この記事を読めば8月12日の世界ゾウの日がどうして生まれたのか、その歴史や込められた思いがしっかりわかると思います。
「なんとなく聞いたことはあるけど、詳しくは知らない」
という方、けっこう多いんじゃないでしょうか。
動物園の掲示物でこの記念日を初めて見たとき「え、ゾウだけのために1日あるの?」と正直びっくりしました。
でも調べてみると、その裏には本当に切実な理由があったんです。
この記事では由来や制定した人物、なぜこの日付になったのかを、できるだけわかりやすく書いていきますね。
世界ゾウの日は2012年8月12日に生まれた記念日です
まず結論からお伝えすると世界ゾウの日は2012年8月12日に初めて開催された国際デーです。
由来もはっきり記録として残っているのが特徴かもしれません。
制定したのはカナダ人の映画監督とタイの保護団体
世界ゾウの日を立ち上げたのはカナダの映画監督パトリシア・シムズさんです。
彼女はタイの「エレファント・リイントロダクション・ファウンデーション(Elephant Reintroduction Foundation、ERF)」という保護団体と協力して、この記念日を作りました。
ちなみにこのERFという団体はタイのシリキット王妃の後援を受けている組織なんだそうです。
王室クラスのバックアップがあったというのは、正直ちょっと意外でした。単なる民間の呼びかけかと思っていたので。
パトリシアさんは当時、タイを拠点に活動していたようでアジアゾウを保護区に野生復帰させるプロジェクトを追ったドキュメンタリーを制作していたんですね。
その撮影を通じて、ゾウが置かれている状況の深刻さを肌で感じたことが、記念日を作るきっかけになったと語っています。
なぜ8月12日という日付が選ばれたのか
正直に言うと、8月12日という日付そのものに特別な意味があったという明確な記録は見つかりませんでした。
これはあくまで私の推測ですが、映画のプロモーションやイベントの準備スケジュールなど、複数の実務的な事情が重なって決まった日なのかもしれません。
少なくとも、何かの歴史的事件があった日という感じではなさそうです。この点、断定はできないので憶測として受け止めてもらえたらと思います。
はっきりしているのは2012年のこの日にバンコクから世界ゾウの日が発信されたという事実です。そして翌年以降も毎年8月12日に開催されるようになり、今では世界的なムーブメントに育っています。
世界ゾウの日が作られた本当の理由
記念日の裏にあった危機感の正体を掘り下げていきます。ただ「ゾウを大切にしよう」という漠然とした思いだけで始まったわけではないんですよね。
きっかけは密猟と生息地の急激な減少
パトリシアさんが記念日を立ち上げた背景にはアフリカでの象牙目的の密猟が急増していたことがあります。
実際、2012年の1年間だけで世界のゾウの推定10%にあたる、およそ38,000頭が殺されたというデータもあるくらいです。
1日あたりに換算すると96頭、15分に1頭という計算になるらしく、この数字を知ったときはさすがに言葉を失いました。
それに加えて、アジアでもアフリカでも生息地の破壊が進んでいて、動物園やサーカス、観光業での過酷な扱いも問題視されていました。
パトリシアさん本人も
「これらの問題は複雑で多岐にわたっていたので、世界の関心を1つの日に集中させる必要があると考えた」
と振り返っています。
要するに、バラバラに存在していた課題を、1つの旗印のもとにまとめる狙いがあったわけですね。
環境デーのゾウ版を目指したという発想
個人的にすごく腑に落ちたのが、パトリシアさんが「ゾウのためのアースデイが必要だと思った」と語っている点です。
地球環境全体を考える日としてアース・デイがあるように、ゾウという1つの種にフォーカスした専用の日を作ろうとしたわけです。
この発想、シンプルなようでいて実はかなり戦略的だなと感じました。
特定の種に絞ることでメッセージが散らばらずに済みますし、支援する側も何をすればいいか分かりやすくなりますよね。
きっかけとなった1本のドキュメンタリー映画
記念日の誕生と切り離せない映画作品について触れていきます。
実はこの映画、ただの記念事業の一環というより、記念日そのものの原点に近い存在なんです。
「Return to the Forest」という作品の存在
初回の世界ゾウの日は「Return to the Forest(フォレストへの帰還)」というドキュメンタリー映画の公開と同時に打ち出されました。
この映画は、飼育下にあったアジアゾウたちがタイの保護林に野生復帰していく過程を追った作品で、俳優のウィリアム・シャトナーさんがナレーションを担当しています。
シャトナーさんといえばSF作品での印象が強い方だと思うんですが、こういう自然保護のドキュメンタリーにも関わっていたというのは私にとってはちょっとした発見でした。
