和27年10月14日に東京で「結成記念の会」が開かれた記録が残っています。

ひとつ補足です。

一部の資料には組織の起源を1952年10月16日と記しているものもあります。

日付の食い違いは、結成大会の日と団体としての正式な発足日の扱いの差かもしれませんがここは私の推測です。

記念日としての「10月14日」は少なくとも日本PTA全国協議会が記録する結成記念の会の日付と一致しています。

そもそもPTAとは何か

PTAは「Parent-Teacher Association」の略です。

保護者と教職員が、学校ごとに組織する社会教育関係団体のことを指します。

つまり

「学校に通わせている親が任意で参加し、先生と一緒に子どもの環境をよくしていく会」

というのが本来の姿なんですね。

PTA週間とのつながり

10月14日を初日にして20日までの一週間は「PTA週間」とされています。

全国のPTAでさまざまな活動が行われる期間です。

この記事ではこの一週間の具体的な行事内容には触れません。

ただ「結成の日が一週間の入り口になっている」という点は覚えておくと理解しやすいと思います。

PTAの由来は戦後の教育改革

ここでは日本のPTAが「どこから来たのか」を、公式の沿革をもとにたどります。ここを読むとPTAが自然に生まれた組織ではなかったことがわかります。

米国教育使節団報告書がはじまり

日本PTA全国協議会の沿革には日本のPTAは米国教育使節団報告書から始まったと書かれています。

使節団は1946年(昭和21年)3月に来日し、4月7日には報告書を発表しました。

その中にPTAへの言及があったのです。

戦後の日本社会を民主化するために教育の仕組みを根本から見直そうという流れの中で、PTAは登場しました。

GHQと文部省が動いた1946年

1946年の秋ごろ、GHQは文部省の社会教育局にアメリカのPTA資料を示し、日本でのPTA結成を指導したとされています。

これを受けて、同年10月19日には文部省内に「父母と先生の会委員会」が設置されました。

委員は父母や教育者、学識経験者、文部省職員の計25人です。

意外だと感じたのは最初のきっかけが「上からの勧め」だった点です。

今のPTAに対して「なんで強制っぽいの?」というモヤモヤを持つ人は多いですよね。

その背景には出発点がボトムアップではなかったという事情も少し関係している気がします。あくまで私の見立てです。

名前も「父母と先生の会」だった

当時の委員会名からわかるように日本では最初「父母と先生の会」という呼び方が使われていました。

結成された全国組織の名前も「日本父母と先生全国協議会」でしたよね。

その後、1953年に「日本PTA全国協議会」へと名称が変わり、1954年に「日本PTA協議会」、1957年に再び「日本PTA全国協議会」になりました。

名前が何度も変わっていたと知ると少し親近感が湧きます。

全国に広がるまでのスピード

ここではPTAが驚くほど短期間で全国に広がった様子を、数字でお伝えします。

1年で7割近くの学校が設置

文部省の「父母と先生の会委員会」が「PTA結成の手引き」を公表してから1年後の1948年(昭和23年)4月には、全国の小中学校のPTA設置率が7割近くに達していました。

