この記事を読めば10月14日の「焼うどんの日」がいつ、どんな出来事をきっかけに、誰によって決まったのかがわかります。
小倉発祥と言われる焼うどんの歴史も、あわせてお伝えしますね。
「なんで10月14日なの?」
「本当に小倉が発祥なの?」
と気になってこの記事にたどり着いた方も多いのではないでしょうか。
私も調べ始めるまでは焼うどんは焼きそばの親戚くらいに思っていました。ところが背景を知るとかなり奥深い物語があったんです。
焼うどんの日とは?基本情報
ここでは焼うどんの日の日付や制定者、目的といった基本情報を整理します。まず全体像をつかんでおくと後の由来や歴史がぐっと読みやすくなります。
毎年10月14日が焼うどんの日
焼うどんの日は毎年10月14日です。
「焼きうどんの日」と表記されることもありますが、同じ記念日を指しています。
制定したのは福岡県北九州市小倉でまちおこしに取り組む「小倉焼うどん研究所」です。
記念日としては一般社団法人日本記念日協会に認定、登録されています。
記念日に込められた目的
目的は小倉の焼うどんを全国に広めること。それから、その歴史や地域に根ざした食文化を理解してもらうことです。
ただ「食べてね」と呼びかけるだけの日ではなく、土地の物語ごと伝えたいという意図が感じられます。
個人的には、ここがこの記念日のいちばん素敵なところだと思っています。
制定したのはどんな団体?
小倉焼うどん研究所は2001年に設立された団体です。きっかけは、所属するまちづくり団体「北九州青年みらい塾」の活動でした。
ホテルで働いていた発起人の方が遠方から来たビジネスマンに「北九州らしい食べ物は?」と聞かれたとき、気軽に勧められるものがなくて困ったという体験が出発点だったそうです。
名物とされる食材は高級だったり、お店が限られたりしてちょっと食べてみようとは言いにくかったんですね。
そこで「そういえば焼うどんの発祥は小倉だった」と気づいたのがすべての始まりでした。
10月14日になった由来
ここではなぜ数ある日の中から10月14日が選ばれたのかを解説します。日付の背景にある出来事を知ると焼うどんの日の意味が立体的に見えてきます。
2002年に開かれた対決イベント
日付の由来は2002年10月14日に行われたイベント「焼うどんバトル特別編~天下分け麺の戦い~」です。
静岡県富士宮市の「富士宮やきそば学会」を招いた対決企画でした。
会場は小倉城公園で、小倉城築城400年を記念した催しの一環だったとされています。
イベント名がもういい味出していますよね。
「天下分け麺」という言葉遊びからは主催者側の遊び心と本気度の両方が伝わってきます。
対決をきっかけに広まった知名度
このイベントを機に北九州市小倉が焼うどん発祥の地として全国に知られるようになりました。
研究所の設立が2001年なので、活動を始めてわずか1年ほどで大きな注目を集めたことになります。
まちおこしの手法として別の土地の名物と正面から勝負する発想は、かなり大胆だなと感じます。
日付を決めた理由は「出来事の記念」
多くの記念日は語呂合わせで決まりますが、焼うどんの日は違います。
10月14日は、小倉焼うどんが世に広まった「あの日」を記念した日付なんです。
語呂合わせではないので日付を覚えにくいという声もありそうですが、そのぶん由来にしっかり物語があるのが強みだと思います。
ここはあくまで私の見方ですけどね。
小倉が発祥と言われる歴史
ここでは焼うどん誕生の背景を終戦直後の時代状況と合わせて掘り下げます。読むと、焼うどんが食糧難の中から生まれた料理だとよくわかります。
終戦直後の食糧難で生まれた一皿
発祥とされるのは昭和20年(1945年)の終戦直後です。
小倉駅近くの鳥町食道街にあった「だるま堂」の店主が焼そば用のそば玉を手に入れられず、代わりに干しうどんをゆでて焼いて出したところ、大好評になったと伝えられています。
当時は食糧難のピークでそば玉が小倉でも手に入りにくい状況でした。
つまり焼うどんは「うどんで焼きそばをやってみよう」という発想から始まったというより、「手元にあるもので何とかしよう」という切実な工夫から生まれた料理です。
この点は知ったときにちょっとぐっときました。
創業者と創業時期について
だるま堂の創業者は初代店主の弁野勇次郎さんと紹介されています。
配給された干しうどん(乾麺)を使って、焼きそばならぬ焼うどんを出したのが始まりという説明です。
創業は1945年とされる一方、国立国会図書館のレファレンス事例では、『北九州物語』という資料が誕生を「1945年11月」としていると案内されています。
細かい月まで断定できる材料は私が確認できた範囲では多くありません。
ですので「1945年、終戦直後」と捉えておくのが、いちばん安全だと思います。
「諸説ある」という点も大切
焼うどんの元祖を名乗るお店は実は複数あります。発祥には諸説あるため、「小倉が唯一の発祥」と言い切ることはできません。
そのうえで、だるま堂の話が最も広く知られ、小倉が「発祥の地」として親しまれているというのが実情です。
断定できないところをあえてぼかさずに書くのは読者の方への誠実さだと私は考えています。
