この記事を読むと10月8日の「問屋の日」を誰がどんな思いで決めたのか、そして問屋という仕事が日本でどう育ってきたのかがわかります。
「語呂合わせなのは知っているけれど、本当の由来はどうなの?」
と気になっている方に向けて書きました。
「そうは問屋が卸さない」の問屋って何者なの?という素朴な疑問にもあわせてお答えします。
問屋の日の基本情報
ここでは問屋の日の日付や制定者、目的といった基本の情報を整理します。ここを読むと問屋の日の全体像が数分でつかめます。
10月8日が選ばれた理由は語呂合わせ
問屋の日は毎年10月8日です。
由来はとてもシンプルで「問屋」を「とんや」と読み、「とん(10)や(8)」と数字に当てはめた語呂合わせだと伝えられています。
ちなみに「といや」とも「とんや」とも読める言葉ですよね。
記念日では「とんや」の読みが採用されたことになります。
10と8で「とんや」と読むには、この読み方でないと成り立たないので、なるほどなと思いました。
制定したのは横山町馬喰町新道通り会
記念日を決めたのは東京都中央区日本橋の横山町と馬喰町にある「横山町馬喰町新道通り会」です。
日本最大の現金卸問屋街として知られる地域の団体で、一般社団法人・日本記念日協会に認定、登録されています。
制定された年については私が確認できた範囲では明確な記載を見つけられませんでした。
ですのでここでは年を断定せず、「協会に登録された記念日」とだけお伝えしておきますね。
記念日に込められた目的
目的は江戸時代から続く問屋業が時代に合わせて姿を変えながら受け継がれ、流通の一翼を担っていることを、多くの人に知ってもらうことです。
あわせて問屋街の町並みや豊富な品揃えの魅力を広く伝えていく狙いもあります。
つまり、単に語呂がいいから作った日、というわけではないんですね。
問屋という仕事への誇りが土台にあるように感じました。
問屋とは?仕事内容をおさらい
問屋の日を知るにはそもそも問屋が何をしているのかを押さえておくと理解が深まります。
ここでは問屋の役割と読み方の話をまとめます。
生産者と小売店をつなぐ卸売業者
問屋は卸売業者のことです。
メーカーなど生産者から商品を仕入れて、小売店や購入者へ販売します。
私たちが普段買い物をするお店の棚に商品が並ぶ前にはたいてい問屋の仕事が挟まっています。
ただ、お客さんとして店頭に立つだけだと、その存在はなかなか見えにくいもの。
私はここまで調べるまでは「名前は聞くけれど、具体的には?」という感覚でした。
問屋の主な機能
東京問屋連盟のサイトには商品の取りそろえ機能、小分け機能、物流機能といった言葉が出てきます。
私なりにかみ砕くと次のような働きです。
- いろいろなメーカーの商品を一か所に集めて、小売店が選びやすくする
- 大きな単位で作られた商品を、小売店が仕入れやすい量に分ける
- 商品を必要な場所へ届ける
小さなお店が全国のメーカーと一件ずつ取引するのは現実的ではありませんよね。
問屋が間に入ることで仕入れの手間がぐっと軽くなっているわけです。
「といや」と「とんや」の読み方
問屋には「といや」と「とんや」、ふたつの読みがあります。
歴史の資料では「といや」や「とひや」が使われる場面が多く、現代の商売の現場では「とんや」と呼ぶことが多い印象です。
この使い分けの比率は私の肌感なので厳密なデータではありません。
問屋の歴史をたどる
問屋の日の背景を知るなら歴史は外せません。
ここを読むと鎌倉時代から江戸時代、そして現代までの流れがつかめます。
起源は鎌倉時代の「問丸」
問屋のルーツは鎌倉時代の「問丸(といまる)」にあるとされています。
問丸は運送や倉庫、委託販売を兼ねた組織で、のちに一般の商品も扱うようになりました。
この問丸が近世になって問屋(とひや)と呼ばれるようになったそうです。
荷物を運んで預かって、売りさばく。今でいう物流と卸売りを、ひとつの組織でこなしていたんですね。
想像以上に多機能で驚きました。
江戸時代に広がった問屋と株仲間
問屋という呼び名が一般的になったのは江戸時代に入ってからで、元和年間(1615年から1624年)には、すでに油、木綿、木材、生魚、干鱈などの問屋が生まれていたとされています。
大坂では元和2年に、油問屋の加島屋三郎右衛門という名前が確認できるそうです。
その後、問屋は同業者で「株仲間」という組織をつくります。
享保の改革で商業を組織化する方針が出され、公認を受けた株仲間は冥加金(上納金)を納める代わりに販売権の独占などの特権が認められました。
口銭で成り立っていた江戸の問屋
江戸時代の問屋は宿泊施設を兼ねていて、売りたい商人と買いたい商人が出会う場でした。取引が成立すると、商人は問屋に手数料を払います。
この手数料は「口銭(こうせん)」と呼ばれ、問屋の大きな収入源でした。
その後、市場経済が発達すると、問屋のタイプも広がります。
荷主の荷物を受け取って売買を代行する荷受問屋や、自己資金で仕入れて売る仕入問屋などが登場しました。
仕入問屋の場合は口銭ではなく売買の利益そのものが収入になります。
実は、ここが私にとっての「へえ!」ポイントでした。
同じ問屋でも手数料型から自分で在庫を持つ型へと進んでいたんです。今の卸売業のかたちに、だいぶ近づいていると感じませんか?