制度の発足が遅れた高校でも、4割を超えていたそうです。

正直、この数字には驚きました。

戦後の混乱がまだ残る時期に、れだけ速く広まったわけですから。

GHQや文部省、地方軍政部、地方の社会教育担当者がそろって設立を勧めたことが勢いをつけたとされています。

市町村から全国組織へ

学校ごとにPTAができると次は地域ごとの連合組織、さらに全国の統一組織を求める声が出てきます。

1948年1月には東京都私立中等学校父兄会連合会が明治大学で「日本PTA結成促進準備委員会」を開きました。

全国規模の一体的な組織を目指した動きです。

1950年(昭和25年)に入ると文部省が全国組織の結成を積極的に指導するようになります。

同年2月には、神田の共立女子大学で文部省主催の第1回全国PTA研究協議会が開かれました。

全国と地方別の連絡組織づくりが話し合われた場です。

1952年に結成、翌年に研究協議会

そして1952年10月、東京で全国団体の結成大会が開かれました。

初めは岩手、秋田、奈良、滋賀、山口、香川、高知の7県と京都市や大阪市を除く各協議会が参加団体だったそうです。

翌1953年8月には三重県宇治山田市(現在の伊勢市)で第1回全国PTA研究協議会が開かれています。

結成から現在まで同じ形のまま続いてきたわけではありません。

1985年に社団法人格を取得し、2013年4月1日に公益社団法人へ移行して今に至ります。

初期のPTAが取り組んだこと

ここでは結成当時のPTAが何に力を入れていたのかを紹介します。今のイメージとはかなり違うので読むと見方が変わるかもしれません。

学校の環境を整える要望活動

昭和20年代のPTA活動の柱は戦後の学校制度を整えることへの要求でした。

学校給食の制度化、2部授業の撤廃、校舎の増築、青年学級の創立、教科書の無償配布、学校保健の実施などがその例です。

保護者の立場から要望をまとめて文部行政に伝え、実現のために財政当局にまで働きかけを重ねたといいます。

2部授業が当たり前だった時代があったこと自体、今の私たちには想像しにくいですよね。

PTAは親が教室や給食を勝ち取るための団体でもあったんです。

機関誌と日米交流

全国の会員と各学校のPTAをつなぐ機関誌「日本PTA」は1953年12月に創刊されました。

初期の誌面は地方の活動紹介やアメリカのPTA関連の話題、両親教育が中心だったそうです。

年6回、奇数月に隔月で発行されています。

初期はお手本であるアメリカのPTAを学ぶための往来も盛んでした。

1950年には文部省の視学官2人が渡米し、7月には米国全国PTA協議会の会長が来日して日本のPTAを視察、指導しています。

PTAのルーツはアメリカにある

ここでは本家アメリカでPTAがどう始まったのかを、かんたんにお伝えします。日本版との違いに気づけると思います。

母親たちの会議から始まった

アメリカのPTAは1897年にアリス・マクレラン・バーニーとフィービー・アパーソン・ハーストの二人が創設しました。

当初の名称は「全国母親会議(National Congress of Mothers)」です。

当時は女性に参政権がなく、社会活動が歓迎されない時代でした。

その後、組織は「全国父母と教師の会議」と名前を変え、1970年には黒人の保護者と教師の組織と統合して、現在のNational PTAになりました。

日本との大きな違い

アメリカでは民間の女性たちの運動として始まりました。日本では占領下の教育改革の一環として導入されました。

私の考えではこの「出発点の違い」が、日本のPTAに対する「やらされ感」と、アメリカ型の「自分たちで動く感覚」との温度差につながっているのかなと思います。

もちろん、これは仮説です。

PTA結成の日に考えてみたいこと

ここでは歴史を踏まえて、今のPTAとの付き合い方のヒントをお伝えします。

任意加入の団体という原点

PTAは保護者と教職員が自主的に参加する社会教育関係団体です。

成り立ちを知っておくと、「入ることが当たり前」ではなく「子どものために協力し合う場」という本来の意味が見えてきます。

入会や役割について悩んでいるなら、まず学校ごとの会則を確認してみるのがおすすめです。

「対等な関係」が本来の姿

名前を思い出してください。「父母と先生の会」でしたよね。

保護者と教職員が対等に並ぶ名前だったんです。

先生が指示して保護者が動くのでも、その逆でもありません。

個人的にはこの原点を思い出すだけで、PTAの会議の空気が少し柔らかくなるんじゃないかなと感じています。

10月14日はそんなことを考えるきっかけにちょうどいい日ですね🌱

まとめ

  • PTA結成の日は10月14日で1952年(昭和27年)に全国組織の「日本父母と先生全国協議会」が結成されたことに由来する
  • 日本のPTAは1946年の米国教育使節団報告書とGHQ、文部省の指導から始まった
  • 結成の手引き公表から1年で小中学校の約7割にPTAが設置された
  • 初期のPTAは給食や校舎増築、教科書無償配布などの要望活動が中心だった
  • 日本の全国組織は1985年に社団法人、2013年に公益社団法人となった
  • アメリカのPTAは1897年に民間の母親たちの運動として生まれ、日本とは出発点が異なる

PTAに参加している方もそうでない方も10月14日には「そもそも何のための会だったのか」を、ぜひ一度ふり返ってみてください。

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