この記事を読めば「世界難民の日」がいつ、なぜ、どのような経緯で制定されたのかそして今この瞬間も世界で起きていることまで、一通り理解できます。
「難民問題って、なんか遠い話に感じてしまう」
という方、きっと多いですよね。
でも調べてみるとこれが思いのほか身近な話だったりするんです。
そもそも「難民」とは何か
国際法が定める難民の定義
まず基本から押さえておきたいのが「難民」という言葉の定義です。
1951年に国連で採択された「難民の地位に関する条約(難民条約)」によると、難民とは
「人種・宗教・国籍・特定の社会的集団への所属もしくは政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるために、国籍国の外にいる者であって、その国の保護を受けられない者」
と定められています。
要するに、自分の意思で「別の国に住みたい」と思って移住した人ではなく、迫害や暴力から逃れるためにやむなく母国を離れざるを得なかった人々のこと。
経済的な理由で移住した移民とは法的な位置づけが明確に異なります。
難民と国内避難民・庇護申請者の違い
ちなみに似たような言葉がいくつかあるのでここで整理しておきます。
難民が「国境を越えて他国に逃れた人」であるのに対し、国内避難民(IDP)は紛争や暴力から逃れながらも自国内にとどまっている人々のことを指します。
そして庇護申請者とは他国に逃れて難民認定を申請中の人々で、まだ正式に「難民」と認められていない状態です。
この区分けは国際法上けっこう重要で受けられる保護の内容も変わってきます。
世界難民の日の由来と歴史
アフリカ難民の日が起源
世界難民の日が6月20日になった背景にはアフリカの歴史が深く関わっています。
1969年、アフリカ統一機構(OAU)が「アフリカにおける難民問題の特殊な側面を規定するOAU条約」を採択しました。
この条約は1974年6月20日に発効し、OAUはこの日を「アフリカ難民の日」として毎年記念するようになりました。
なぜアフリカが先駆けたかというと20世紀後半の脱植民地化の波の中で、多くのアフリカ諸国が独立運動や内戦を経験し、難民問題が非常に深刻だったから。
アフリカの人々にとって、難民保護は決して「よその話」ではありませんでした。
国連が「世界難民の日」に格上げ
転換点は2000年に訪れます。
2001年がちょうど1951年難民条約の採択から50周年にあたることもあり、2000年12月4日、国連総会はアフリカ難民の日と同じ6月20日を「世界難民の日(World Refugee Day)」として制定する決議(決議55/76)を採択しました。
OAUもこれに合意し、以後この日は全世界規模の記念日となりました。
初めて世界難民の日として記念されたのは2001年6月20日のこと。
アフリカ一地域の記念日から、国際社会全体が難民問題に向き合う日へと発展したわけです。個人的には、この流れがなんか素直に感動的だなと思いました。
1951年難民条約とUNHCRの役割
世界難民の日の制定にはもう一つ重要な背景があります。
第二次世界大戦後の1950年12月、国連は難民保護を専門に担う機関としてUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)を設立。
翌1951年7月に難民条約がジュネーブで採択され、難民の権利を守る国際的な枠組みが初めて整えられました。
UNHCRはその後70年以上にわたり、世界中で難民の認定や保護、緊急援助を担ってきています。
「世界難民の日」という記念日はこの70年以上の積み重ねを可視化し、支援への関心を継続させるための仕掛けでもあるんです。
世界難民の日の目的とテーマ
この日が存在する意味
「記念日って、ただのシンボルじゃないの?」と思う方もいるかもしれません。
実は、世界難民の日にはけっこう具体的な目的があります。
UNHCRによるとこの日は難民の保護と支援に対する世界的な関心を高め、国連機関やNGOによる活動への理解を深め、支援の輪を広げることを目的として制定されました。
世界各地でイベントやキャンペーンが開催され、政治的な意志と資源を難民支援に向けるための機会となっています。
思うこととして、「1日だけ注目が集まっても…」という見方もあるとは思うんですが、それでも毎年継続して社会的な関心を呼び起こすことには、長期的な意義があるんじゃないかなと感じています。

