「8月15日って終戦の日ってことは知ってるけど、すいとんで平和を学ぶ日っていうのもあるの?」
って思った方、けっこう多いんじゃないでしょうか。
この記事を読めばすいとんで平和を学ぶ日がいつどうやって生まれたのか、そして戦時中のすいとんがどんな食べ物だったのかが分かります。
毎年終戦記念日が近づくと戦争関連の話題が増えますが、その中でも食べ物を通して平和を考えるこの記念日は、正直かなり独特な立ち位置だなと感じています。
子どもに戦争のことをどう伝えたらいいか悩んでいる親御さんや、教育に関わっている方にとってもけっこうヒントになる内容だと思います。
すいとんで平和を学ぶ日の基本情報
まずはこの記念日がいつで何を目的にしているのか、ざっくり押さえておきましょう。
日付と制定した団体
すいとんで平和を学ぶ日は毎年8月15日です。
制定したのは愛知県犬山市で草の根の平和活動を続けている「すいとんの会」という団体なんですね。
ちなみにこの記念日は一般社団法人日本記念日協会によって正式に認定・登録されています。
個人的な感想ですけど、地方の小さな市民団体が発案した記念日が全国区の協会にきちんと登録されているというのは、なかなか珍しいパターンだなと思いました。
記念日が目指していること
すいとんの会は依頼のあった学校や会場に実際に出向いて、子どもたちにすいとんを試食してもらいながら戦争の虚しさや平和の大切さを語る活動をしているそうです。
戦時中の代用食とされた「すいとん」を食べながら、戦争や原爆の愚かさ、悲惨さ、そして食糧難の過酷さについて話すことで、平和の尊さを次の世代に伝えようとしているんですね。
実際に味を体験させるというのがポイントで、ただ教科書で読むより記憶に残りやすいだろうなという気がします。
なぜ8月15日にすいとんなのか
日付の理由となぜ「すいとん」という料理が選ばれたのかを見ていきます。
終戦の日が選ばれた理由
1945年(昭和20年)8月15日は太平洋戦争が終わった日として広く知られていますよね。
すいとんの会はこの日を、現在まで続く平和の始まりの日でもあると捉えていて、平和を学ぶのにふさわしい日という思いから記念日の日付に選んだそうです。
つまり終戦の日そのものをリニューアルしたわけではなく、その延長線上に「もう一歩踏み込んで平和を学ぼう」という意味合いを重ねた形なんですね。
すでに全国的な行事や黙祷が行われる日にあえて重ねてきたところにこの団体なりの狙いを感じます。
すいとんが選ばれた理由
すいとんが選ばれた理由は戦時中の食糧不足を象徴する食べ物だからです。
小麦粉に水を加えて練り、団子状にして汁で煮たのがすいとんですが、戦争末期には小麦粉さえ手に入りにくくなり、大豆粉やトウモロコシ粉、高粱粉、さらには糠まで材料に使われることもあったといいます。
味付けの調味料も不足していたので昆布や煮干しの出汁もなく、ただの湯で煮ることも珍しくなかったそうです。塩気を足すために海水で煮るという工夫まであったというのは、正直かなり衝撃的でした。
当時を知る人の体験談では生煮えのぼそぼそした団子が歯にこびりついて非常にまずかったという話も残っているそうです。
こういう具体的なエピソードを知ると、すいとんという料理がただの懐かしい家庭料理ではなく、あの時代の苦しさそのものを表す象徴だったんだなと実感します。
すいとんの意外と長い歴史
戦時食のイメージが強いすいとんですが実は誕生した時期はかなり古いんです。
室町時代からあった水団
すいとんの起源をたどると、室町時代あたりの文献にすでに「水団」という言葉が登場します。
異制庭訓往来という往来物の中に点心のひとつとして名前が出てくるらしいのですが、当時それが具体的にどんな料理だったのかは、はっきりとは分かっていないみたいです。
ちなみに水団という名前の由来は諸説あって、中国語の「飩」「団」の発音から来ているという説や、汁(水)に入れる団子だから水団と呼ばれるようになったという説があるようです。
この辺りは資料が少なくて断定しづらいところなのであくまで一説として捉えておくのがよさそうです。
江戸時代後期に今の形になった
今のような手でちぎった小麦粉の団子という形式になったのは、江戸時代後期のことだといわれています。
江戸時代には専門の料理店や屋台まであって、作り方が簡単で大量に作れることから庶民の味として親しまれていたそうです。
つまりすいとんはもともと戦争の食べ物として生まれたわけではなく、長い年月をかけて庶民の食卓に根付いてきた郷土料理だったんですね。
この歴史を知ってから改めて「戦時食」という枠だけで語られがちなことを考えるとちょっともったいないなと感じます。
関東大震災や戦時中に広まった経緯
すいとんが特に注目されるようになったのは関東大震災の頃や戦時中の食糧難の時代です。
米が手に入りにくくなった状況で少ない材料で手早く作れて満腹感を得られるすいとんが、代用食として全国に広まったといわれています。
現在でも40都道府県以上ですいとんに似た郷土料理が独自の名前で伝承されているそうで、栃木県の「ばっとう汁」や「はっとう汁」、群馬県の「おっきりこみ」の原型的な位置づけの料理などがその一例です。
地域ごとに呼び名や具材が違うというのはすいとんがただの非常食ではなく、日本各地の食文化にしっかり組み込まれてきた証拠だと思います。
すいとんの会の活動から見える独自の視点
味覚を通じた平和教育という発想
戦争を伝える方法として写真や証言、資料館の展示などが一般的ですが、すいとんの会がやっているのは実際に食べ物を口にしてもらうという体験型のアプローチです。
まずい、生煮え、味がしない、そういう感覚を実際の舌で味わってもらうことで当時の苦しさが頭ではなく体に残るんじゃないかなと思います。
個人的には視覚や聴覚の情報より味覚の記憶のほうが案外長く残るような気がしていて、この記念日の切り口は地味だけどけっこう理にかなっているんじゃないかなと感じました。
犬山市発の全国区記念日という珍しさ
すいとんで平和を学ぶ日は東京や大阪のような大都市発の記念日ではなく、愛知県犬山市という地域に根ざした市民団体が制定したものです。
全国的な認定を受けた記念日の中には企業や業界団体が発案したものも多いですが、こういった地域の草の根活動が起点になっているケースはそう多くない印象です。
詳しくは分からないんですが犬山市周辺の学校教育の中では実際にこの活動が根付いている可能性もありそうで、地域単位の平和教育のモデルケースとしても注目してよさそうな気がします。
まとめ
すいとんで平和を学ぶ日について由来や歴史のポイントを整理します。
- すいとんで平和を学ぶ日は毎年8月15日で愛知県犬山市の「すいとんの会」が制定し、日本記念日協会に認定・登録されている
- 日付は終戦の日にちなんでいて、平和の始まりの日を平和を学ぶ日と位置づけている
- すいとんは戦時中に小麦粉不足から大豆粉やトウモロコシ粉、糠まで使われた代用食だった
- すいとんそのものの起源は室町時代までさかのぼり、江戸時代後期に今の形式が確立された
- すいとんの会は学校などに出向いて試食と講話をセットにした体験型の平和教育を行っている
戦争の記憶が薄れていく中で食べ物という身近な入り口から平和を考えるきっかけになる記念日だなと改めて思いました。
もし8月15日にすいとんを口にする機会があったら、その一杯に込められた歴史にも少しだけ思いを馳せてみてくださいね。

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