日本橋横山町馬喰町の問屋街
問屋の日の舞台となった横山町と馬喰町についてここでは地域の規模や特徴を確認します。
ここを読むと記念日を制定した街の姿がイメージできます。
約1,500の卸商社が集まる日本最大級の問屋街
東京都中央区の横山町、馬喰町、東日本橋地区は、江戸時代から続く老舗の問屋街です。東京問屋連盟によると、現在はおよそ1,500の卸商社や店舗が軒を連ねています。
衣料品やファッション雑貨、生活雑貨、文具など、取り扱う商品の幅も広く、全国の小売店が仕入れに訪れるそうです。
現金取引という独自のルール
この問屋街の特徴として取引が現金で行われてきた点がよく挙げられます。
関東大震災後の恐慌から得た教訓がきっかけで、以降の取引は現在に至るまで現金で行われているとされています。
私見ですが、これはかなり大きな「意外な事実」だと思います。
キャッシュレスが当たり前になった今でも、あえて現金を軸に続いている街がある。
ここには過去の痛い経験から身を守ろうとする商人の知恵が隠れているのかもしれません。
ただ、現在の各社の決済方法がどこまで現金のみなのかは私は確認できていないので断定はしません。
東京問屋連盟の歩み
地域の卸商社でつくる協同組合東京問屋連盟は昭和23年(1948年)1月に発足しました。
現在は卸商社約70社で構成されています。
さらに昭和25年からはサービス日を設け、月曜日から木曜日までの平日に、平均で毎月2回、年間22回の大売り出しを行っています。
月に2回ほど街が盛り上がる日があるということですね。
問屋の日に楽しめる過ごし方
問屋の日に何かできることはないかと思った方へ。ここでは問屋街との関わり方を具体的にご紹介します。
大江戸問屋祭りで一般客も買い物
横山町と馬喰町の新道通りでは7月と12月の第1日曜日に「大江戸問屋祭り」が開かれます。
一般の人にも問屋で買い物を楽しんでもらうためのイベントです。
2026年7月5日にはこの祭りを歩く会が開かれ、17人が参加したという報告もありました。
中央区立図書館の資料では戦後の問屋街の復興や東京問屋連盟の発足も紹介されていて、買い物だけでなく商業の歴史を歩いて学べる場所だとされています。

日常の中で問屋を思い出してみる
遠くの問屋街に行けなくても、問屋の日をきっかけにできることはあります。
たとえば身近なお店の商品がどんな流れで届いているのか、少し想像してみるだけでも十分です。
- 100円ショップの文具や雑貨が、どこから届くのか考えてみる
- 近所の商店の仕入れ先について、お店の人に話を聞いてみる
- 「そうは問屋が卸さない」という言い回しの背景を調べてみる
仕入れ先を探す事業者の目線で
ネットショップなどを運営している方にとって、問屋街は仕入れ先探しの現場です。
ECのミカタが「仕入れ先を探すEC事業者必見」という見出しで取り上げていることからも、事業者向けの情報としても注目されているのがわかります。
「そうは問屋が卸さない」の背景
問屋という言葉はことわざにも残っています。ここを読むと問屋が昔どれほど強い立場だったのかが見えてきます。
意味は「思い通りにはいかない」
「そうは問屋が卸さない」は、「そう簡単にはいかない」「思い通りにはならない」という意味で使われる慣用句です。
会話で使ったことがある方も多いのではないでしょうか。
江戸の問屋が強かった理由
江戸時代の問屋はただの中継ではなく、流通の「番人」であり「支配者」のような存在だったと言われています。
藩ごとに領地が分かれていたため産物が消費地に届くまでに生産者、仲買、問屋、小売と何段階も経る必要があり、さらに株仲間が参入を阻んで価格の決定権も握っていたという整理です。
私としては「値段も取引も問屋が握っているから、頼んでもすぐには応じてくれない」という雰囲気が、この言葉に残っているのかなと考えています。
まとめ
問屋の日についての要点を整理します。
- 問屋の日は10月8日で「とん(10)や(8)」の語呂合わせから決まりました
- 制定したのは、日本橋横山町と馬喰町の「横山町馬喰町新道通り会」で、日本記念日協会に登録されています
- 目的は、江戸時代から続く問屋業が流通の一翼を担っていることを知ってもらうことです
- 問屋のルーツは鎌倉時代の問丸で江戸時代に問屋と呼ばれるようになり、株仲間をつくって発展しました
- 横山町と馬喰町には約1,500の卸商社や店舗が集まり、現金取引が特徴だと伝えられています
- 7月と12月の第1日曜日の大江戸問屋祭りでは一般の人も買い物を楽しめます
普段はあまり目にしない問屋ですが私たちの買い物を支えている存在です。
10月8日はお気に入りの商品がどんな道のりで手元に届いたのか、ちょっとだけ思い浮かべてみてはいかがでしょうか。

コメント