毎年異なるテーマ
世界難民の日は毎年テーマが設定されていて、その時々の世界情勢や難民が置かれた状況を反映しています。
2025年のテーマは「Solidarity(連帯)」。
世界各地で紛争が絶えず、人道支援の資金不足が深刻になる中で、すべての人が安全に、尊厳をもって生きる権利を持っているということをあらためて社会全体で見つめ直し行動しようという想いが込められています。
難民をめぐる数字と現実
1億2,320万人という衝撃の規模
「難民問題って規模が大きいとは知ってたけど、どのくらいなんだろう」と気になる方のために、最新のデータをお伝えします。
UNHCRの2024年末時点の統計によると、紛争や迫害によって故郷を追われた人は世界全体で1億2,320万人に達しています。
これは日本の総人口に匹敵する規模であり、世界67人に1人が家を追われている計算になります。
数字だけ見ると感覚が追いつかないんですが、「日本の人口全員が難民になった状態」と置き換えると…うん、かなり重い話ですよね。

その内訳を見ると
1億2,320万人の内訳をもう少し細かく見ると、難民が約4,270万人、国境を越えずに国内に留まっているIDPが7,350万人、庇護申請者が840万人、無国籍者が440万人という構成になっています。
特に内部避難民の数はここ5年で約50%増加しており、スーダン・ミャンマー・ハイチ・ウクライナ・コンゴ民主共和国での紛争がこの増加を主に牽引しているとUNHCRの報告書は指摘しています。
日本と難民問題
日本の難民認定の現状
世界規模の話をした後で日本の状況も確認しておきたいです。
出入国在留管理庁の発表によると、2024年に日本で難民認定申請をした外国人は1万2,373人。
そのうち難民として認定されたのは190人でした。
認定された方の国籍はアフガニスタンが102人と最も多く、次いでミャンマー36人、イエメン18人と続いています。
認定率で見ると自分の見立てでは国際比較においてかなり低い水準にあるとは言えそうですが、制度の詳細な比較は複雑なので、ここでは断定は避けておきます。

「補完的保護」という新しい制度
一方で、2023年12月に新たに「補完的保護対象者」という制度が始まったことも見逃せません。
これは狭義の難民条約の定義には当てはまらないものの、難民に準じた保護が必要と認められる人を対象とするもので、2024年にはウクライナ出身者を中心に1,661人が認定されました。
新制度が加わったことで日本の難民保護の枠組みは少しずつ広がってきているといえそうです。
世界難民の日に私たちができること
まず「知ること」から始まる
世界難民の日は特別な何かをしなければならない日ではないと思っています。まず「知ること」そのものが、すでに意味のある行動なんです。
UNHCRや難民支援協会(JAR)などの団体は毎年この日に合わせて、難民の実情を伝えるイベントやオンラインキャンペーンを展開しています。
難民家族が実際に使うテントの中に入って体験できるイベントなど、意外とリアルに難民生活を感じられる機会も用意されています。
支援の形はひとつじゃない
支援というと「寄付」のイメージが強いですが、SNSで情報をシェアすること、難民が作った製品を購入すること、難民を雇用する企業を応援することなども立派な支援です。
「南スーダン出身・16歳の少女、アジュクさんは両親も兄も失いながら、3人の弟妹の面倒を見て学校に通っている」
というような個々の物語に目を向けることで、「1億2,000万人」という数字が一人ひとりの人間の話であることを改めて実感できます。
まとめ
- 6月20日「世界難民の日」は1974年のOAU難民条約発効を起源とする「アフリカ難民の日」が前身
- 2000年12月4日に国連総会が決議し、2001年から全世界規模の記念日として実施
- 目的は「難民の保護と支援に対する世界的な関心を高め、支援の輪を広げること」
- 2025年のテーマは「Solidarity(連帯)」
- 2024年末時点で世界の強制移動者数は1億2,320万人(世界67人に1人)
- 日本では2024年に190人が難民認定を受け、1,661人が補完的保護対象者として認定
- この日は「難民のことを一日だけ考える日」ではなく、継続的な関心と行動につなげるきっかけとして機能している
難民問題を「どこか遠い国の話」として片付けるのは今の時代ではもう難しいかもしれません。
毎年6月20日、この日だけでもいいので世界の67人に1人が置かれている現実に少し思いを馳せてみませんか?
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