この記事を読めば6月8日が「ヴァイキングの日」である理由とヴァイキングの本当の姿がわかります。
「バイキング料理の日と何が違うの?」
「そもそもヴァイキングって何者?」
という疑問、まとめてすっきり解消しましょう。
ヴァイキングの日とは
6月8日が記念日になった理由
6月8日は「ヴァイキングの日」です。
西暦793年のこの日、北欧の武装船団・ヴァイキングによる活動が歴史上はじめて明確な記録として残された。それが由来なんです。
具体的に何が起きたかというとイギリス北東部の沿岸に浮かぶ小島、リンディスファーンの修道院が突然襲われました。
剣や斧で武装した男たちが船で乗り込み、宝物を略奪し、修道士たちを殺害したり連行したりしたとされています。
当時の年代記にはこう記されていて。
「異教徒の男たちがリンディスファーンの神の教会を、略奪と殺戮をもって惨めにも破壊した」と。
この衝撃はヨーロッパ中に広がり、「ヴァイキング時代の幕開け」として後世に語り継がれることになりました。
日本独自の記念日という意外な事実
ちょっと驚くかもしれませんがこの「ヴァイキングの日」は日本独自の記念日です。
北欧やイギリス本国で「ヴァイキングの日」として祝う公式な制度があるわけじゃないんですよね。
リンディスファーン修道院の襲撃事件
ヴァイキング時代の幕開けとなった一夜
リンディスファーン修道院は当時のノーサンブリア王国においてキリスト教の学問と信仰の中心地でした。聖カスバートの遺骨が安置され、巡礼者が絶えない、いわば「聖地」だったんです。
そこへ北方から船団が現れ、無警戒な修道士たちを蹂躙。
英国の歴史家シメオン・オブ・ダラムが残した記録によれば
「彼らは祭壇を掘り起こし、聖なる教会の財宝をすべて奪い取った。あるものを殺し、あるものを枷につないで連れ去り、多くの者を海に沈めた」
とのこと。
…なんか、読んでいてゾッとしますね。
じつは、この事件の前にも789年ごろ、イングランド南西部のウェセックスに「北方人の船3隻」が来ていたとされています。
ですから史上初の上陸という意味では793年以前という説もあって、793年6月8日はあくまで「大規模な活動として記録に残った最初の日」という位置づけになります。
当時の人々が受けた衝撃の大きさ
キリスト教の聖地が「異教徒」に荒らされたショックは計り知れませんでした。
当時の聖職者たちは「これは神が与えた罰だ」と解釈したほどでこの事件がきっかけとなって、ヴァイキングによる侵略はその後何世紀にもわたって続くことになります。
ヴァイキングとは何者か
農民や漁民が出発点だった
「ヴァイキング」と聞くと、角の生えたヘルメットをかぶった凶暴な海賊を思い浮かべがちですよね。
でも実際はもともとスカンジナビア半島やバルト海沿岸に住む農民・漁民だったというのが正確なんです。
スカンジナビアの土地は農業に適さない痩せた地で、人口が増えるにつれて食料や富が足りなくなっていきました。そ
のため海に出て、貿易・通商を行うようになり、やがて航海術と軍事技術で周辺国を大きく上回っていった。それが富を求めた侵略へとつながったとされています。
語源は「入り江に住む者」説が有力
「ヴァイキング(Viking)」という言葉の語源はじつは学者の間でも完全には確定していません。
有力な説のひとつは古ノルド語の「vík(ヴィーク)」、つまり「入り江・湾・フィヨルド」を意味する言葉に、「〜に属する者」を意味する接尾辞が組み合わさったものという解釈です。
要するに「フィヨルドに住む者たち」というニュアンスですね。
一方でオックスフォード英語辞典(OED)が採用している別の説では古英語の「wīc(キャンプ、宿営地)」が語源だとも言われていて。
ヴァイキングが略奪の際にキャンプを張る習慣があったことと関連づけられています。語源ひとつとってもこれだけ諸説あるのが、なんというか歴史の面白さだと感じます。
ヴァイキング時代の範囲
ヴァイキング時代は一般的に800年〜1050年ごろの約250年間とされています。ちょうど日本の平安時代くらいの期間に相当するんです。
この時代のヴァイキングはただの略奪者でなく、アイスランドやグリーンランド、さらには北アメリカ大陸(ヴィンランド)にまで到達した探検家でもありました。
それだけじゃなく、中東とも交易を行っていた商人としての一面も近年の研究で明らかになっています。
ヴァイキングの活動と船の技術
圧倒的な航海能力を支えた船
ヴァイキングが広大な地域を席巻できた最大の理由のひとつが、船の技術力です。
ヴァイキング船はキール(竜骨)を持ち、外板を重ね張りする「クリンカー工法」で作られた頑丈な構造をしていました。
細長くて喫水が浅いため高速航行が可能で水深1メートルほどの浅い川にも入れたというのがポイント。しかも船首と船尾が前後対称なので、旋回しなくても即座に進行方向を変えられた。
これが河川から沿岸まで縦横に移動できる機動力につながっていたわけで、当時の人々から見れば「どこからでも現れる」恐怖の船団に見えたでしょうね。
793年以降に連鎖した襲撃
リンディスファーンの翌年794年には近くのモンクウェアマス=ジャロウの修道院が、そして795年にはスコットランドのアイオナ修道院がヴァイキングに荒らされました。
一度成功体験を得たことで、他の集団も次々と動き始めたという連鎖反応だったのかもしれません。あくまで私の見立てですが。
その後ヴァイキングは870年ごろにアイスランドへの入植を開始し、860年代には「ナッドド」という人物が漂流中にアイスランドを発見したとも伝えられています。
まとめ
- 6月8日の「ヴァイキングの日」は793年のこの日にリンディスファーン修道院がヴァイキングに襲撃された記録が由来
- この事件は「ヴァイキング時代の幕開け」として、後世のヨーロッパ史に大きな影響を与えた
- ヴァイキングはもともと農民・漁民であり、航海技術を磨いたことで侵略・貿易・探検家として歴史に名を刻んだ
- 「Viking」の語源には「フィヨルドに住む者」説と「キャンプ」説があり、どちらが正しいか今も議論中
- ヴァイキング時代はおよそ800年〜1050年の約250年間で、平安時代と重なる時期
- 「ヴァイキングの日(6月8日)」は日本独自の記念日であり、「バイキングの日(8月1日)」とは全くの別物
6月8日に「ヴァイキングって何者だったんだろう?」と思ったときこの記事が少しでも役立てたら嬉しいです。
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