6月26日は「世界格闘技の日」です。
この記事ではその由来となった伝説の一戦から、現代格闘技への影響まで知っておくべきことをまるっと解説します。
世界格闘技の日って何の日?
一言でいうと1976年6月26日に行われた「アントニオ猪木VSモハメド・アリ格闘技世界一決定戦」を記念した日です。
この記念日はアントニオ猪木とモハメド・アリの両氏が自ら制定し、2016年(平成28年)に一般社団法人・日本記念日協会により正式に認定・登録されました。
ちょうど伝説の一戦から40年の節目の年に登録されたというのも、なんか感慨深いですよね。
目的は「現在の世界レベルの総合格闘技の礎となった日を思い、総合格闘技の魅力をより多くの人に知ってもらうこと」とされています。
伝説の一戦の詳細
試合が実現した経緯
そもそもなぜこの試合が実現したのか。
きっかけは1975年、モハメド・アリが「100万ドルの賞金を用意するが、東洋人で俺に挑戦する者はいないか」と公言したことでした。
当時アリはWBA・WBCの統一ヘビー級王者。猪木側がこれに食らいつき、巨額の借金を抱えながらも試合実現に奔走したと言われています。
猪木にとっては単なる試合以上の意味があってプロレスの地位向上と、ライバル・ジャイアント馬場率いる全日本プロレスへの対抗心も大きな動機だったと言われています。
試合のルールと会場
試合は1976年6月26日、東京・日本武道館で行われました。
ルールは3分×15ラウンド制の異種格闘技戦。ただしルールの交渉が試合直前まで紛糾していて、正式なルールが発表されたのは試合わずか3日前の6月23日だったそうです。
しかも猪木には膝打ち、肘打ち、チョップ、頭突き、投げ技がすべて禁止。
蹴りについてはどちらかの足の膝がリングについている状態でのみ認められるという、猪木にとって著しく不利な条件が課されました。要するに、ほぼすべてのプロレス技が封じられていたわけです。
試合当日と視聴率
試合は14億人が視聴したと言われる超巨大イベントでした。
国内の視聴率は最高で54.9%を記録し、37か国で衛星生中継されました。昼間の生中継の後、同日ゴールデンタイムにも録画中継という、異例の2度放送がされるほどの扱いでした。
そして試合結果は三者三様のドロー(引き分け)。
ジャッジ一人は猪木に、一人はアリに、もう一人は引き分けとつけた、まさに割れた判定でした。
「世紀の凡戦」から「MMAの原点」へ
当時は酷評の嵐
これだけの大注目を集めた一戦でしたが、当時の評価はかなり厳しいものだったんです。
ほぼすべてのプロレス技を封じられた猪木は、リングに仰向けに寝た状態で足を突き出しながらアリに対処し続けました。
観客やメディアからは「つまらない」「世紀の凡戦」「真昼の欠闘」などと猛批判を浴びたほどです。プロレスに好意的なスポーツ紙でさえ批難するほどだったと伝えられています。
50年後に大逆転評価
ところが時代が変わると、評価が180度変わりました。
1990年代後半以降、UFC(アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ)を中心に総合格闘技(MMA)が世界的スポーツとして確立してくると、猪木vsアリの試合が「MMAのルーツ」として再評価されていきます。
米スポーツ専門局ESPNは猪木の死去の際に「アリ-猪木戦はUFCが主導する世界的スポーツとなった総合格闘技の開拓者」とクローズアップし、RIZINの榊原信行CEOも「今の異種格闘技にしてもUFCにしても源流は1976年の猪木-アリ戦」と語っています。
そればかりか、UFCの総帥ダナ・ホワイトも2014年にSNSで「モハメド・アリこそが元祖MMAファイターではないか」と問いかけたというエピソードまであります。
個人的には当時酷評した人たちもこれを聞いたらびっくりするんじゃないかなと思いました。

「猪木アリ状態」という格闘技用語が生まれた
この試合が現代格闘技に残した最大の遺産の一つが「猪木アリ状態」という用語です。
これは、一方の選手が仰向けに寝て足を突き出し、もう一方が立っている状態での膠着を指します。
不利なルール下で猪木が取り続けた戦略ポジションが、MMAが普及するにつれて「実は理にかなっていた」と証明され、選手の名前がそのままポジション名になるという異例の形で格闘技の歴史に刻まれました。
「ミックスポジション」と呼ばれることもありますが、選手の名前が用語として残っているあたり、パイオニアへのリスペクトが感じられますよね。
ちなみにこの試合で猪木が使ったスライディング式のローキックは「アリキック」と呼ばれるプロレス技になり、今もプロレス界で受け継がれています。
この日に改めて知りたい2人のプロフィール
アントニオ猪木
1943年生まれ。新日本プロレスの創設者であり、「燃える闘魂」の異名を持つ日本プロレス界の象徴的な存在です。
力道山の弟子として頭角を現し、「打・投・極」のそろったプロレスこそ最強という理念を掲げ、異種格闘技路線を推進しました。
2022年10月1日、79歳で逝去。
モハメド・アリ
1942年生まれ。WBA・WBC統一ボクシング世界ヘビー級王者を通算3度獲得したボクシング界のレジェンドで、ベトナム戦争反対や黒人差別反対運動など、スポーツを超えた社会的影響力でも知られます。
2016年6月3日、74歳で逝去。
6月26日は格闘技ファンにとって特別な日
2016年の記念日認定以降、毎年6月26日には格闘技関連のイベントや発表が重なるようになっています。
たとえば2025年6月26日には、「格闘技ファンが選ぶ伝説の一戦」の調査結果が『那須川天心vs武尊』に決定したという発表があり、AbemaTVが「世界格闘技の日」にあわせて公表しました。
2026年は猪木vsアリ戦からちょうど50周年という節目の年でもあり、さまざまな回顧や展示イベントも注目されています。
まとめ
- 6月26日は「世界格闘技の日」。1976年の「猪木vsアリ格闘技世界一決定戦」を記念して制定された
- 記念日はアントニオ猪木・モハメド・アリ両氏が制定し、2016年に日本記念日協会が正式認定
- 当時は「世紀の凡戦」と酷評されたが、現在では総合格闘技(MMA)のルーツとして世界的に再評価されている
- この試合から「猪木アリ状態」「アリキック」という格闘技用語が生まれ、今も使われ続けている
- 2026年は伝説の一戦からちょうど50周年という格闘技ファンにとって節目の年
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