大谷翔平の日とは?由来や歴史を解説【5月17日】

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この記事を読めば「大谷翔平の日」がいつ、誰がなぜ制定したのかを丸ごと理解できます。

「5月17日」という日付にはただの背番号以上の深い意味が込められていて

知れば知るほどその制定の背景に驚かされます。

目次

そもそも「大谷翔平の日」って何?

アメリカのロサンゼルス市が正式に制定した、大谷翔平選手を称える記念日なんです。

英語ではShohei Ohtani Dayと表記されています。

日本のカレンダーに乗っている祝日とは違って、ロサンゼルス市という地方自治体が独自に定めた記念日です。

こういった形で特定の個人の名前を冠した記念日が制定されるのはアメリカの都市ではそこまで珍しくはないものの、現役バリバリの野球選手として制定されたというのは、かなりレアなケースと言えるでしょう。

制定の経緯と歴史

2024年5月17日、市庁舎での式典

2024年(令和6年)5月17日、大谷選手はロサンゼルス市役所(シティホール)に招かれ、正式に記念日の制定書を授与されました。

式典はLA市議会議長のポール・クレコリアン氏と、市議会議員のジョン・リー氏が主導する形で進められて、ドジャースからはデーブ・ロバーツ監督、球団社長のスタン・カステン氏、野球部門統括のアンドリュー・フリードマン氏なども出席しています。

大谷選手自身は通訳のウィル・アイアトン氏を通じてこう述べています。

「LAの市議会にお礼を申し上げます。このような名誉ある称号をいただけることを光栄に思います。そしてドジャースの組織と、LAの皆さんすべてに感謝します」

と。

ドジャース選手として在籍中の限定記念日

ひとつ注目しておきたいのがこの記念日の「有効期間」です。

ロサンゼルス市の決議では大谷選手がドジャースの選手として在籍している期間中、毎年5月17日を「大谷翔平の日」とするという内容になっています。

つまり、ドジャースを離れた場合には継続されない可能性がある、という点は押さえておく必要がありますね。

なぜ「5月17日」なのか?日付の深い理由

この記念日の日付が持つ意味はじつは二層構造になっています。

背番号「17」との一致

まず誰もが真っ先に気づく理由が大谷選手の背番号「17」です。

エンゼルス時代から着け続けているこの番号が、日付の「17日」にそのまま対応しています。

ドジャースに移籍した後も背番号は変わらず17番のまま。

だからこそ、記念日の日付も迷いなく17日に決まったわけです。

5月=アジア系アメリカ人を称える月

もうひとつの理由が5月という月の持つ意味合いです。

アメリカでは5月が「アジア系アメリカ人・太平洋諸島系アメリカ人(AAPI)の文化遺産継承月間」として国全体で定められています。

この月間の起源は1977年まで遡って当初は5月第1週のみの「週間」として制定され、1990年にジョージ・H・W・ブッシュ大統領が1ヶ月に拡大、1992年に議会が正式に毎年5月を継承月間として永続化した歴史があります。

なぜ5月かというと1843年5月7日に日本人移民が初めてアメリカに到達したこと、そして1869年5月10日に大陸横断鉄道が完成した際に中国系移民が多大な貢献をしたこと、この二つの歴史的出来事が根拠になっています。

大谷選手が「日系人としてアメリカ社会に与えた影響」を称えるうえで、この月間中に記念日を設けることは、意味として非常に自然な選択だったんですね。

地元紙「ロサンゼルス・デイリー・ニュース」の市政担当記者リン・タット氏もXで、「大谷の背番号と、5月がAAPIの文化遺産継承月間であることから、この日が選ばれた」と伝えています。

偶然すぎる一致 大谷翔平の父の誕生日

さらにもうひとつあまり知られていない話があります。

5月17日は大谷翔平選手の父・徹さんの誕生日と重なっているんです。

徹さん自身も「偶然だと思いますが、私の誕生日なので私の方がうれしいですよ」とスポニチにコメントしていて、これを読んでなんかちょっとほっこりしました。

本人が狙ったわけでは当然ないんですが、こういう偶然の重なりってなんか運命みたいなものを感じますよね。

LA市が記念日を制定した理由

野球選手としての圧倒的な実績

ロサンゼルス市が大谷選手を称えた理由のひとつはやはりフィールド上での実績です。

2024年シーズン序盤(記念日制定時点)には打率.360、12本塁打、30打点、OPS1.099という驚異的な数字を残していました。

そして2024年9月19日には史上初の「50-50(50本塁打・50盗塁)」を達成し、さらにワールドシリーズ制覇にも貢献しています。

アジア系コミュニティへの影響

もうひとつ、見落とせないのが日系人・アジア系住民への社会的な影響です。

市議会の決議文では、「大谷の日系市民としての歴史的な影響」という表現が使われています。

ロサンゼルスにはアジア系の住民が多く、大谷選手の活躍はそのコミュニティ全体の誇りとなっていて、市としてもそれを公式に認める意義があったと言えるでしょう。

ちなみにドジャースの過去の選手でもフェルナンド・バレンズエラ選手(メキシコ出身)が同様の栄誉を受けたことがあるとのこと。地域とのつながりを大切にするLAならではの文化が垣間見えます。

記念日制定への反響

SNSでの反応

記念日制定のニュースが伝わると、SNSは瞬く間に盛り上がりました。

「大谷翔平、もうすっかり偉人の域」
「まさに生きる伝説」
「日本も祝日にしよう」

といった声が相次いで海外メディアも一斉に報道しました。

MLB自体も「大谷デー」を開催

おもしろいのはLAだけじゃなくてMLB自体も動いたことです。

2026年1月7日にはMLBネットワークが一日中「大谷デー」特別編成を組み、彼の功績を振り返る番組を続けて放送しました。

背番号17を別のかたちでも表現しようとする発想、なかなかやりますよね。

毎月17日を「OHTANI DAY」とする動きも

2026年5月にはファナティクス・ジャパンが「毎月17日をOHTANI DAY」として大谷翔平シグネチャー・コレクションを発売するキャンペーンを展開するほど、「17=大谷」という認識がビジネスにまで波及しています。

まとめ

  • 「大谷翔平の日」は毎年5月17日で2024年にアメリカ・ロサンゼルス市が制定した記念日
  • 日付の由来は大谷選手の背番号「17」と、5月がアジア系アメリカ人を称える「AAPI文化遺産継承月間」であること
  • 式典は2024年5月17日にLA市役所で行われ、市議会議長をはじめドジャース幹部も出席
  • ドジャース在籍期間中は毎年継続される予定
  • 大谷選手の父・徹さんの誕生日とも偶然一致しているという、なんとも不思議なエピソードもある
  • 野球選手としての実績だけでなく日系コミュニティへの影響も制定の大きな理由
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