この映画の存在があったからこそ、記念日の初回開催がより多くの人の目に触れることになったのかなと思います。

続編映画も制作されている
その後、「When Elephants Were Young(ゾウが若かった頃)」という続編にあたる作品も作られていて、こちらもシャトナーさんがナレーションを務めています。
タイの若者と1頭のゾウとの関係を描いた内容だそうです。
1つの記念日から映画のシリーズが生まれていくという流れ、なかなか珍しいケースなんじゃないでしょうか。
世界ゾウの日が伝えようとしている数字の現実
ここでは、なぜここまでの危機感を持って記念日が続けられているのか、具体的な数字から見ていきます。
数字を並べると、正直かなり重い気持ちになる部分もあるんですがこれも由来を理解するうえで避けて通れないところです。
アフリカゾウは半世紀で激減している
1979年時点で推定134万頭いたとされるアフリカゾウは、2016年には約42万頭まで減少しました。
割合にすると、当時の3割程度にまで落ち込んでいる計算になります。
さらにさかのぼると、1900年ごろには1,000万頭ほどいたという推計もあり、この100年余りでの減り方は本当にすさまじいものがあります。
特にマルミミゾウという種類は、去30年間で86%以上も減ったというデータもあって、種類によって被害の深刻さにかなり差があることも見えてきます。
私が思うには、こうした細かい違いまで一般にはあまり知られていない気がしていて、ここが世界ゾウの日を通じて伝えたい部分の1つなんじゃないかなと感じます。

アジアゾウも8,000頭台まで減った地域がある
アジアゾウ全体では2022年時点でおよそ48,000〜52,000頭が生息していると推定されています。
そのうち約6割がインドに集中していて、東南アジア各国では特に厳しい状況が続いているようです。
カンボジアやインドネシア、ラオス、ベトナムといった国々では生息地の分断や人とゾウの衝突が原因で数百頭規模にまで減っている個体群もあるとされています。
こうした現実を踏まえると世界ゾウの日が「絶滅危惧種の保護」という一般論だけでなく、もっと踏み込んだ地域ごとの課題にも目を向けさせようとしているのが分かりますね。
世界ゾウの日はどうやって広まっていったのか
2012年の第1回開催からどのように規模が拡大していったのかを整理します。1つの発案がここまで広がった経緯を知ると、記念日への見方も少し変わるかもしれません。
パートナー団体が100を超える規模に成長
2024年時点で、世界ゾウの日には100を超える保護団体がパートナーとして参加するようになっています。
当初はパトリシアさんとERFという、いわば少人数の発案から始まった取り組みが、これだけの規模になったというのは素直にすごいなと思います。
ちなみに2015年11月にはこの活動を継続的に支えるための非営利団体「世界ゾウ協会(World Elephant Society)」も設立されたそうです。
日本でも動物園を中心に定着しつつある
日本国内でも京都市動物園や天王寺動物園といった施設がこの日に合わせてイベントを実施している例が見られます。
私が調べた範囲では日本発の独自イベントというよりは、海外発の記念日を国内の動物園が紹介・啓発する形で取り入れているケースが多い印象でした。
この点はあくまで私が確認できた情報の範囲での見立てなので、地域によってはもっと踏み込んだ活動をしているところもあるかもしれません。
まとめ
世界ゾウの日について由来や歴史を中心に見てきました。最後に要点を整理しておきますね。
- 世界ゾウの日は2012年8月12日、カナダの映画監督パトリシア・シムズさんとタイの保護団体エレファント・リイントロダクション・ファウンデーションによって創設された
- 背景には象牙目的の密猟の急増と、アフリカゾウ・アジアゾウ双方の生息地減少という深刻な問題があった
- 初回開催はドキュメンタリー映画「Return to the Forest」の公開と連動していて、ウィリアム・シャトナーさんがナレーションを担当した
- アフリカゾウは1979年の134万頭から2016年には42万頭まで、アジアゾウも地域によっては数百頭規模まで減少している
- 現在では100を超える団体が参加する国際的な保護活動の日へと成長し、日本でも動物園を中心に少しずつ広がっている
こうして由来をたどってみると世界ゾウの日はただ単に「かわいいゾウを愛でる日」ではなく、危機感から生まれた実践的な啓発運動だということがよく分かります。
8月12日を迎えるときは、ぜひこの成り立ちも思い出してみてくださいね。
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