ロマンのある話ほど、「そう伝えられている」という距離感で味わうのが楽しいですよ。
小倉焼うどんの特徴
ここでは、倉の焼うどんが一般的な家庭の焼うどんと何が違うのかを解説します。読むと、記念日の主役である「小倉焼うどん」の個性が見えてきます。
乾麺を使うという最大のこだわり
家庭料理として定着した今の焼うどんと元祖の違いは、干しうどんつまり乾麺を使う点にあります。
ゆで置きができないので手間がかかるのですが、しっかり焼き目がついたもっちり食感は、通常のゆで麺では再現できないと説明されています。
だるま堂のスタイルでは乾麺を一日寝かせてから調理するそうです。もちもち感が出るのは、この工程のおかげなんですね。
ちなみに、ここまで手をかける料理だったとは調べるまで知りませんでした。
だるま堂味と研究所味の違い
2024年の取材記事によるとだるま堂では2種類の味が提供されていました。
創業当時から受け継ぐ「伝統のだるま堂味」は、山口県下関市から取り寄せるウスターソースを使い、魚粉を効かせた、あっさりとした和のテイストです。
もう一方の「究極の研究所味」は生麺と中濃ソースを組み合わせた、こってり系の味わいです。
同じ焼うどんでも麺とソースを変えるだけでまったく違う料理になる。この幅の広さが焼うどんの面白さかなと思います。

目玉焼きをのせる「天窓」
どちらの味も目玉焼きをトッピングする「天窓」を選べると紹介されています。
焼うどんの上に目玉焼きがのった姿は確かに天窓みたいです。
黄身をくずして麺にからめたら、もう絶対おいしい…うん、想像だけでお腹が鳴ります😊
焼うどんの日の意義と広がり
ここでは焼うどんの日が地域の文化や食の保存にどう結びついているのかを考えます。記念日がただの豆知識で終わらない理由が、見えてくる章です。
100年フードに認定された小倉焼うどん
小倉焼うどんは2021年度に文化庁の「100年フード」の「未来部門」で認定されました。
100年フードは地域で世代を超えて愛され、受け継がれてきた食文化を認定する仕組みです。
焼うどんの日の活動が全国的な評価につながった一例と言えそうです。
発祥の店を守る人たちの物語
だるま堂は2代目の坂田さん夫妻が長く守ってきました。2019年に妻のチヨノさんが亡くなり、一時は店の明かりが消えます。
そこで研究所の竹中康二さんたちが事業承継を決意し、クラウドファンディングなども活用して、2020年7月に営業を再開しました。
さらに2024年1月の鳥町食道街の火災で休業した後も、同年4月下旬に小倉井筒屋で再開しています。
発祥の店を地域の人たちが手を取り合って守っている。この事実こそ、記念日が生まれた意味を物語っている気がします。
なお、営業状況は変わる場合があるので訪問前に公式情報を確認してください。
食べ歩きのイベントで届ける味
研究所は全国各地のイベントで焼うどんを提供してきました。
多い日には2000食を出すこともあるそうです。2000食って、想像以上の数字ですよね。
この積み重ねが、「焼うどんといえば小倉」というイメージを少しずつ育ててきたのだと思います。
焼うどんの日の楽しみ方
ここでは10月14日に今日から実践できる楽しみ方を紹介します。読むと、記念日を自宅でも旅先でも味わうヒントが見つかります。
自宅で小倉風に挑戦する
まずは自宅で作ってみる方法です。
元祖にならうなら、乾麺のうどんを使ってみるのがおすすめです。
ゆでた後に少し時間をおいてから、フライパンでしっかり焼き目をつけるだけでも食感がぐっと変わると思います。
あくまで私の見立てですが、焼き目をつけることを「麺を焼く」ではなく「麺を香ばしくする」と意識すると、失敗しにくい気がします。
ソースと具材を変えて食べ比べる
ウスターソースであっさり、中濃ソースでこってり。
同じ麺でもソースを替えるだけで別の料理になります。
家族や友人と食べ比べてみると、思いのほか盛り上がります。
目玉焼きの「天窓」をのせるのも、ぜひ試してほしいです。
発祥の地を訪ねるなら
小倉を訪れる機会があれば発祥の店とされるだるま堂を訪ねてみるのもいいですね。
店舗や営業時間は変更される場合があるため、事前に公式サイトで確認してから向かってください。
歴史を知ったうえで食べる一皿は、きっと格別な味わいになります。
まとめ
焼うどんの日の要点を箇条書きで整理します。
- 焼うどんの日は毎年10月14日で、小倉焼うどん研究所が制定し、日本記念日協会に認定されています。
- 由来は、2002年10月14日に小倉城公園で行われた「焼うどんバトル特別編~天下分け麺の戦い~」です。
- 発祥は終戦直後の昭和20年、小倉のだるま堂が干しうどんで焼きそばの代わりを作ったことと伝えられています。ただし元祖を名乗るお店は複数あり、諸説あります。
- 小倉焼うどんの特徴は、乾麺を使ったもっちり食感と、しっかりついた焼き目です。
- 2021年度には文化庁の100年フード「未来部門」に認定されました。
10月14日は焼うどんを食べながら、その背景の物語にも思いを馳せてみてください。いつもの一皿、少し特別に感じられるはずですよ。

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