5月28日が「電柱広告の日」だと知っていましたか?
この記事を読めば電柱広告の日の由来や制定の背景、130年以上にわたる歴史の流れが一気にわかります。
街を歩けば必ず目に入る電柱広告。
でも「なぜここに?」「いつからあるの?」と立ち止まって考えた人は、意外と少ないんじゃないかと思います。
実は明治時代にまで遡るかなり深い歴史があるんです。
知れば知るほど面白くて、個人的にはちょっと驚いた話でもあります。
電柱広告の日とは
5月28日は「電柱広告の日」として一般社団法人日本記念日協会に公式に認定・登録されている記念日です。
全国の電柱広告関連企業(約400社)で組織される「全国電柱広告連合会(全電連)」が令和4年10月3日に申請・制定したもので、電柱広告の歴史や社会における役割を多くの人に知ってもらうという目的が込められています。
なぜ5月28日なのか
日付の根拠は1890年(明治23年)5月28日にあります。
この日、当時の警視庁が東京の「麹町区飯田町2丁目」と「麹町区麹町通」の電柱に対して、国内で初めて広告掲出を許可したことが由来です。
つまり電柱広告が日本で産声を上げた、まさにその日が記念日になっているんですね。
しかも語呂合わせとしても「い(5)つ(2)もや(8)さしい道案内」(5月28日)という覚え方ができるので、なかなか気が利いているなと感じます。
電柱広告の日の由来と背景
記念日の誕生を支えた明治時代の社会的背景と許可が下りるに至った経緯を解説します。
明治23年、なぜ電柱広告が生まれたのか
1880年代〜1890年代の日本は電気事業が急速に本格化していく時期でした。
東京電力の前身にあたる東京電燈が電力供給を拡大するにつれ、街中には電柱がどんどん立ち並ぶようになります。
そこに目をつけたのが広告業者です。
電柱という「毎日人々が目にする構造物」を広告媒体として活用できれば、商品を売り出したい企業のニーズにぴったりだった。
電気事業の普及と国民の生活様式の変化、そして商品広告の需要が重なったことで電柱広告はその利用価値を見出されていったんです。
警視庁が「初許可」を出した意味
一般的には「広告=自由に出せる」というイメージがあるかもしれませんが、電柱は道路上の公共構造物です。そのため、掲出には当然ながら官庁の許可が必要でした。
明治23年5月28日、警視庁は東京麹町の2箇所の電柱に限定した形で、国内初の広告掲出許可を下ろします。
「限定」というのがポイントで、最初は非常に慎重な試みだったんですね。
そこから少しずつ範囲が広がり、全国へ普及していくことになります。
電柱広告130年以上の歴史
電柱広告の日を深く理解するには、その後の歴史の流れも見ておく必要があります。
明治から現代まで電柱広告は時代ごとにかなり表情を変えてきました。
明治〜大正 誕生と全国への広がり
最初期の電柱広告は現在の形とは全然違いました。
明治34年(1901年)には「三角形三面ガラス入り行燈型広告」が登場し、電球を内蔵した内照型の広告として夜間の安全確保にも一役買うものでした。
さらに明治36年(1903年)には木製の電柱に直接ペンキで描く「電柱塗広告」が開発されます。
これが現在の巻付広告の前身にあたるんですが、当時の人々にとって「電柱に絵や文字を書く」という発想は、かなり衝撃的だったそうです。なんかその驚き、少しわかる気がします😌
明治40年代にはミツワ石鹸・森下仁丹・ライオン歯磨・花王石鹸といった大手企業が次々と電柱広告を活用し始め、大阪・名古屋にも広がっていきます。
昭和 戦争と復興、そして高度成長期
昭和16年に太平洋戦争が始まると広告に使う鉄板も資材不足で入手困難になり、袖広告はベニヤ板、巻広告はボール紙で代用される時期が続きます。
人材も資材も枯渇して事業を閉鎖する会社が相次いだという記録が残っていて、当時の状況の厳しさが伝わってきます。
戦後の昭和26年(1951年)には、広告の製作がペイント塗装からメラミン焼付塗装へと改良され、耐久性や色調が大幅に向上。
昭和31年(1956年)には業界初の「第1回電柱広告意匠コンクール」が開催され、景観との調和が意識されるようになります。
平成3年(1991年)には全国の電柱広告保有数が240万個に達し、これが業界のピーク。
それほどまでに電柱広告は日本の街に根づいていたということですね。
平成〜 デジタル技術との融合
インターネットが普及した平成14年(2002年)、電柱広告にQRコードが表示されるようになります。
「電柱」というアナログな媒体にQRコードが載るのは、かなり早い段階でのデジタル活用だったと思います。
その後も、災害避難誘導看板への活用(平成15〜17年)、LEDを組み込んだ電柱広告の試験実施(令和3年)など、地域の防災インフラとしての役割も担うようになっています。
広告媒体を超えた存在になっているのが電柱広告の姿です。
電柱広告の種類と特徴
電柱広告には大きく分けて2種類あります。
- 突出広告(袖広告)
電柱の高い位置に歩道側へ突き出す形で設置する看板。遠くからでも見えやすく、ドライバーへの道案内に特に適している - 巻付広告
電柱の中間〜下部に巻き付けるように設置する2枚1組の看板。歩行者の目線の高さに来るので注視されやすい
それぞれ、電力会社の管理する「電力柱」と、NTTが管理する「電電柱」の両方に掲出できます。
地域によって「袖広告」「袖看板」「巻看板」など呼び方が異なるのも、面白いところです。
記念日制定で変わったこと
「電柱広告の日」が正式に制定されたのは令和4年(2022年)です。
全国電柱広告連合会はこの記念日を通じて、電柱広告の社会的な存在意義を業界の外にも広く知ってもらおうという活動を展開しています。
例えば、制定翌年の2023年には「電柱広告の日」制定記念祭として広告製作費の大幅割引キャンペーンが行われました。
ちなみに「電柱広告の日」に合わせてSNSで「電柱広告のある風景」を投稿するという企画も実施されていて、街なかにある電柱広告を改めて意識して見る、そんなきっかけを作ろうとしていることがよくわかります。
まあ、記念日って本来そういうもののはずですよね。
まとめ
- 5月28日が「電柱広告の日」なのは1890年(明治23年)のこの日に警視庁が日本初の電柱広告掲出を許可したことに由来している
- 記念日を制定したのは全国電柱広告連合会(全電連)で、令和4年10月3日に日本記念日協会に正式登録された
- 電柱広告の歴史は130年以上に及び、明治の「行燈型広告」から現代の「QRコード付き・LED付き広告」まで大きく進化してきた
- 現在は単なる商業広告にとどまらず、避難誘導や防犯など地域の公共インフラとしても活用されている
- 電柱広告には「突出広告(袖広告)」と「巻付広告」の2種類があり、それぞれ異なる広告効果を持つ
5月28日に街を歩くとき、ふと電柱を見上げてみてください。
そこに貼ってある小さな看板のひとつひとつが134年以上前の明治時代からつながっている歴史の一部だと思うと、なんか感慨深くないですか?
コメント